日本史における大きな転換点のひとつであるペリー来航。ペリー来航は政治や文化など幅広い分野に影響を及ぼしましたが、ビール史においても大きな分岐点のひとつでした。
日本人で初めてビールを醸造したと言われているのは、川本幸民。蘭学者だった彼は、黒船来航に驚き、怯えていた人々に対し「臆することなかれ! 彼らが持参したビールなる酒なんて簡単につくれる」というメッセージを示すためビール造りに挑戦したのです。
日本人がビールを造るきっかけとなったペリー来航。大砲を浦賀に向け、日本に上陸してきたペリーが、日本ビール文化の「きっかけ」を運んできたと言ってもよいでしょう。
約170年の時を経て、「黒いビール」で日本上陸したペリー提督直系の子孫
それから時は流れて現代。ペリー提督の浦賀来航から約170年という時を経て、今度はペリー提督直系の子孫が「黒いビール」で日本に上陸しました。
そのビールの名は「THE COMMODORE AND THE KITSUNE 〜黒船来航〜」
ペリー提督直系の子孫であるドリュー・ペリーが醸造長を務めるアメリカのブルワリー「Double Nickel Brewing」と愛媛県松山市のブルワリー「DD4D BREWING」がコラボして醸造した黒ビールです。
「現在の黒船、これいかなる味わいか」。
期待に胸を膨らませながらグラスに注ぐと、色は真っ黒で、泡はミルクチョコレートのような色合い。そして力強い焙煎香がふわりと漂います。シルキーな口当たりのビールを喉に滑らせると、ハイアルコールのインパクトとその後ろから現れるプルーンのような完熟したあまみ。そして胃の奥まで続きそうなずっしりとした苦みの余韻。
なんたるパワフルさ、そしてなんたる迫力……!
黒船を初めて見た江戸の人々の気持ちがほんの少しだけわかるような、衝撃的な味わいでした。腹の底が痺れるような、何かが沸き上がってくるような力をもったこのビールのことをもっと知りたい……! そんな想いを胸に「THE COMMODORE AND THE KITSUNE 〜黒船来航〜」の誕生秘話を探るべく、DD4D BREWINGのProject Coordinator 村上 慎さんにインタビューをしました。
歴史をビールで表現する! 国境を越えたコラボビール
ーーどのようにして「THE COMMODORE AND THE KITSUNE 〜黒船来航〜」は生まれたのでしょうか。
村上さん:弊社DD4D BREWINGの醸造長であるマイケル・ダナヒューと、ペリー提督直系の子孫ドリュー・ペリーが旧知の仲で、そこからコラボビールの企画が生まれました。アメリカ出身のマイケル・ダナヒューはDD4D BREWINGの醸造長に就任以前、アメリカやフランスなど複数のブルワリーでビールの醸造をしていたのですが、その中のひとつFlying Fish Brewingでドリュー・ペリーさんに出会い、3年程一緒にビール造りをしていました。その時の縁が今回のビール醸造のきっかけとなっています。
ーーペリー提督直系の子孫、ドリュー・ペリーさんとはどのような方なのでしょうか。
村上さん:すごくストイックな方だと聞いています。ビール造りへの探求心が強く、仕事熱心。毎日ものすごい量のビール醸造に勤しむ「仕事人間」だといいます。
ーー「仕事一筋」であったペリー提督に通ずるものを感じますね!今回はドライインペリアルスタウト(焙煎香と苦味、高アルコール度数の黒ビールの一種)というビアスタイルですが、このビアスタイルを選んだ理由はありますでしょうか。
村上さん:ペリー提督直系の子孫とのコラボビールなので、黒船にちなんで黒ビールに決めました。その中でインペアリアルドライスタウトというハイアルコールなビアスタイルにしたのは、日本に大きなインパクトを与えた黒船来航と同じく、飲んだ人にインパクトを与えられるようにという想いからです。
ーー「THE COMMODORE AND THE KITSUNE 〜黒船来航〜」醸造において、難しかったこと工夫した点などあれば教えてください。
村上さん:コラボビールというのは通常、ブルワー同士が一緒にビールを造ります。
しかし今回はコロナ禍ということもあり、アメリカに行くことができずzoomなどオンラインによるコミュニケーションを重ねつつ醸造を進めていきました。実際の醸造はアメリカにある「Double Nickel Brewing」で行っていたのですが、その中でどのように自分たちのカラーを出すのかということが難しかった点ですね。
ーーその点はどのようにして工夫されたのでしょうか。
村上さん:日本らしい素材である、「松」と古代から伝わる海藻から作られた「藻塩(もしお)」を醸造過程で加えました。藻塩は麦汁を煮沸する過程で、松はチップ状のものを熟成タンクに加えじっくりと丁寧に熟成させました。
ーー–松と藻塩ですか!これは確かにアメリカのビールの副原料としては聞かないですね。それらを加えることで、どのような味わいになるのでしょうか。
村上さん:藻塩はアクセントになり、ほのかな甘みを引き出してくれます。度数の高いスタウトを杉と一緒に熟成することで、ロースト香に加え杉の香りが移り、爽やかな香りに仕上がっています。「THE COMMODORE AND THE KITSUNE 〜黒船来航〜」は賞味期限が3年程度なのですが、熟成が進むに連れ香りや味わいが変化していくので、ワインやウイスキーなどと同じく寝かせていただくのもおもしろいかと思います。
ーービールを寝かせるというのはあまり聞きませんが、どのように味わいが変化するのでしょうか。
村上さん:アルコール感がなくなり、味わいはよりまろやかになります。賞味期限は3年と設定しておりますが、ハイアルコールなので何年か寝かせてもヴィンテージを楽しめるかと思います。
じっくりじっくり。長期貯蔵で変化する味わい
ガツンと強いインパクトある味わいの「THE COMMODORE AND THE KITSUNE 〜黒船来航〜」は熟成させることにより、角がとれ、まろやかになっていく……。では長期貯蔵をすることで、なぜこのような味わいの変化が起こるのか。もう少し詳しくみていきましょう。
缶に詰められたビールの中では、糖分とアミノ酸がじわじわと結びつき、メイラード反応という反応がおこります。それによって色を濃くする褐色物質が生まれたり、カラメルのような香り成分が増えるのです。
メイラード反応によって生じるのは、独特の甘みある香りやとろりとした口当たり。それに加え、ホップ由来の苦みも時間経過とともに徐々に減っていくため、角がとれたようなまろやかな味わいへと変化していくのです。
1本のビールをきっかけに、過去に現代に想いを馳せる
流れゆく時間によってよりまろやかになる「THE COMMODORE AND THE KITSUNE 〜黒船来航〜」
それは黒船来航によりもたらされたものに似ているような気がします。江戸の人々にとって大きな衝撃であったものの、時間が経つにつれ文化に溶け込み、新たな日本文化として形成されていった様々なもの。
1本のビールを飲みながら、歴史の1ページをその舌を通じて回想する。「THE COMMODORE AND THE KITSUNE 〜黒船来航〜」はビール×日本文化の新たな楽しみ方を教えてくれる1本なのです。