普段は着物に縁がないけれど、「お正月は着物を着てみたい!」という方もいるのではないでしょうか?
着物で初詣? 新年のあいさつまわり? 観劇? 散策? それとも、友人たちとの新年会? 着物で観劇に来る方が多い歌舞伎座でも、1月は着物姿の割合が高く、着物姿の男性も見かけることも。外出をしなくても、着物を着て家で過ごすだけでも、いつもとは気分が変わって、素敵だと思います。
そして、着物コーデは、錦絵に描かれた江戸女子たちの着こなしが参考になります。
初日の出とともに始まる江戸のお正月
江戸の新年は、日の出とともに始まります。
つまり、日の出前は、まだ大晦日。大晦日は、つけ払いの集金のタイムリミットでもあったので、商人たちは、大晦日に1年の総決算として集金に駆け回ったり、帳簿の整理を行ったりと大忙しの1日を過ごしていました。つけ払いをした人は、集金に来る商人から逃げ回って、こちらも大忙し。日の出前まで、両者の攻防が続いたのだとか。
一方、「初日の出」を拝む人たちは、大晦日の夜道を黙々と歩いて「初日の出」スポットへ向かいます。元旦の日の出が「初日の出」で、江戸の人々も1年の幸を祈るため、「初日の出スポット」に出かけました。江戸の「初日の出」スポットは、高輪、芝浦、愛宕山(あたごやま)、神田、湯島、深川洲崎などです。いずれも海に面しているか、海の見える高台です。
「初日の出スポット」の中で、一番人気が深川の洲崎です。洲崎は埋め立て地で、5代将軍綱吉が生母・桂昌院の守本尊(まもりほんぞん)の弁財天を祀るため、元禄13(1700)年にに洲崎弁財天社を建立。洲崎弁財天社は、海岸に面した土手の先端に位置していました。洲崎の周辺は、元旦の「初日の出スポット」としてだけではなく、春は潮干狩り、秋はお月見の名所として賑う江戸のレジャースポットでもあったのです!
【お正月コーデ・その1】人気のヒロイン着物で初日の出を拝みに。防寒対策はマスト!
洲崎は海が近いため潮風がきつく、冬はとても寒かったので、初日の出を拝みに行く時は、完全防寒スタイルで出かけます。
洲崎に初日の出を拝みに来た女子は、黄八丈(きはちじょう)の着物の下に、梅柄の中着を2枚重ねています。八丈島名産の絹織物・黄八丈は、江戸時代中期までは献上品として上級武士しか着ることができなかったのですが、江戸時代後期になって、庶民も着ることができるようになりました。そして、歌舞伎『恋娘昔八丈(こいむすめむかしはちじょう)』のヒロイン・お駒が黄八丈を着たことから、若い女子たちの間で大流行となります。
頭は深緑色の御高祖頭巾(おこそずきん)を被り、首には防寒を兼ねた手ぬぐいを結んで、頭巾が飛ばされないようにしています。「御高祖」とは日蓮上人(にちれんしょうにん)のこと。上人の像が被っている頭巾に似ているので、この名がつきました。
表と裏が違う布で仕立てられた昼夜帯(ちゅうやおび)の表面は、黒地に、丸の中に赤い蝙蝠(こうもり)の模様が。歌舞伎の七代目市川團十郎が蝙蝠の模様が好きだったそうなので、さりげなく團十郎ファンであることをアピール? 昼夜帯の下には、風で着物の裾が広がらないよう、赤いしごき帯をきつく結んでいます。
でも、寒いからといって、手を袖の中に入れたまま両手を合わせて拝んでいるのはどうなんでしょう……。無精な彼女の願い事は、果たしてかなうのでしょうか?
コマ絵には洲崎弁財天社の鳥居と境内にあった料理茶屋が描かれ、海の向こうに見える房総半島の山々の左手から太陽が少しずつ顔を出しています。洲崎弁財天社の境内には酒や餅を売る屋台も出て、初日の出を待つ人でにぎやかだったそうです。
【お正月コーデ・その2】吉祥模様の着物で楽しむ「初日の出クルーズ」
現在でも、東京湾や隅田川などをクルーズする船の上から初日の出を見る「初日の出クルーズ」が行われていますが、江戸時代でも行われていました!
