Culture
2022.02.08

滋賀・近江八幡からパブ文化を広めたい!オーストラリア出身の醸造家が造るクラフトビール「二兎醸造」【連載VOL.5】

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外でビールを飲むとしたら、やっぱり居酒屋? そんな私の思い込みを変えるテレビドラマが、放送されたことがありました。美しいヒロインが恋におちる相手と出会う場所は、居酒屋ではなくてパブ。古い木造のシックな店内で、恋人同士がお互いを見つめ合いながら、美味しそうにビールを味わう。ああ、素敵! こんな場所で、ビールが飲んでみたい!

滋賀県近江八幡市に、ハイセンスなオーストラリア風パブがあるとの情報を入手。これは、行かなくては! 胸を高鳴らせながら、現地へと出向きました。

江戸時代の蔵造りの建物をビアカフェに

近江八幡市には、風情ある八幡堀※があります。その八幡堀に沿って建てられた江戸時代の蔵造りの建物の2階が、目指すお店でした。こちらの『Rabbit Hutuch(ラビットハッチ)』から徒歩約1分の場所には、クラフトビール醸造所があります。お店と醸造所を経営する二兎醸造株式会社代表取締役の、コレット理子(あやこ)さんに、お話を伺いました。

※安土桃山時代に造られた人口の水路。八幡堀の水運によって町は発展し、近江商人を生んだ歴史がある。

「2018年の8月に醸造所をオープンしてから、一角を解放して、週末にお客様にビールを提供していたんです。喜んで頂いていたのですが、すぐに手狭になってしまって。また醸造所と同じ場所だと、清掃などに時間を取られて、醸造の作業が進まなくなってしまう問題もありました。そのため、近くでクラフトビールと料理を提供するパブを開く場所はないかと探していたんです」

年に数回だけギャラリーとして使用されていたこの場所が借りられると知り、すぐに決断したそう。「ここは江戸時代に建てられた町屋の蔵だったようです」と理子さん。醸造所をオープンした翌年の4月にはパブをオープンします。元の梁を生かしてリフォームされた空間に、大きな木製のテーブルが並び、居心地の良さを感じます。和のテイストと、キッチンや、ビールのタップ※が並ぶエリアが、不思議と馴染んでいます。

※ビールの注ぎ口のこと。

「パブだとビールが飲めない人は入りにくいと思って、あえてビアカフェと言っています。子どもさん連れのご家族が来て下さるなど、気軽に利用してもらえるのが嬉しいですね」

TWO RABBITSに込めた思い

「夫のショーンが創業者で醸造責任者なのですが、私たちの会社名『二兎醸造』の由来について、よく聞かれます」。ロゴには、2匹のうさぎのシルエットが描かれていて、とても可愛らしい印象です。

『二兎を追う者は、一兎も得ず』ということわざがありますが、この意味を逆説的にとって、ひとつのことに集中して精進していくとの思いを込めて、つけたのだそうです。また、海外もマーケットとして視野に入れていることから、万国共通で好かれる動物のうさぎは最適だろうとの狙いもあったとか。

ちなみに『ラビットハッチ』は、うさぎの巣穴を意味します。なんだか楽しいですね。

父直伝のビアバターフィッシュアンドチップス

オーストラリアのパブをイメージしている『ラビットハッチ』では、ビールに合うようにとセレクトされたメニューが並んでいます。「日本ではビールというと、取りあえず枝豆を頼む人が多いと思うのですが、オーストラリアでそれに代わるのが、チップスです」。チップスとは、フライドポテトを指すそうで、ビールに欠かせない料理として現地では定着してるそうです。

タップの上部にほどこされた飾りもおしゃれ!

「ビアバターフィッシュアンドチップスも定番ですね」と理子さん。『ラビットハッチ』で提供されるこの料理には、影の功労者が。「ショーンの父が、ル・コルドン・ブルー※で講師をしていたんです。それで、父からショーンが教えてもらったレシピを基にして、作っています」。真鱈をビールを使った衣に潜らせて、サクサクに揚げた直伝の味、これは食べたくなりますね!

