新型コロナウイルスの影響で、街から来日旅行者がいなくなって早1年。収束後に、たくさんの方が訪れることを心より願ってやみません。ところで、町中で実際に海外の方を目の前にすると妙にアワアワしてしまう……そんな経験ありませんか?せっかく日本に来てくださった方に、日本文化を紹介できたら素敵ですよね。歌舞伎は、外国の方からも関心の高い文化。今回は特別に、バイリンガルの歌舞伎役者さんに「日本文化を英語でどう伝えるのか?」「コミュニケーションを取るコツ」をお伺いしてきました!
バイリンガルの歌舞伎役者・市村竹松丈に聞いてみた
日本生まれ日本育ちながら、幼少時からインターナショナルスクールに通いバイリンガルに。早稲田大学をわずか3年半で、優秀な成績をおさめ卒業……敏腕ビジネスパーソンの紹介のようですが、実はこちら、橘屋、六代目市村竹松丈のプロフィール。お父様は二代目市村萬次郎丈、お祖父様はその知識の深さから「歌舞伎の生き字引」と呼ばれていた17代目市村羽左衛門丈というお家柄。近年は古典はもちろん、スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)『新版 オグリ』や新派公演『お江戸みやげ』などにご出演されています。今回は実際に竹松さんにお会いし、その幅広い知識と深い知見をたっぷりお話いただきました。
2010年の改築以来、歌舞伎座では、演目の英語解説を配布したり、客席に字幕ガイドが設置できたりと、来日旅行者のためのサービスが充実。また、海外公演やワークショップを通じて歌舞伎の魅力を世界に伝えています。海外でのワークショップは1992年から実施。竹松さんも成人後は流ちょうな英語力を活かしてお話された経験もあるそうです。
歌舞伎という日本独自の文化を「そのまま」伝える
―日本育ちでバイリンガルになられたというのは、なかなかできないことだと思います。今までは学校中心の生活だったんですか?
市村竹松丈(以下、竹松):そうですね、大学までしっかり行きたかったので……父も応援してくれましたし。インターナショナルスクールは受験できる大学も限られてはいますが、結果としては早稲田を選び、色々勉強しました。
―歌舞伎役者であるお父様が応援してくれたというのは心強いですね。英語で歌舞伎をご紹介されている動画を拝見しましたが、とりわけ、歌舞伎独自の用語をわかりやすく説明されていたのが印象的でした。
(※コロナ禍で始まった日本俳優協会・伝統歌舞伎保存会によるYoutubeチャンネル「歌舞伎ましょう」。竹松さんは英語でご案内動画を担当されている)
竹松:お兄さん方にお声がけいただき参加したものですね。なにぶん動画も初めて撮ったもので、大変でした。異文化の背景を持つ方にわかりやすくお伝えするためには、無理に英語に置き換えないようにしています。例えば「SUPPON」はその言葉のまま、どういう意味を持つのかを補足的に表現するようにしました。
―花道の七三に位置する「すっぽん」。奈落と呼ばれる舞台の下から登場する、歌舞伎ではおなじみの舞台装置ですね。舞台の用語は、海外の演劇でも似たものがあるのでは?
竹松:はい。それが却ってミスリードになってしまうこともあるんです。似たイメージに引っ張られると言えばいいのかな。日本にしかないものは、代替となる言葉がないんですね。妖怪を「ゴースト」と置き換えてしまうと、やっぱり違うものになってしまう。
―翻訳のジレンマですね。
竹松:ドラゴンと龍がわかりやすいかもしれません。アジア圏、日本では龍は神様というか、水と縁がある、「善」のイメージがあります。
―歌舞伎の演目『鳴神』でも雨を降らす竜神が登場します。
竹松:一方で、西洋文化の文脈だと、洞窟に棲む「悪」のイメージがあります。なので、演目に出てくる龍をドラゴンとして説明してしまうと、「ああ、悪さをするんだ」と捉えられてしまう可能性があるんです。
―そういえば、ディズニー版「眠りの森の美女」ではラスボスがドラゴンでした。我々が洋画を見てピンと来ない部分が生じるように、相手にもバックグラウンドがありますものね。
竹松:「車」のように、使用目的が明確なものなら良いのですが……。文化的なものを理解するには、その人が持つバックグラウンドや置き換えた単語の意味、イメージが関わってきます。ただ、単語って飽くまで「名前」であり、喜怒哀楽をはじめとした感情やものは、世界中にあります。できるだけ誤解が生じないように、イメージしやすいものを説明に取り入れ、わかりやすく正確に伝えるようにしていますね。
―難しい!しかし、相手が持つ文化背景に配慮することは、相手を尊重してコミュニケーションを取ることにほかなりません。とても大事なことだと思います。
竹松:海外の方が歌舞伎を見たときの反応もさまざまです。それは人それぞれの感じ方もありますが、その国の文化背景が培った、感性とのすり合わせて楽しんでくださるんですね。踊りのような視覚的なものは感覚的に楽しまれるようですし、一方で『仮名手本忠臣蔵』の大事な場面を「お葬式の場面なんかわざわざ見たくない」なんて感想が来たことも(笑)
―確かに、一幕見席では、海外の方がぎっしり入る演目とそうでない演目に差がありました。伝統芸能を英語で伝えることに、戸惑いを覚えることはないですか?