隅田川の船の上で初日の出を眺めるお姫様と付き添う侍女たちを描いています。
中央のお姫様は、鶴の模様のピンクの振袖。鶴は縁起の良い吉祥文様の一つ。鶴は、延命長寿の瑞鳥(ずいちょう/おめでたいことの起こる前兆とされる鳥)として尊ばれ、姿の美しさから、衣装や工芸品の文様として使われてきました。お姫様の着物の胸元から背中にかけては飛鶴、振袖と裾は立鶴と2種類の鶴の模様が描かれています。黄色い帯は単色で模様がないため、着物の鶴の模様が引き立ちます。裾がグリーンで、引き締め色。
頭の花簪(はなかんざし)がとてもゴージャスです。
お供の侍女たちも、笹、梅、菊、扇などの吉祥文様の着物コーデで華やかですね。
背景にはたくさんの船が浮かんでいるので、江戸時代も「初日の出クルーズ」が人気だったようです。太陽は女子たちの後ろから昇ってきているので、視線の先は初日の出ではない? 左手後ろにいる3人の男性も、初日の出ではなく、お姫様一行を見ているような……。
静かな元旦の朝
町中はきれいに掃き清められ、大晦日の夜遅くまで続いた喧騒(けんそう)は嘘のような静けさの中で、新年を迎えます。
浅草の東本願寺の巨大の屋根、鳶凧、井戸掘りの櫓(やぐら)が並び、奥に富士山が見えます。ぴんとはりつめた冬の冷たい空気と、お正月ののんびりとした雰囲気が伝わってきます。
初日の出を拝んだ人たちが家路につく頃、家長を中心に若水(わかみず)を汲みます。
若水とは、元旦の朝にはじめて汲む井戸水のこと。若水はいったん瓶(かめ)に入れ、必要な分だけ器に移して利用します。瓶から水をくむ時は、恵方に向かって汲むのが習わしでした。若水を飲むと、1年の邪気が祓われ、若返るという言い伝えがあります。
若水は、最初に神棚にお供えをしてから、雑煮の調理などに使いました。
元旦は、様々なしきたりに従って新しい年を迎えます。この日に掃除をしたり、けんかをしたりするのはご法度。元旦に仕事をするのは、宝船の絵や凧を売り歩く人だけでした。
宝船は、米俵や宝物を乗せた帆掛け船に七福神が乗っている絵で、正月の縁起物の一つで、これを枕の下に置いて寝るとよい夢が見られると言われています。元旦(1月1日)の夜から2日の朝にかけて見る夢が初夢で、良い初夢を見たいと願う人々が宝船の絵を買い求めたようです。
7人の美女を宝船に乗る七福神に見立てています。富士山の左手から初日の出が昇って来て、おめでたい絵だと思いますが、美女たちが乗る船の船首が、リアルな黒い鳥! 初夢に出てくると縁起が良いもの「一富士(いちふじ)、二鷹(にたか)、三茄子(さんなすび)」にちなんで鷹のよう思うのですが、鋭い目つきとくちばしに不気味な雰囲気があり……。この絵を買い求めた人は、良い夢を見ることができたのでしょうか?
▼初夢に関する記事はこちらもチェック!
初夢「一富士二鷹三茄子」の意味と由来は?続きがある?縁起が良い夢のルーツを探る
のんびり過ごすお正月
新年の祝いが終わると、再び静けさが戻ります。その後、恵方参りや氏神への初詣に出かける者もいましたが、多くの庶民は、終日のんびりと過ごしました。
【お正月コーデ・その3】年始のあいさつは、色のトーンを抑えてシックに決める!
絵の女子とお供の女の子は、年始のあいさつに行くところでしょうか?
