「どうですか? ありますか?」「えーと」「あっ! これです!」「これですか!」「しかも2つありますよ」「うわっ」。そこには、小さな小さな砂粒みたいなものがキラキラと輝いていました。砂金です。まさか2粒も採れるとは。というより本当に採れるとは! だってここ、多摩川ですから。
日本の多くの川で砂金は採れる
案内していただいたのは一般社団法人資産運用総合研究所代表理事で、砂金コミュニティ「黄金大国ZIPANNING」の代表でもある伊藤亮太さん。2020年8月には『あなたの街でも砂金が採れる!?』(ファストブック)を自費出版されています。
「あなたの街でも」というタイトルには、「キャッチーだけれど大げさな……」というのが正直な最初の感想でした。連絡を取ったところ「多摩川へ砂金採りに行きましょう」とのお誘い。実際の採り方を見せていただけるのであればと向かったものの、心の中では砂金が採れるとはまったく思っていませんでした。伊藤さんに案内いただいて到着したのは、多摩川の上流。詳しい場所は言えませんが(砂金採り業界? のルールでもある)、アクセスも難しくない、いたって普通の川原です。
伊藤さんはウェーダー(釣りなどでも使う胴付き長靴。胸元まである防水つなぎ)姿。こちらは長靴。川原を歩きながら、「こういう岩盤の上に土がたまっているところがポイントです」と伊藤さんが教えてくれます。岩盤の端のくぼみに着くと、「ここはいいですね。必ずありますよ」と言いながら、カッチャと呼ばれる先のとがったくわのような道具で土を掘りだしました。その土をパンニング皿に盛り、川の浅瀬に入って水中に沈めます。
パンニング皿とは、砂金採取のためのプラスチック製の皿で直径は30センチほど。これを川の水の中でゆらして余分な土や砂を取り除いていくのですが、砂金採りをしたことがない人でも、この作業はなんとなく見たことがあるかもしれません。パンニング皿をゆすったり、回したりして砂金を採取する作業をパンニングと呼びます。ちなみに、伊藤さんが代表を務める「黄金大国ZIPANNING」はZIPANGとPANNINGをかけあわせた名称です。
土砂をほとんど取り除いた伊藤さんは、パンニング皿を水の中から持ち上げ、上下にゆっくりと動かし始めました。すると「ありましたよ。ほら」パンニング皿の上の方にきらりと光るものが。「これが砂金です」そう言われて「え? えーっ!」と思わず叫んでしまいました。まさか本当に採れるとは。しかも、作業を始めて5分も経っていません。
今度は自分の番。パンニング皿を川の水の中でゆすります。しかし、これが意外と難しい。伊藤さんはあっという間に土砂を除いていたのですが、なかなかできない。「もっと大きく動かして大丈夫ですよ」そう言われたものの、すべての土砂が流れ出しそうで慎重になってしまいます。「砂金は重くて沈んでいますから」頭ではわかりますが、どうしても時間がかかります。それでも、大部分の土砂を取り除き、最後に上下に動かして砂金探し。そして、冒頭の会話となったのです。砂金は、スナッファーボトルという大きなスポイトのようなもので水と一緒に吸い取り、保存しておきます。
「日本の川の多くでは砂金が採れます」伊藤さんはそう話します。著書にもそう記されていましたが、まったく信じていませんでした。それが、このとおりです。なかば呆然としていると、「もっと大きいのも採れますよ」伊藤さんは颯爽とさきほどのポイントに戻っていきました。
道具は専門サイトで購入可能
砂金を採る道具を販売する専門のネットショップもあります。趣味で砂金採りをしていた愛知県豊川市に住む山本有一さんが2012年に立ち上げた「あおい商店」です。「初心者におすすめなのは『はじめてセット』です」と山本さん。パンニング皿のほかに、練習用の砂や砂金採りのマニュアルがついています。
同サイトの登録者数は約1300人。利用者は全国にいて、リタイアした熟年男性が多いとのことですが、最近は若い女性やファミリー層も増えているといいます。SNSで告知してイベントなども開催。「砂金採りを知らないだけで、イベントで体験するとほぼ100%の方に興味を持ってもらえます」。今はアウトドアのひとつとして広まりつつあると山本さんは話します。
同サイトには、砂金の掘り方や生い立ち、雑学なども掲載されていて勉強になります。ごく初歩的な質問からベテランの相談まで、砂金採りについて何でも答えてくれる力強い味方です。
ワクワク伝説からジパング伝説へ
ここで日本の金についても歴史をふり返ってみましょう。日本で最初に金が採れたのは天平21(749)年のこと。詳しいことは後ほど触れますが、遣唐使が砂金を唐(中国)にもたらしたことから、倭国(日本)の黄金伝説が広まりました。
宮崎正勝著『黄金の島 ジパング伝説』によると、8世紀後半には多数のイスラム商人が唐で商業に携わっていて、あるイスラム地理学者の著作には「(唐の)東にワクワクの地がある。この地には豊富な黄金があるので、その住民は飼犬の鎖や猿の首輪を黄金で作り」などと記しているとのこと。この「ワクワク」は倭国の広東(カントン)方言が転じたものだろうと推測されるといいます。
