2019年6月、東京国立近代美術館で誕生した講座「Dialogue in the Museum(ダイアローグ イン ザ ミュージアム)」。
ビジネスセンスを鍛えるアート鑑賞ワークショップとして話題を呼んでいます。第1回の募集が開始されるや否や、1日と経たないうちに満席に。その関心の高さが伺えました。
それにしても、「アート鑑賞でビジネスセンスを鍛える」とは、いったいどういうことなのでしょう。
美術鑑賞は、それ自体が楽しく、心に刺激や潤いを与えてくれたり人生を豊かにしてくれるものですが、加えてビジネスのシーンにおいてもその体験が直接的に活きてくるのだとしたら、とても興味深いこと。私も受講してみたくなりました。
当初の募集枠からはもれてしまったものの、キャンセル分の枠になんとか滑り込めました! ワークショップの内容紹介とともに、当日の体験レポートをお届けします!
ビジネスパーソンにこそ、アートが必要?
論理的な思考が重要とされる経営デザインやビジネスシーンにおいて、いま新たに注目されているのが感性や美意識の重要性。現在の複雑で不安定な世界においては、これまでの思考法だけでは不十分だというのです。意思決定の質を高めるには、サイエンスの視点だけでなく、アートの視点が必要とされるのだとか。
近年、MoMA(ニューヨーク近代美術館)では多くのビジネスマンの姿を目にするといいます。彼らは、教養を高めたり、絵を見てリラックスしたりするだけではなく、もっと直接的に役立つという考えから美術館に通っているのだそう。求めているのは、創造性を高め、その上で論理性も高まり、複合的な現代ビジネスの問題を解く力を身に着けること。
この講座では、美術鑑賞を通じて、ビジネスシーンに役立つ観察力、思考力、表現力、多様性の理解、そして美意識を鍛えられるトレーニングが行われるといいます。
「Dialogue in the Museum」とは
「Dialogue in the Museum」は、東京国立近代美術館が山口周氏(独立研究者・著作家・パブリックスピーカー)と共同開発したビジネスパーソン向けプログラムです。
同館の所蔵作品を用いた対話鑑賞プログラムをベースに、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?─経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)の著者である山口氏による特別講義を織り交ぜて、ワークショップ形式で行われます。
プログラムの流れ
当日は、5名ずつのグループに分かれて、ワークを中心としたプログラムが実施されました。
・課題提示
・アイスブレイク
・探究的な対話鑑賞(ギャラリートーク)体験
・山口周氏による特別講義
・ディスカッション(対話鑑賞と講義で得た疑問や感想を言語化し、メンバーとディスカッションすることで、より理解を深める。)
いざ、美術鑑賞ワークへ!
アートカードを使ったアイスブレイクでグループメンバーと打ち解けたところで、いよいよアート鑑賞のワークに進みます。
美術館での美術鑑賞というと「一人で静かにするもの」「会話厳禁!」というイメージがありますが、ここで体験するのは一味違った鑑賞方法。ギャラリーチェアと呼ばれる持ち運び可能な椅子を手にして展示室へ。ガイドスタッフの方に案内された作品の前で椅子に座り、本物の名画を見ながら、メンバーが対話を重ねて鑑賞を深めます。
対話を通じて、作品を自由に味わう
鑑賞に際して、大事な約束が1つあります。それは作品を味わう前にキャプションを読まないこと。
私たちはつい「正しい答え」を知りたがり、その答え合わせをするように美術を鑑賞してしまいがちです。でも、本来はアートに「正解」なんてないはず。自由に感じ、楽しんでこそ! 事前情報が無い状態で作品と向き合った時、自分はどう感じるのか? 何を見つけるのか? そこにこそ、美術鑑賞の面白みがあるということを思い出させてくれます。
そしてキャプションやガイドの一方的な説明ではなく、ガイドが問いかけ、参加者たちと対話しながら鑑賞することで、一人で観るのとは違う新しい気付きや発見が得られます。参加者の関心や疑問に基づき、ファシリテータの進行のもと、メンバーが対話を重ねながら鑑賞を深める方法は、探究的な鑑賞といい、欧米の先進的な美術館がこぞって取り入れている現代の鑑賞方法なのだそう。