裾にさりげなく模様のあるグリーンの着物に、格子柄のブラウンの羽織を合わせています。青紫の地に白い模様の入った中着を2枚重ねて防寒対策もしっかりしているようですが、足元が裸足に下駄なので、粋筋の方でしょうか? 現代でも真似できそうな着物コーデです。
お正月飾りと手毬を持ったお供の女の子は、市松模様風のコートを着ています。コートからチラリののぞく着物などの色が、隣の女子のコーデとリンクしていることがわかります。
【お正月コーデ・その4】くつろぎスタイルは、柔らかな色合いの上品コーデで
豪華なお正月飾りがのった鏡餅のそばでくつろぐ、ピンク色の打掛を着た女子。裾には、松の模様、丸い鶴の模様という吉祥模様を組み合わせています。帯も打掛と同系色の格子柄。白っぽい無地の着物が、打掛の柔らかな色を引き立てる上品な着物コーデです。
神へのお供えものの鏡餅は、大小二つの餅を重ねたもので、子孫繁栄や長寿を願う昆布や海老、橙(だいだい)、ユズリハなど、縁起の良いものが添えられます。「三種の神器」の鏡に似せて丸く平たく作ったため、その名がついたとも言われています。
【お正月コーデ・その5】お屋敷奉公の女中たち。できる大人は、甘さ控えめ・微糖コーデ
お屋敷内の一室でお酒を楽しむ女子たち。松竹梅のおめでたい模様の台に載せた大きな鏡餅の上には、松飾のついた立派な海老が。
二人の女子たちの前には、三方(さんぽう)に乗ったお正月飾りと5段の重箱に詰められたおせち料理とお屠蘇があります。
右側の若い女子は、黒い縦絣の着物に、向かい合う波型の線のふくらみの中に瑞雲と呼ばれる雲の模様が入った雲立涌(くもたてわく)という格調高い模様の赤い帯を合わせています。
左側の女子は、紋付の着物ですが、裾にさりげなく黄色い花模様が入っています。帯は、縞模様に大きな模様が入っていますが、全体的にシックで、できる大人女子という着物コーデです。
【お正月コーデ・その6】お屠蘇を楽しむ女子会コーデは「粋」に!
屠蘇(とそ)を飲んで、ほろ酔いの女子3人。お正月から女子会でしょうか? 屠蘇は、無病息災を願って正月に飲む酒のこと。女子3人の着物コーデは、シックにまとめられています。
右側の女子は、黒衿をかけたブラウンの縞の着物に、ネイビーの卍模様の地にエスニック風の丸い模様の入った帯を合わせています。肩から着物がずれ落ちて鹿の子模様の赤い襦袢が見えているのが、色っぽい?
中央の女子の着物の模様は、波型の縞もあるので、「よろけ縞」でしょうか? 黒い帯と黒いかけ衿、抹茶のようなグリーンの半衿、梅模様のブラウンの中着は、すべて着物の縞模様の色とリンクしています。袖口や衿からのぞく赤い襦袢がアクセントになっています。
左側の女子は、遠くから見ると無地に見える円形の模様の入ったブルーの着物に、ブラウンの鹿の子に大きな花模様の帯を合わせています。この女子も着物の色、中着の色と帯の模様の色がリンクしています。
シックながら、さりげなく着物の色と帯の模様の一色をリンクさせていたりと、大人女子ならではの着物コーデです。
お正月飾りの繭玉が飾られていて華やかですが、よく見ると、繭玉以外にも蕪や大福帳、徳利、小判など、様々なものが吊るされているのがわかります。繭玉は、もとは餅や団子を繭の形に小さく丸めて木の枝に花のように飾ったもので、豊作を祈って飾られます。絵のタイトルの枠線が徳利と銚子になっているのも、面白いですね。
【お正月コーデ・その7】お正月は、こたつ布団も華やかに!?
注連縄、鏡餅、繭玉などが飾られた部屋のこたつで、くつろぐ女子3人。お正月のあいさつ回りなどを終えて、こたつでのんびり、おしゃべりをしながら過ごしているのでしょうか? 右側の女子は、三味線のおさらい中で、左側の女子は寝転んで読書。女子3人の着物は、こたつに入っているのでよく見えないのですが、晴着というよりも普段着に近いもののようです。
個人的に注目したのはこたつ布団で、更紗風の模様が素敵です。
お正月の女の子の遊び「羽根突き」
女の子の初正月に縁起物として羽子板を贈ったことから、羽根突きがお正月の遊びとして広まりました。羽根つき遊びが盛んになったのは江戸時代の元禄時代(1688~1704年)以降です。
羽根突き用とは別に、飾っておくための押絵羽子板は、現在でも邪気除けとして贈り物とされています。ちなみに、男の子の初正月のお祝いは、破魔弓(はまゆみ)です。
お正月の錦絵には、羽子板を持った女子たちが描かれているものがありました。江戸の女子たちにとって、羽根突き遊びは、お正月に新調してもらった新しい着物を見せ合うおしゃれバトルの場だったかもしれませんね。
【お正月コーデ・その8】ピンク色は、いつだって女の子の味方♡
門松の前で、羽根突きで遊ぶ少女。花模様の振袖は、裾にかけてピンク色が薄くなるぼかし。帯も同系色で、華やかな模様入り。裾は緑で、ピンク色でまとめたコーデを引き締めるだけではなく、帯の模様の一色、下駄の鼻緒の色とさりげなくリンクしています。
裾からのぞく中着は、子どもの健康を祈る麻の葉模様です。
▼麻の葉模様に関してはこちら!