その後、ワクワクについての情報は、所在場所についても日本説のほか、ジャワ説、アフリカ説など諸説出て混乱してしまったようですが、再び黄金の国の情報を取り上げたのが、文永11(1274)年夏、元となっていた中国にやって来たマルコ・ポーロでした。『東方見聞録』には、「チパング(日本)ではいたる所に黄金が見つかるものだから、国人は誰でも莫大な黄金を所有している」(愛宕松男訳)と書かれています。ワクワク伝説からジパング伝説が生まれたわけです。
しかし15世紀になると、日本から黄金の輸出は減少。刀剣と工芸品の輸出国へとなり、「黄金の島」ジパングのイメージは薄れていきました。その代わり1540年代には、石見などで銀を産出し、日本は「銀の島」として注目されていきます。ちなみに、その銀に着目したひとりがイエズス会宣教師のザビエルでした。
日本初の産金地
天平21(749)年、日本で初めて金が採れたと先ほど記しました。場所は陸奥国小田郡、現在の宮城県遠田郡涌谷町です。900両(約13キロ)の金が献上されたといいます。
当時は奈良東大寺の大仏が建立途中。大仏は金で彩られ完成する予定でしたが、必要な金が集まる見込みのないまま工事は進んでいました。そこへ、陸奥国での黄金産出の知らせ。大仏建立事業を進めていた聖武天皇は大いに喜び、年号を「天平」から「天平感宝(かんぽう)」へと変えました。大伴家持は次の歌を詠んでいます。
天皇(すめろき)の御代(みよ)栄えむと東(あずま)なる陸奥山(みちのくやま)に金(くがね)花咲く
天皇の御代が栄えるであろうと、東国の陸奥の山に、黄金が花の咲き出るように現れた。
『万葉集(五)4097』(岩波文庫)
この地は史跡「黄金山産金遺跡」となっていますが、平成6(1994)年、「わくや万葉の里 天平ろまん館」がオープン。歴史展示などのほか、砂金採り体験施設(12~3月は休み)もあります。令和元(2019)年5月には、文化庁が認定する「日本遺産」に認定されました。
日本北限の万葉歌碑として前出の家持の歌碑が建てられていて、すぐそばには黄金山神社が鎮座します。その鳥居は黄金色で目を引きます。
わくや万葉の里天平ろまん館 基本情報
住所:〒987-0100 宮城県遠田郡涌谷町涌谷字黄金山1-3
開館時間:9:30-17:00(11~3月は16:30)
休館日:無休
料金:歴史館入館料500円 砂金採り体験料(30分)700円 歴史館・砂金採り体験共通券1100円
公式webサイト:http://www.tenpyou.jp/
『ゴールデンカムイ』の北海道
ほかにも日本各地には金にゆかりの深い土地があります。その代表のひとつが北海道です。人気漫画『ゴールデンカムイ』も隠された金をめぐる物語。砂金を採る場所としても北海道は別格であり、「北海道=金」というイメージは今も続いています。
その始まりは17世紀初め。本格的に蝦夷地(北海道)の開発が進むと同時に、蝦夷地黄金伝説も注目されます。砂金ブームが到来しますが、砂金採りには弾圧を逃れてきたキリシタンも多く、さらに外国人宣教師も強い関心を持って蝦夷地に入り、多くの記録を残しています。和人が砂金採りで川を荒らしたことも大きな原因のひとつとなり、アイヌの蜂起が起こったともいわれています。
1890年代の終わりには、北海道の北部、北見枝幸でゴールドラッシュが始まりました。オホーツク海に注ぐ川の上流一帯で砂金が発見され、5000人を超える男たちが殺到したとされます。ちょうどこの頃、カナダ北西部のクロンダイクでもゴールドラッシュが始まっていて、北見枝幸は「東洋のクロンダイク」と呼ばれました。しかし、2、3年でその勢いは急速に衰えてしまいました。
大量の砂金を産出した川のひとつにウソタン川があり、そのほとりウソタンナイ(アイヌ語で「お互いに滝が掘っている川」)にはウソタンナイ砂金採掘公園があります。水槽掘りのほか、川掘りの砂金掘り体験ができるのはここならでは。インストラクターがサポートしてくれて、550円でオープン時間中挑戦することができ、人気となっています。
ウソタンナイ砂金採掘公園 基本情報
住所:〒098-5744 北海道枝幸郡浜頓別町字曽丹
開館時間:9:30-17:00 令和3年度オープン期間6月1日~9月30日
休館日:無休(6月・9月は月曜日休館)
料金:川掘り(時間制限なし)550円 ※川の増水時や悪天候の場合できないことあり
水槽掘り(30分)550円
※マスク着用の場合はいずれも500円に
公式webサイト:http://www.town.hamatonbetsu.hokkaido.jp/docs/2018030900014/(浜頓別町役場)
家康が力を注いだ金山
戦国武将や豊臣秀吉など時の権力者たちも、金にはなみなみならぬ関心を抱いてきました。中でも、蝦夷地も含め日本全国で黄金の発掘を進めたのは徳川家康です。特に力を注いだのは佐渡の金山。こちらには現在、「金のことならなんでもわかる体験型資料館」佐渡西三川ゴールドパークがあります。佐渡にはいくつかの金山銀山がありますが、その歴史は平安時代に発見されたとされる西三川の砂金から始まったと伝えられています。
