今回も引き続き歳時記の中から面白い季語をピックアップしていきます。学生時代から俳句を始めて長く経ちますが、俳句やっていなかったら一生知らなかったと思う季語がたくさんあります。その中から動物や生き物にちなんだものを集めてみました。
虎落笛(もがりぶえ・冬) 虎が雨(夏)
虎落とは竹を筋違いに組み合わせた柵や矢来のこと。 あるいは枝付きの竹を立てかけたもの。冬の烈風がこれに吹き付けるときに鳴るヒューヒューという音を虎落笛といいます。電線が寒風に鳴る音も虎落笛と似たものかもしれません。
虎が雨は陰暦五月二十八日に降る雨のこと、その日は曽我兄弟が討たれ、曽我十郎祐成の恋人の虎御前の涙雨が降るといいます。
虎落笛抱き抱かれして人は老い 八田木枯
虎落笛平常心てふもろきもの 栗原公子
虎が雨情の深きは恨みに似 西村和子
僧ひとり塔婆焚きゐる虎が雨 神谷節子
八田木枯氏の「抱き抱かれして人は老い」は必ずしも肉体的接触に限らず、精神的な支え合いによって人は生かされ、老いていくのだと捉えました。自分の老い、相手の老い、世の人々それぞれの老い。虎落笛が吹く労苦の年月も「抱き抱かれして」越えてきたのだと、人生そのものが愛おしく思われます。
鰤起し(冬) 虫出し(春)
鰤(ぶり)起しも虫出しも雷のこと。初冬の北陸地方で雷が鳴ると、鰤が誘い出されて(海中まで聞こえるのか?)豊漁になるといい、漁師さんたちには縁起が良いと喜ばれています。
虫出しは立春後初めて鳴る雷のこと。初雷、春雷と同義。冬眠していた虫が出てくるころに鳴るので虫出しの雷と呼ばれます。啓蟄(けいちつ)のころですね。
鰤起し大佐渡小佐渡つらぬけり 皆川盤水
白衿に針はこぶ夜の鰤起し 井上雪
虫出しの雷ぞ堆肥は湯気あげて 門脇なづな
虫出しの雷にとまどふデジタル派 能村研三
雁風呂(がんぶろ・春) 雁供養(かりくよう・春) 雁瘡癒ゆ(がんがさいゆ・春)
雁風呂は青森県津軽地方に伝わる風習です。秋に日本に渡って来る雁は、木片を口にくわえたり足でつかんだりして運び、途中で疲れると、海上に木片を浮かべ、そこで羽を休めるのだそうです。日本の海岸まで来ると不要となった木片は浜辺で捨てられます。春になると、再び落としておいた木片をくわえて海を渡って帰っていくとされています。渡りの季節が終わりもう雁がいなくなっても浜にまだ残っている木片があると、それは日本で死んだ雁のものであるとして、供養のために木片を焚き上げて湯を沸かし、旅人などに風呂が振る舞われました。
雁瘡は雁が来ている間痒くなる発疹性皮膚病で、春になって雁が帰ってゆき暖かくなる頃には癒えることから、雁瘡癒ゆは春の季語となっています。冬の乾燥によるものでしょうね。雁の渡りを見上げながら日々過ごしていたことがわかるこれらの季語に、今は失われてしまったゆとりを感じます。
木片に藻の絡みをり雁供養 棚山波朗
雁風呂の煙届かぬ北の天 金子野生
*「雁瘡癒ゆ」の例句を探しましたが、ほとんどありませんでした。俳人の皆さん雁瘡が出来るのは恥ずかしいのでしょうか? 例句がなくても季語が生き残っているのも興味深いです。
蛙の目借時(かわずのめかりどき・春) 獺魚を祭る(かわうそうおをまつる・春)
春闌けてうとうとと眠りを誘われることを「蛙の目借時」といいます。蛙に目を借りられてしまうので眠くなるんだそうです。また、蛙が妻(め)を狩る時期だからめかりどきなのだともいいます。「目借時」と省略されることも多いです。
「獺魚を祭る」は、獺は捕らえた魚をすぐには食べず岸に並べておき、それがまるで祭りのお供え物のようにに見えるところから出来た言葉で、二十四節季をさらにそれぞれ三つずつ細分化した七十二候の一つです。正岡子規はまわり中に資料を並べ書物を渉猟し、それを獺の魚を並べる様子になぞらえ、自らを「獺祭書屋主人」と名乗りました。『獺祭書屋俳話』は子規二十六歳のときの俳論書です。
前略のあとが続かぬ目借時 久保田遊民
長寿眉剃られ不覚の目借時 水原春郎
獺の祭り見て来よ瀬田の奥 松尾芭蕉
茶器どもを獺(おそ)の祭の並べ方 正岡子規
野馬(やば・春) 雀隠れ(春)
野馬は陽炎(かげろう)の異称。異称にはほかに糸遊、遊糸も。陽炎とは光が屈折し、地面から炎のような揺らめきが立ち上ることですね。春や夏などの日差しが強い日に起こる自然現象で、地面が熱せられることで上昇気流が発生して景色が歪んで見えます。糸遊や遊糸はわからなくもないのですが、なぜに野の馬が陽炎の異称になったのか、私にはわからないです・・・。
雀隠れは萌え出た草々がだんだん成長して雀が隠れるほどの茂みになったことを指します。
雀は私たちに一番なじみのある鳥ですね。雀隠れの言葉にも親しい気持ちが込められているようです。
野馬(かげろふ)に子供あそばす狐かな 凡兆
餅草も雀がくれとなりしはや 森澄雄
動物や生き物の名前が入った季語を集めてみました。かつてはここに挙げた生き物たちが人間の生活に深く関わり、季節を感じるよすがとなっていたのだと、その点が少し羨ましくもあります。
参考文献
カラー図説日本大歳時記 冬、春、夏、秋 講談社
基本季語500選 山本健吉 講談社学術文庫
新歳時記 虚子編 三省堂
他
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