大がかりな外科手術の際、患者に痛みを感じさせないために必要な「全身麻酔」。非常に高度な技術を要する全身麻酔手術を、世界で初めて成功させたのは、江戸時代の日本人医師でした。
その医師の名は、華岡青洲(はなおか せいしゅう)。現代ほど医療が発達していない江戸時代、誰に・どのような全身麻酔手術を行ったのでしょうか。
世界初の全身麻酔手術は「乳がん」
江戸時代にも乳がんの患者はいました。しかし、全身麻酔がなければ、広範囲の切除を伴う手術には耐えられません。当時ヨーロッパでは乳がんの外科手術が行われていましたが、その方法は未完成でした。
そこで立ち上がったのが、紀伊国(現・和歌山県)の医師・華岡青洲。自ら開発した全身麻酔薬を使い、1804(文化元)年、60才の女性に乳がん摘出手術を行いました。手術は見事成功。残念ながら手術を受けた女性は約4カ月半後に亡くなってしまいますが、その後手術を受けた患者の中には41年生存した人もいたとのことです。
欧米で初めて全身麻酔による手術が行われたのは、青洲の手術成功から40年後のことでした。
全身麻酔薬開発ヒストリー
華岡青洲は、1760(宝暦10)年に医師の家庭に生まれます。幼い頃から病に苦しむ人を見て育った青洲は、自らも医師の道を志し、京都で医学を学びました。そんな中、「全身麻酔を用いてより高度な手術を行い、できるだけ多くの人を救いたい」と思うようになり、書物を読みながら麻酔薬を作り始めます。これは、麻酔薬を用いて多くの命を救ったとされる、中国の華佗(かだ)の話を耳にしたからだと言われています。
青洲の開発した麻酔薬は「通仙散(つうせんさん)」と名づけられ、主成分にはチョウセンアサガオとトリカブトが用いられました。そして、通仙散を使用した世界初の全身麻酔手術が成功。青洲は一躍その名を轟かせ、紀州藩主・徳川治宝(とくがわ はるとみ)より帯刀を許される身分となりました。
妻や母を使った人体実験もあった?
薬は実際に患者に投与する前に、何度かテストを繰り返す必要があるでしょう。通仙散の開発における詳しい資料は残されていませんが、青洲は実母と妻を使って人体実験を行った、とも言われています。
この実験によって母は死亡、妻は失明したとの説もありますが、これを裏付ける資料は残されていません。しかし、全身麻酔薬開発までに、多くの困難があったことは事実でしょう。現代でも新薬開発には莫大な資金と労力、時間がかかっています。
勇気ある日本の医師と女性たち
日本で初めて麻酔なしの開腹手術(帝王切開)が行われたのも、江戸時代のことでした。
麻酔なしの開腹手術!日本初の帝王切開に挑んだのは、埼玉県の女性と医師だった
乳がん切除・帝王切開、どちらも手術を受けたのは女性です。麻酔なしでお腹を切るのも、誰も使ったことのない全身麻酔薬を体に入れるのも、どちらも想像しただけで身震いしてしまいます。そんな偉業を成し遂げた勇気ある医師と女性が、江戸時代の日本にいたのです。
アイキャッチ画像:「針仕事をする女性とじゃれる猫」喜多川歌麿
メトロポリタン美術館蔵
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