暑い毎日が続いていますが、暦の上ではもう立秋。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にもおどろかれぬる 藤原敏行朝臣」。五感を研ぎ澄ませていたら小さな秋が見つかるかもしれません。
突然ですがクイズです。
【麦秋・竹秋・夜の秋・涼し】秋の季語はどれでしょう?
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答え:全部×
ひとつずつ見ていきましょう。
麦秋・・・夏
麦が黄色く熟す頃の季語、旧暦四月の異名です。車窓から青田を眺めていると突然黄色いエリアが現われてびっくりすることありませんか? あれが麦畑で、だいたい5~6月に収穫期を迎えます。
鎌倉時代の順徳院の歌論書「八雲御抄」には第三枝葉に「むぎの秋」の語が取り上げられています。
麦秋のなほあめつちに夕明り 長谷川素逝
麦秋の子がちんぽこをかわいがる 森澄雄
森澄雄の句に詠われた子は、性の目覚めもまだ先の幼い子供のように思います。麦秋の時期は農繁期で、この子供もひとり放っておかれたのでしょう。自分の体の一部に引っ張ったり握ったりできる突起物があり、それを無心にいじっているのです。梅雨の始まりそうな時分、気温は徐々にあがり、風は湿り気を帯び、外の空気に圧を感じるころ。退屈しのぎの行為に幼い子供ながらのアンニュイを感じる句だと思います。
竹秋・・・春
竹は春先に葉が黄ばんできます。地中の筍に栄養を蓄えるためとか。「竹落葉、竹散る」は夏の季語、「筍、竹の皮脱ぐ、若竹、今年竹」も夏。「竹の春」が秋の季語、ほかの木々が黄ばむなかで竹は青々としています。京都では乙訓(おとくに)エリアが筍の名産地とされていて、たしかに春秋の逆転した竹林の風景が見られます。
琵琶法師出で来よ嵯峨の竹の秋 久保田雪枝
野の宮に静かな葉騒竹の春 塩川雄三
夜の秋・・・夏
夜になってさしもの暑さがやわらぎ、秋を思わせること。秋の夜はもちろん秋の季語となります。山本健吉によると、この季語の初出は大正2(1913)年、原石鼎(はら せきてい)の「粥すする杣が胃の腑や夜の秋」。それを夏と定めたのはまだ若い石鼎ではなく、「ホトトギス」雑詠選者の高浜虚子(たかはま きょし)だろうということです。夏の終わりに秋の近づくことを予感するこの季語が、案外新しいものだと知りました。
山の湖を灯のふちどりて夜の秋 伊藤柏翠
涼し・・・夏
夏の暑い盛りにはかえって涼しいことが意識されます。風鈴の音、打ち水のあと、ふとした時に感じる涼しさが夏のなによりの御馳走です。朝涼、夜涼、涼風、納涼など。夏の句は涼しいように作りなさいと初学のころ教わりました。秋の涼しさは「新涼」という季語を用います。
涼しさや都を竪に流れ川 与謝蕪村
をみな等も涼しきときは遠を見る 中村草田男
芭蕉と最上川の句
「奥の細道」で有名な「五月雨を集めてはやし最上川」、この句の初案は「五月雨を集めてすずし最上川」でした。
元禄二年芭蕉は曾良を伴って奥の細道の旅に出ます。名所旧跡歌枕を辿る旅ですが、各地には芭蕉を招いて俳諧歌仙を巻きたい(※編集部注:集まった人たちで連句を作ること)と心待ちにしている有力者がいました。俳諧において、発句は客が詠み、続く脇句は主が詠み、その後五七五、七七を繰り返して三十六句で一巻となります。巻き上がった歌仙の芭蕉の隣に自分の名が並んで記されるのは、どんなに誇らしかったことでしょうか。
最上川に面した大石田町でも高野一榮(たかの いちえい)が芭蕉を招いて「さみだれを」の一巻を巻き上げています。芭蕉、曾良、高野一榮、高桑川水(たかくわ せんすい)の四人による歌仙の表六句は次の通りです。
五月雨をあつめてすずし最上川 芭蕉
岸にほたるを繋ぐ舟杭 一榮
瓜畠いさよふ空に影まちて 曾良
里をむかひに桑の細道 川水
牛の子にこころなぐさむ夕まぐれ 一榮
水雲重しふところの吟 芭蕉
発句は客である芭蕉 、最上川の涼しさを称え、一榮らのもてなしへの挨拶となっています。続く脇は主である一榮。舟杭にほたるがとまっている情景とみせて、ほたるは芭蕉のこと、そして舟杭は一榮宅、光り輝く宗匠よ、こんな陋屋にようこそと歓迎の挨拶となっています。
「奥の細道」では一榮宅での句座に「このたびの風流、爰(ここ)に至れり」と芭蕉も大満足した様子が記されており、大石田には芭蕉の自らが筆をとった歌仙が残されているほどです。ところがなんとなんと「奥の細道」に収録された句は「五月雨をあつめてはやし最上川」に改案されています。芭蕉は一榮宅に三泊してのち最上川を舟下りして次の地新庄に向かっていますが、このとき増水した最上川の激流を体感したのでしょう。「すずし」にあった挨拶性を取り払い実感に即した「はやし」に直したところに、芭蕉の神髄を感じます。
アイキャッチ画像:歌川国貞・画、メトロポリタン美術館より
参考文献
「おくのほそ道」 岩波文庫
「芭蕉連句集」 岩波文庫
カラー図説日本大歳時記 春・夏・秋 講談社
基本季語五〇〇選 山本健吉 講談社学術文庫