90年にわたる人生で、あの世この世のありとあらゆるもの、まさに森羅万象を神の領域にまで到達すべく描き続けた江戸時代の天才絵師、葛飾北斎。
画狂老人と自ら名乗った北斎が、80代で情熱を傾けたのが、肉筆画の制作でした。人生最後の10年間で描かれたその数は、現存する年紀の記されているものだけで130点以上におよびます。
【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅 第9回 BVLGARI
アメリカ・ワシントンD.C.のフリーア美術館が所蔵する「琵琶(びわ)に白蛇図(はくじゃず)」は、その中のひとつ。弁財天の使いとされる“白蛇”を題材としたその作品と対峙するのは、イタリアのトップジュエラー「ブルガリ」の“蛇”をモチーフにした“セルペンティ”コレクションです。
北斎の鮮烈な肉筆画と宝飾技巧の粋を尽くしたハイジュエリーの、迫力に満ちた競演をご覧ください。
伝統工芸「自在」にも似た巧緻な細工のネックレス
題材の姿形だけでなく、その本質までも鋭く描いた北斎。弁財天の使いとされる“白蛇”を描いた肉筆画は、リアルな描写に加え、妖艶な美しさをも感じさせます。一方、ダイヤモンドで覆われた“蛇”モチーフのネックレスは、鱗をかたどったパーツを高度な技術で繋ぎ、日本の伝統工芸「自在」を思わせるしなやかなつくりに。
彫金、石留め、すべてに発揮された至高の伝統技
ゴールドの鱗に刻まれた、イタリア伝統の彫金技による繊細かつ正確なライン。その線の美しさは、北斎の木版画を手がけた彫師たちの精緻な仕事を思わせます。燦然と輝く“蛇”の頭部には大粒のダイヤモンドが立体的に爪留めされており、パヴェセッティングとは異なる圧倒的な存在感を放っています。
技術を高めていくことで永遠のデザインをも進化
絵師として常に高みを目ざし、最晩年まで新たなチャレンジを続けてきた北斎。「ブルガリ」もまた、先進技術によって伝統を進化させてきました。この1940年代に登場した“蛇”モチーフもそのひとつ。コイル状に巻いたブレスレットが、女性の華奢な手首にもしなやかに巻きつき、美しくフィットします。
微細な色調にこだわった宝石選びが「ブルガリ」流
「ブルガリ」ならではの大胆なカラーコンビネーションが魅力のリング。宝石の微妙な色合いを見極め、組み合わせることでデザインがよりドラマチックに。ルベライトやタンザナイトといった個性豊かな宝石のセレクトも、実に「ブルガリ」らしいです。
洋の東西を超えて人々を魅了し続ける“蛇”
天才絵師・北斎も描いた“蛇”。それは何世紀にもわたり、世界の国々で崇められ、芸術にインスピレーションを与えてきました。その理由は何なのでしょう?
繁栄と幸福をもたらすシンボルとして永遠に守り継がれていくもの
動植物、人物、風景、果ては妖怪まで、ありとあらゆるものを木版画、素描、肉筆画など多彩な画法で描いた稀代の天才絵師、葛飾北斎。晩年、北斎は肉筆画の制作に力を注ぐ一方、前代未聞の手描きによる絵手本帖(えでほんちょう)『肉筆画帖』を出版しました。
そのなかの「蛇と小鳥」には、小鳥を狙う“蛇”が写実的に、生き生きと描写されています。しかし、絵手本にあったとしても、北斎が“蛇”を描いた作品で現存するものはさほど多くはありません。
木版画は「雉子と蛇」、「白蛇と雀」など、肉筆画ではアメリカのフリーア美術館が所蔵する「琵琶に白蛇図」が挙げられます。
色鮮やかな布地に包まれた琵琶と“白蛇”を題材にした「琵琶に白蛇図」は、日本において財福、技芸、美の女神として知られる弁財天を遊び心たっぷりに表現した作品といえるでしょう。
弁財天はもともとインドの神話に登場する河川の女神でしたが、音楽、富、知恵の徳があることから信仰の対象に。それがヒンドゥー教、仏教へと伝わり、日本では琵琶を手にした美しい天女の姿で表現されるようになったといわれています。
北斎の絵に描かれた琵琶を包んだ布は、インド風の模様と色彩によって持ち主の弁財天を暗示。リアルに描かれた白蛇は、女神の使いにふさわしい妖艶な美しさを湛えています。
一方、「ブルガリ」の“蛇”モチーフは、その起源を古代ギリシャ・ローマ文明まで辿ることができます。脱皮を繰り返して成長していく蛇は、いつしか再生、復活、長寿の象徴とされるように…。また、そのモチーフは魔除けとして装身具や調度品に用いられてきました。古代エジプトでは、ファラオを守護する役割を担っていたことで知られています。
「ブルガリ」の歴史に“蛇”のモチーフが登場したのは、1940年代後半のこと。それはブレスレット部分が蛇のように手首に巻きつく、斬新な腕時計としてでした。’50年代に入ると、そのブレスレットウォッチはリアルな蛇をイメージさせるデザインに。’60年代、エリザベス・テーラーなどの大スターがそれを愛用したことで一世を風靡(ふうび)しました。そして今日、“蛇”モチーフはブランドの重要なシンボルとなったのです。
「フリーア美術館とは?」北斎の偉大な功績を展覧会によって世界へ
日本美術の殿堂として世界に知られるアメリカ・ワシントンD.C.のフリーア美術館。その企画展は、昨今の欧米における日本美術ブームを牽引してきました。
同美術館では、世界で最も有名な日本の絵師、葛飾北斎の大規模な展覧会も、13年前の2006年に開催。美術館の創設者、チャールズ・ラング・フリーアが蒐集した世界最大の北斎の肉筆画コレクション41点を含む180点以上の肉筆画、版画作品が一堂に展示され、国内外の注目を集めました。
この大規模な企画展は、チャールズ・ラング・フリーアがアメリカ合衆国政府に北斎の作品を寄贈してちょうど100年にあたる記念の年に開催され、メディアでも大きな話題に。北斎の偉大な功績をあらためて世界に印象づける重要な役割を果たしたのでした。
◆フリーア美術館
住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.
ー和樂2019年6・7月号よりー
※商品の価格はすべて掲載当時のもので、変更されている可能性があります。表記は、本体(税抜き)価格です。
※掲載されている商品は、現在購入できない場合があります。
文/福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也