ここで参加者の美術知識は問われません。先入観の無い状態で時間をかけて作品を読み解くことで、最初に目にした時には気づかなかった細かな描写を見つけられたり、全体の雰囲気からその中にある物語を想像したり、はたまた、子どもの頃の思い出がふと浮かび上がって絵画の風景とリンクして見えたり…様々な感想や気づきが飛び交いました。
また、これまで興味を持っていなかったジャンルの作品を面白がれるようになったり、他者と自分の感性の違いがわかることで自分の興味軸がどこにあるのかが明確になったり、いつもと違う視点での発見がとても興味深かったり。「高尚なもの」と自分から遠ざけていたものと接点を持つきっかけを作れる時間でもありました。
ちなみに、美術館の方の解説によると、名作と言われる作品ほど、参加者からは活発な意見が溢れるように出てくるそう。たくさんの解釈を生み、人々のイマジネーションを刺激する奥行きがきっとその作品にあるということなのでしょうね。
山口周氏による特別講義
さて、対話型鑑賞で数点の作品を鑑賞したあとは、山口氏による特別講義です。
美術鑑賞そのものに価値があることを大前提とした上で、アートを通じて得た経験がビジネスにどう活きるのかを明らかにしていきます。
「求められるものが『役に立つもの』から『意味があるもの』へシフトしている」、「重要な能力は『問題解決』よりも『問題発見』である」といった新しい時代の価値観の提示にはじまり、美術鑑賞の際の脳の使われ方が「観る力」を鍛える上で有効なことや、感じる力、言語化する力、多様性を受け入れる力、美意識をそれぞれ鍛えることとの関連性が具体的に紹介されました。先の対話鑑賞ワークで感じたことと、さっそく脳内でリンクしていきます。(詳しくは講義に足を運んで体験してみてください!)
ビジネスに役立つ!という切り口で行われた今回のワークショップ。会場には、たくさんの大人が集まっていました。しかし、一般的なビジネスセミナーとは異なる柔らかい空気が流れているのが印象的でした。そして美術鑑賞のワークが始まると、作品を鑑賞しながら私たち大人が無邪気に感性のままに気づきや感じたことをシェアし合えたのです。そこには少なからず美術館ならではの雰囲気や、美術作品の持つ力の影響があったように感じます。
知性と感性の両方を使いながら取り組む講座、たった3時間の出来事でしたが終わる頃には全身が運動した後のように心地よい疲労感に包まれていました。楽しみながら、仕事にも活かせる力を磨ける美術鑑賞。これからも続けていきたいものです。
この特別講座は、今後も年に3回ほどのペースで実施予定とのこと。ご興味のある方はぜひ!
毎日実施される「所蔵品ガイド」、夏季限定「フライデー・ナイトトーク」
この特別プログラムで行われた対話鑑賞。なんと、東京国立近代美術館で毎日14時から実施される「所蔵品ガイド」で体験できます。ガイドツアー形式で、誰でも参加可能です(要観覧券)。繰り返し参加することでトレーニングの機会にもできますね。
また夏の間は、限定スペシャル企画として「フライデー・ナイトトーク」の実施も。同じく対話形式の鑑賞ですが、日中よりもじっくりと時間をかけて1つの作品を味わうのだそう。仕事帰りに美術館を気軽に訪れ、鑑賞を深める時間です。
所蔵品ガイド
毎日14:00~15:00
※1階エントランスに集合、参加無料、要観覧券。
フライデー・ナイトトーク(2019年)
実施日:7月19日(金)、26日(金)、8月2日(金)、9日(金)、16日(金)、23日(金)、30日(金)
各日19:00~19:25/19:30~19:55
※集合場所は1階エントランスでご確認ください。参加無料、要観覧券。
東京国立近代美術館
住 所: 〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園 3-1
開館時間: 10:00-17:00 入館は閉館の30分前まで
※金・土曜は20:00閉館(夏季は21:00 2019年度は10/6まで夏季期間)
休 館 日: 月曜日、展示替期間、年末年始
アクセス: 東京メトロ東西線「竹橋駅」 1b出口 徒歩3分
HP: http://www.momat.go.jp