竹松:自分が何を伝えたいかを明確にしておくこと、そして相手の視点に立つことを心がけています。どうしたら興味を持ってもらえるのかな?と。僕は説明しすぎてしまう傾向があるもので(笑) 本当に重要な、言いたいことを絞り込みます。それが難しいんですが……。
街で外国の人に道を聞かれたら……慌てない!コミュニケーションのコツ
ー歌舞伎を伝える側面のみならず、ビジネスやコミュニケーションに広く使えそうなお話ですね。2019年にはラグビーワールドカップもあり、街で外国人旅行者を見ることが多かったです。いざ、道を聞かれたり、少しお話する機会があったりするとき、どうやってコミュニケーションを取ればいいのでしょうか。
竹松:繰り返しになりますが。第一に、相手が何を求めているか、だと思います。焦って無理に文章を作ろうとしなくていい。単語でも伝わりますよ。駅に行きたいのか、目的のビルを探しているのか……まず相手の必要としている情報をつかむことです。
―文章を作らなくていいんですか?
竹松:どこに行きたいかがわかれば、アプリでルートを表示したり、旅行者なら多分持っているだろう地図に書き込んだりすれば、「目的地まで行きたい」という相手の目的は達成できますから。
―目的は私達がちゃんと話すことではなく、相手が必要としている情報を届けることですものね。先程、歌舞伎のレクチャーでも言いたいことを絞ると仰ってましたが。
竹松:例えば質疑応答のとき、すべての質問に答えられるわけではありません。また、いただいたご質問に対して、すべてをカバーして説明しようと思ったら膨大な時間がかかってしまいます。専門的になりすぎますしね。だから、「今この方が何を知りたいのか?」「自分は何を伝えたいのか?」を常に考えてお話するようにしています。
―お話を聞いていると、プレゼンなど、ビジネスにも使えそうな気がします。配信動画では台本を作られたんですか?
竹松:話したい内容は決めていましたが……単語や言い回しすべてを決めて喋っていたわけではないですね。台本通りにしてしまうともっと良い表現が思いついた時に、柔軟に対応できなくなってしまうので。
―アドリブも込みというか、常により良いものを、というお気持ちで撮られていたということですね。
竹松:僕、笑い上戸なもので……一旦ツボに入っちゃうと止まらないんです、なので撮影は大変でした。でも、歌舞伎を広く知ってもらいたいですからね。
―大変だったのはそこなんですね(笑) 歌舞伎は日本の美しい伝統芸能。舞台でのご活躍に加え、竹松さんが世界にその魅力を伝えてくださることも楽しみにしています!
コミュニケーションで大事なのはリアクション
終始穏やかで、明晰にお話くださった竹松さん。相手を思いやって考えるコミュニケーションのとり方は、相手のリアクションが重要となる演劇の世界と、熱心に励まれた勉学の両方で培われてきたのだと感じました。
人と交流する際、対話は大きな役割を果たします。プロのコツ、ぜひ参考にしてみてくださいね。
市村竹松さんご出演!スーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』
記事中に写真を掲載した『新版 オグリ』が衛星劇場にて放送予定!ご家庭でお楽しみいただけます。
放送スケジュール等の詳細は公式HPをご確認ください。
市村萬次郎さんご出演『大江戸りびんぐでっど』がシネマ歌舞伎に登場
お父様である市村萬次郎さんがご出演された宮藤官九郎作・演出『大江戸りびんぐでっど』がシネマ歌舞伎に登場。映画館で歌舞伎を楽しめます。
8月27日(金)~9月2日(木)全国の映画館で上映予定
《月イチ歌舞伎》では毎月様々なシネマ歌舞伎を上映中!
詳細は特設ページをご確認ください。