“琳派”の呼称のもととなった稀代の絵師・尾形光琳(おがたこうりん)が没してから約100年後、光琳に憧れ私淑した酒井抱一(さかいほういつ)らによって、琳派の美術様式と作品は、江戸の地で再び脚光を浴び、花開きました。その中心的役割を果たした抱一と弟子たちは、のちに“江戸琳派”と呼ばれるようになります。
【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅 第7回 GIMEL
彼らが題材として好んだのは四季折々の植物で、秋を彩る紅葉もそのひとつでした。
一方、選び抜いた宝石と卓越した技巧で、日本の四季を繊細かつモダンに具現化してきたジュエラー「ギメル」。その洗練されたクリエイションは、世界でも注目を集めています。
その「ギメル」の紅葉をモチーフにしたジュエリーと、琳派の伝統を守り継ぐ池田孤邨(いけだこそん)が描いた、アメリカ・フリーア美術館所蔵の「紅葉山景図屏風」──
鮮麗な美しさに溢れた両者が、150年以上の歳月を超えて奇跡の邂逅を果たします。
若草色から紅に染まっていく“紅葉”の美しい色彩の変化を宝石で表現
日本の繊細な美意識を最高品質の宝石と卓越した技巧で表現し続ける、日本が世界に誇るジュエラー「ギメル」。琳派の技法“たらし込み”を思わせる見事なグラデーションで、紅葉の色彩の変化を繊細に表現しており、江戸琳派の祖といわれる酒井抱一の高弟のひとり、池田孤邨が描く紅葉にも技を極めた精緻な美が宿ります。
宝石の選択ひとつで無限に変化する美と表情
華麗にデザイン化されながらも、一葉一葉の違いを繊細に描き分けられた池田孤邨による「紅葉山景図屏風」の紅葉。その精緻な色彩美は、無限にカラーヴァリエーションが存在する宝石でも十分に表現することができます。
稀少な宝石で描き出した紅葉が色づく過程の美
実は、色づく過程が最も美しいといわれる紅葉。ひとときの美を永遠に留め、楽しむことができるのも、美術とジュエリーの共通点といえます。
圧倒的な完成度で魅せる比類なきセッティング技術
和洋を問わず、絵画において光の表現に用いられることの多い“白”。宝飾における白は、無色透明のダイヤモンドに象徴されます。このダイヤモンドを隙間なくパヴェセッティングしたジュエリーは、宝石のクオリティもさることながら、石留めの技術が圧巻。大きなブローチの裏には、愛らしい虫が潜みます。
江戸琳派の絵師たちと意匠性を高めた植物モチーフ
尾形光琳の作品に魅せられた酒井抱一が火付け役となり、江戸で“琳派”の人気が再燃。抱一とその弟子たちは、今回取り上げた“紅葉”をはじめ植物のモチーフをより洗練された意匠へと高めていきました。
自然を洗練された意匠へと昇華させる「ギメル」
桃山時代から江戸時代初期にかけて、京都で本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が俵屋宗達(たわらやそうたつ)を見いだし、意匠性に秀でた斬新な美術作品を生み出してから約100年後、尾形光琳はその宗達の作品に魅了され、大胆で装飾的な独自の様式を確立しました。そうした作品は、のちに光琳の名にちなんで“琳派”と呼ばれるようになります。
それからさらに100年後の江戸時代後期、今度は光琳の作品に心酔した酒井抱一と弟子の鈴木其一(すずききいつ)、池田孤邨らが江戸の都でその様式を発展させていきました。彼らの作品は、現在“江戸琳派”と称されています。
江戸琳派の絵師たちは、四季折々の草花や樹木を好んで描きました。そのなかでも秋を象徴する題材としてよく取り上げられてきたのが、艶やかな“紅葉”です。紅葉は本来、秋に色づく木々の葉すべてを指す言葉ですが、一般的に知られているのは、“いろは紅葉”に代表される掌(たなごころ)のような形をした楓でしょう。“いろは紅葉”は京都の高雄山に多いことから、“高雄紅葉”ともいわれ、美術作品の画題だけでなく生け花の花材としても古くから親しまれてきました。
酒井抱一の高弟のひとりとして鈴木其一と並んで名を馳せた池田孤邨は、その紅葉を代表作「紅葉山景図屏風」(フリーア美術館)のなかで、ひときわ艶やかに描いています。書画の鑑定に秀で、和歌や茶を嗜む教養人でもあった孤邨は、光琳に強い憧れを抱き、「光琳百図」を編んだ師の抱一に続き、「光琳新撰百図」を刊行しました。「紅葉山景図屏風」においても光琳文様の流水やたらし込みの技法を用い、琳派の伝統をしっかりと継承しています。
一方、日本の繊細な美意識を表現させたら右にでるものはないといわれるジュエリーブランド「ギメル」。兵庫県芦屋のアトリエで、デザイナーの穐原(あきはら)かおるが生み出すジュエリーは、世界の宝飾界において芸術品と同じ価値をもつ“未来のアンティーク”と讃えられ、国際的なオークションにもたびたび登場しています。
厳選された宝石と高度な技術で、日本の四季を詩情豊かに表現したデザインは、まさに唯一無二の美しさ。この紅葉モチーフのジュエリーも、孤邨の作品と同じように、葉が緑から赤へと色づくさまを微細なグラデーションで描き出しています。自然を洗練された意匠へと昇華させるという意味では、「ギメル」もまた、琳派の継承者といえるのかもしれません。
フリーア美術館とは? 尾形乾山の陶器の蒐集も一見の価値あり!
本阿弥光悦や俵屋宗達の作品を蒐集していたチャールズ・ラング・フリーアは、アメリカの有名な動物学者で日本の陶磁器・民芸品の蒐集家として知られたエドワード・シルヴェスター・モースとの交流を通じて、日本の陶磁器について学びを深めていきました。
その結果、絵画作品だけなく陶磁器にも興味を抱くようになり、その蒐集を始めます。なかでも熱心に集めたのは、大胆で鮮明な色彩を特徴とする尾形乾山の作品でした。江戸時代中期に陶工・画家として活躍した乾山の作品は、実兄である尾形光琳が絵付けをしたものも多く、生活芸術としての“琳派”を語るうえで重要な意味を持っています。だからこそ、フリーアは乾山に傾倒し、そのコレクションを充実させたのでしょう。
◆フリーア美術館
住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.
ー和樂2019年2・3月号よりー
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文/福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也