佐渡西三川ゴールドパーク 基本情報
住所:〒952-0434 新潟県佐渡市西三川835-1
開館時間:8:30-17:00(3~4月、9~11月) 8:30-17:30(5~8月) 9:00-16:30(12~2月)
休館日:無休
料金:1000円
公式webサイト:http://www.e-sadonet.tv/goldpark/
家康は佐渡同様、伊豆の金山開発にも力を入れています。それが土肥(とい)金山です。昭和40(1965)年に閉山しましたが、7年後に観光坑道としてオープンしました。見学できる坑道の長さは350メートルで、所要時間は約30分。コンクリート舗装されていてほぼ平坦な道なので、車いすやベビーカーでも問題ありません。砂金採り体験の水は、冬場は温泉を利用してぬるま湯になっています。資料館(黄金館)最大の見どころは、ギネスブックにも認定されている世界一の巨大金塊。重さは250キロです。5月末から6月初旬にかけては、全国でもこのあたりにしかない貴重な白びわの季節を迎えます。
土肥金山 基本情報
住所:〒410-3302 静岡県伊豆市土肥2726
開館時間:9:00-17:00
休館日:12月2週目に3~4日休業日あり
料金:入場(観光坑道・資料館)1000円 砂金採り体験750円 入場・砂金採り体験セット1500円
公式webサイト:https://www.toikinzan.com/
砂金の美しさを実感
さて、再び多摩川へ。その後も、何度かパンニングにチャレンジし、その度に砂金を発見。伊藤さんは2~3ミリの大粒の砂金を見つけています。もちろん、これほど採れるのはラッキーなこと。なによりも、ポイントを熟知している伊藤さんのおかげです。初心者だけで砂金を採ることは不可能といえます。興味のある方は、伊藤さんの砂金コミュニティ「黄金大国ZIPANNING」など、経験者に話を聞くことをおすすめします。
2時間ほど、ポイントを変えながら何度もパンニングをした後、作業を終えてスナッファーボトルにたまった砂金をパンニング皿へ。これを100円ショップでも売っている小ビンに移します。かわいた指先に砂金をくっつけ、ビンにあふれるほど入れた水へ触れると、はらりと砂金が落ちていきました。ごく小さな砂金は取るのにも一苦労。「この作業が実はたいへんです」と伊藤さん。「もういい」とやめてしまう短気な人もいるそうです。
小ビンの中の砂金は、「金」といっても本当に小さな小さな存在にすぎません。しかし、自分で採ったということもあるためか、愛おしさのようなものがこみあげてきます。そこには、ふだん目にするアクセサリーなどとは違った美しさがありました。
砂金採りはスポーツだ
「世界的に見ると、砂金採りはスポーツとして確立されています」と伊藤さんは話します。毎年「世界砂金掘り大会」が開催されていて、2021年は8月にカナダで、2022年はポーランドで開かれる予定です。実は日本でも2002年、アジア初の大会が北海道の浜頓別町で行われました。
「砂金採り」という言葉には、まだどこかあやしさを感じる人もいるかもしれません。金の価格は、2010年末1グラム平均3764円だったものが、2021年3月18日現在6788円(田中貴金属)となっていて、「砂金採り=金もうけ」と考えている人がいることも確かでしょう。
しかし、前述した北海道のゴールドラッシュ時代のような「とにかく一攫千金」といったモチベーションは、大きく変わってきているように思います。あおい商店のところでも紹介したように、レジャーとして楽しむ人は着実に増えてきているようです。健康増進の目的で砂金採りに出かける熟年層も多いとのこと。川原を歩く、土を掘り起こす、パンニングをするなど、砂金採りは本当にいい運動になります。なによりも、自然の中でからだを動かすので気持ちがいい。砂金掘りは、やはりスポーツなのです。
マナーは必ず守って
最後に伊藤さんが強調していたのは、マナーを守ることです。違法駐車や無断駐車をしないこと、ゴミなどは持ち帰ることなどはもちろんのこと、釣りをしている人のじゃまをしないことや採取後は原状回復に努めることもマナー。また、川へ行くまでや川そのものが私有地の場合もあるとのこと。その土地の人たちに対して、そして自然環境保護のためにマナーを厳守することが、砂金採りを楽しむ第一歩です。
「それから、けがに注意すること、忘れ物をしないことも大切ですね」。伊藤さんもかつて、砂金が採れた喜びで道具を持ち帰ることを忘れてしまったことがあるそうです。また、川原は足場が悪いので注意が必要。実は、筆者も夢中になって1度ころびました。
そうです。砂金採りは夢中になります。夢中になって土を掘り起こし、夢中になって川の中でパンニングをして、取材させていただいていることも忘れていました。これだけ夢中になったのは、いつ以来でしょうか。砂金採りに行って、久々に子どものように夢中になったのです。次の日は、腕と腰が筋肉痛だったけれど。