板画(はんが 自作木版画の呼称)、倭画(やまとが 自作肉筆画の呼称)、油画といった様々な領域を横断しながら、本の装幀や挿絵、包装紙などのデザインなど幅広い領域で活躍した棟方志功。その棟方が版木に目を近づけて一心不乱に彫る姿は、特に版画/板画家としての雄姿を私たちに刻みつけています。1956年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展にて、グランプリの国際版画大賞を受賞したのも版画/板画の「二菩薩釈迦十大弟子(にぼさつしゃかじゅうだいでし)」です。板の魂から新しい命を彫り出す棟方の「板画」に宿るものとは? 作品を通してそのスピリットに迫ります。
板の魂を受け止めるために取った方法とは?
自在に動き回るとその跡が絵になってしまう神獣がいたとしたら、このような絵を描いたのかもしれない。「棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」の会場で大きな作品に囲まれた私は、そんな感覚に襲われました。
作品を目の前にすると、「板の生命を彫りおこす」という思いで自らの版画を「板画」と名付けた棟方の意気込みが生々しく伝わってきます。
一体どのように彫っていたのでしょうか?
極限まで目を板に近づけて彫る棟方のイメージは、土門拳がとらえた写真で知られていますが、速度までは分かりません。一彫りにじっくり時間をかけたのか、はたまた高速なのか? その答えは、会場内で見た、生前の棟方が映るテレビ放送にありました。
「ものすごく速い!」。棟方が彫っている空間だけが倍速になっているかと思えるほど速いのです。憑かれたように彫り進める姿はまさに板と一心同体。
その様子を見てハッとしました。棟方が板に張り付くようにして彫っていたのは、単に強度の近眼だったからだけでは無いのでは?全身を板に密着させることで、その魂を体全体で受け止めながら彫っていたからなのではないでしょうか。
「魂自体がですな、丸となり線になりってところに本当の新しいものが生まれてくる。それが本当の新しい命なんですよ」とテレビの中で語る棟方の言葉がす~っと浸透してきました。
今回、棟方の板の魂を感じ取ったいくつかの作品をご紹介します。
黒地に白い線を彫る発明
まずは、人物が白黒の市松模様になるように配置された屏風仕立ての大作です。強い引力を感じました。作品が貼られている表具の色も、群青と代赭色(たいしゃいろ)の市松模様になっていて目を引きます。
全24図からなるのですが、ひときわ存在感を感じたのが、ボディーが黒い12図の人物です。全画面の半分以上を占めるボディーの部分が真っ黒なのですが、そこに白い彫り線が入っているので胸や足などの形が分かります。ほとんどが女性なのですが、どっしりとした量感とともに丸みを帯びていて肉感的。まさに、板の中に眠っていた形が、棟方によって彫り出されたような神秘性があります。
聞けば、これは棟方が疎開先の富山で終戦を迎えてから最初に手がけた大作とのこと。
なんと黒地に白い線を彫るという新しい表現を見出したのがこの時だそうです。輪郭線の内側を彫って白い面を表すと彫った線は見えなくなってしまうのですが、黒地に白い線を彫れば、自ら削った痕跡が残る!
あの熱量たっぷりの棟方の彫りが、フレッシュなまま私たちに届くわけですね。棟方さん、グッドアイデア!
元ネタに似ていない国際版画大賞受賞作品
そして何と言っても圧巻なのがこちらの作品。
ヴェネチア・ビエンナーレ国際版画大賞を受賞した「二菩薩釈迦十大弟子(にぼさつしゃかじゅうだいでし)」です。1枚1枚は長方形の掛け軸のような大きさですが、「六曲一双」の屏風装にして、横にずらりと長い作品としています。
釈迦の弟子の中で優れた10名と、2名の菩薩さまを描いたもので、モデルになったのは、興福寺の国宝仏像である「十大弟子立像」です。その仏像の写真を見てみたのですが、「似てないっ!」(笑)。
顔の向きも、表情も、似ていません……。
ポーズは?棟方の作品では「カモ〜ン」と言っているようだったり、「おい、やるか?」とすごんでいるみたいなものもありますが……。やはり興福寺の仏像はこのようなポーズをとっていません!棟方さんの想像力、すごい。
彼は、下絵を描かず1週間で彫りあげたとの著述がありますので、あの倍速のような勢いを緩めることなく一気に描き上げたのでしょうか。モデルに忠実にというよりも、「板の魂をそのまま彫り出した」という説明がとてもしっくりくる作品です。展示してあった版木からもそのスピリットが感じられました。
ヴェネチア・ビエンナーレではどのようなポイントが評価されたのでしょうか?
単純化された形をパズルのように組み合わせた造形?
仏教の主題を漫画のような軽やかさで表現している面白さ?
キュビスム的にも見える造形が屏風に貼ってあるというエキゾチシズム?
いずれにしても、50年代の西欧において、意表をついた芸術としてインパクトを与えたのではないでしょうか。
普遍性を持つ思想
様々な作品の中に込められている棟方の思想がギュギュっと凝縮されていると感じたのがこちらの作品です。華狩頌(はなかりしょう)というタイトルで、削り花の矢(木を削って花のような形にした矢)を天に向かって放つアイヌの儀礼に発想を得た作品です。
よくよく見ると、馬上の人物は弓矢を持っていません。棟方はこの絵に、「心で花を狩るという平和の祈り」を込めたそうです。
なんて美しい!
強者が欲しいものを何でも我が物にすることのない世界。花も馬も犬も人も入り混じり、あるがままにのびのびと居られる幸せな場所を象徴しているようです。
VUCA(先行きが不透明で将来の予測が困難な)時代を生きる私たちを良き方向に導いてくれるのは、半世紀ほど前に棟方が彫りだした板画が発するメッセージなのかもしれません。
【展覧会基本情報】
タイトル:生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ
会期:2023年10月6日~12月3日 ※会期中展示替えあり
会場:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
住所:東京都千代田区北の丸公園3-1
電話番号:050-5541-8600
開館時間:9:30~17:00(金土~20:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月(ただし10月9日は開館)、10月10日
料金:一般 1800円 / 大学生 1200円 / 高校生 700円 / 中学生以下無料
公式ウェブサイト:https://www.munakata-shiko2023.jp/