禰豆子の着物で再注目!「麻の葉模様」は、江戸の女子にも大人気だったこと、知ってた?
【お正月コーデ・その9】春を告げる梅の模様の振袖コーデで勝負!
少女の振袖の袂をつかんで、奴凧を持って「遊ぼう!」とせがんでいる男の子は、彼女の弟でしょうか? 羽子板を隠すように抱えているので、こっそりと出かけようとしていたのかもしれません。
少女の振袖は、お正月らしい注連縄(しめなわ)が飾られた満開の梅の木に、うっすらと雪が積もっています。厳寒の中、ほかの花に先駆けて咲く梅の花は、縁起の良い花として、新春に着る着物や帯の模様として使われます。帯は、深いグリーンに菱形模様の地に華やかな宝相華(ほうそうげ)の模様で、模様の色と着物の色がさりげなくリンクしています。花模様のピンクの半衿がかわいらしいですね。
【お正月コーデ・その10】羽根突きの時も、トレンドメイクでおしゃれは忘れない!
流水模様をアレンジした地の模様を生かした青と白の縞の着物を着こなす女子。ゆったり着付けで、衿元から華やかな半衿と長襦袢で見せています。
ヘアアクセサリーも着物・長襦袢と色を合わせているおしゃれ上級者ですが、メイクにも注目! 下唇が玉虫色に光っていて、トレンドメイクの「笹紅」リップです。
江戸のファッションリーダー・花魁たちの打掛にも注目!
江戸のファッションリーダーと言えば、吉原の花魁たち。派手でどこか奇抜なファッションは、いつも注目の的でした。
【お正月コーデ・その11】お正月の花魁の打掛は、後ろ姿に注目
花魁の打掛の背中に注目! 肩には注連縄(しめなわ)と松飾り、背中には凧、羽子板と羽根、手毬など、お正月モチーフがあしらわれています。打掛の裾の袘(ふき/裾の裏地を折り返して表から見えるように仕立て、中に綿を入れて厚みを出した部分)は唐草模様に大きな花模様で、とてもゴージャスです。
お付きの二人の禿(かむろ)も、黒地に肩から背中にかけて注連縄の模様で、花魁とお揃いです。
【お正月コーデ・その12】花魁は、竜の模様も着こなして魅せる!
お正月の松飾りの前にすっくと立つ花魁の打掛をよく見ると、金色のリアルな龍の模様が! たなびく雲のモチーフ化した瑞雲(瑞雲)の模様と組み合わせた雲龍と呼ばれる、お正月にふさわしい吉祥文様です。
付き添う二人の禿も、花魁の打掛と同じ模様の振袖です。
錦絵を着物コーデのヒントに
この記事では、国立国会図書館デジタルコレクションなどで公開されている錦絵の中から、お正月の着物コーデをピックアップ紹介してみましたが、お正月らしく、吉祥模様とよばれるおめでたい模様が多かったように思います。
新年には何か新しいものを見につける習慣があります。江戸の人々も、お正月に新しい着物や帯を着ることもあったのだとか。
現在は、そこまで気張らず、「お正月は、和の気分を楽しむ」くらいの気持ちで着物を楽しんでみてはいかがでしょうか。
主な参考文献
- ・『きものの文様:格と季節がひと目でわかる』 藤井健三監修 世界文化社 2021年3月
- ・『お江戸ファッション図鑑』 撫子凛著 丸山伸彦監修 マール社 2021年1月
- ・『絵解き「江戸名所百人美女」:江戸美人の粋な暮らし』 山田順子著 淡交社 2016年2月
- ・『浮世絵でみる年中行事』 中村祐子著 大久保純一監修 山川出版社 2013年8月