※フランス・パリを中心に展開されている料理菓子専門学校。

来日がきっかけで、クラフトビール醸造家の道へ

「ショーンは、日本人以上に日本人らしいと言われたりします」と笑顔で話す理子さん。職人気質で、何事も深く掘り下げて研究するショーンさんは、1日24時間では足りないくらい、いつも忙しい日々。

理子さんがショーンさんと出会ったのは、オーストラリアへ留学している時でした。同じ大学で学び、その後結婚し、夫婦で現地で働いていましたが、転機が訪れます。「ショーンが京都大学MBA(経営管理大学院)に奨学金で入学が決まって、二人で京都へ行くことになったんです。海外では社会人を経験してからステップアップを目指してMBAに入る人や、起業する人も多いです。ショーンが勉強している2年の間に浮かんだのが、クラフトビール醸造家だったのです」

右側の水が溜まっている機械一基が醸造機械、左下に二基あるのが発酵タンク、左上に積み上げられているたくさんある細いものはビール樽

ショーンさんは弁護士資格を取得して、法律事務所でインターンシップで働いた経験がありました。裁判では必ずどちらかが負けます。「こちらが勝てばお金は入ってくるかもしれないけど、相手は幸せではない。もっとみんなが幸せになる仕事がしたい」と、弁護士の道をあきらめます。

クラフトビールが大好きで、「ビールはみんなが嬉しくなるし、幸せな気持ちになる」との思いを、ずっと持ち続けていました。オーストラリアでは販売をしなければ自家醸造が許されているので、長年趣味として行っていたことも、醸造家への道の後押しとなったようです。

本場での修行を経て、ここでならと近江八幡市で起業

京都大学で経営を学んで経営学修士を取得したショーンさんは、国家資格の醸造士免許取得のために、母国に一時帰国します。日本では国家資格がないためですが、何事も追求するショーンさんならではの行動です。

「創業前に時間をかけたことが良かったと思っています。いざ始めたら相談する人はいない訳ですから。本格的にサイエンスなどもショーンが学んだお蔭で、ビール造りがスムーズで、人気のビールを生み出すこともできました」

ショーンさん(写真左)と理子さん

開業場所を探している時に出合ったのが、近江八幡市でした。「関西エリアを入念にマーケティングして、市場や流通、交通の便なども考えた結果、辿りついたんです」。琵琶湖が近く、自然豊かで昔ながらの街なみが残る場所に惚れ込み、二兎醸造をスタートさせます。

新型コロナウイルス感染拡大のピンチから、アルミ缶への移行を決断

二兎醸造では、ビールの販売をボトルで行っていましたが、2020年より缶での販売に切り替えました。アメリカやオーストラリアなどクラフトビール先進国では缶ビールが主流になっていることや、今後海外への販路拡大を計画していることなどから、いつかはと考えていましたが、前倒しになったのは、新型コロナウイルスの影響です。

「元々創業時から考えていたので移行できましたが、この決断をしていなかったら、会社の存続が危うかったかもしれません」と、理子さんは率直に話します。新型コロナウイルスの感染拡大は、取引先の飲食店からの注文減や、ビールイベントの出店キャンセルなど、二兎醸造に深刻な影響を与えました。打開するために、新しくオンラインショップを立ち上げてビール販売を開始します。しかし、ボトルビールの生産では作業効率や、郵送時の破損の危険性など問題点が出てきたそうです。

そこで、ピンチをチャンスにと、缶充填機械を導入し、思い切ってアルミ缶への全面的な変更を決行します。するとデザインが好評で、ジャケ買いのようにデザインで選ぶ人も現れて、売り上げがアップ。「中身を細心の注意を払って造っているのだから、最後のラベルもクオリティが必要」とのショーンさんのデザインへのこだわりが、見事に成功をおさめたのです。当初はショーンさんが全て一人で、ラベルデザインを行っていましたが、さすがに手が回らなくなり、今ではオーストラリアのデザイナーと一緒に手掛けているそうです。

リサイクルの観点からも、缶への移行は大きな意味がありました。アルミ缶は何度でも再生が可能なので、省資源に繋がります。ゴミを極力減らして、環境へ配慮したビール造りをポリシーにしている二兎醸造にとって、ふさわしい決断だったようです。

パブ文化を体験して、好みのビールを見つけて欲しい

「英語でドリンカビリティという言葉があって飲みやすいという意味なのですが、この美味しくて飲みやすいビール造りを大切にしています」

オーストラリアは気候が暖かいこともあって、バーベキューに必ずビールを持っていくなど、日常でビールが欠かせないそう。パブもいたる所にあって、食事を済ませてから、ビールを飲みにだけ出かけて、何杯もおかわりと、パブ文化が根付いています。「タップから目の前で注がれるビールは格別なので、是非体験をして欲しいですね」

「日本では大手ビールが造るラガービールが主流ですが、実はビールは何百種類もあるんですよ。多種多様な魅力を伝えたくて、かたよらないように気をつけています。自分の好みのビールを見つけて欲しいですね」

『ラビットハッチ』では、常時8種類の造りたてのビールが楽しめます。定番、準定番、季節限定、熟成ビールなど多種多様な構成で、ビールラインナップは常に入れ替わっています。

写真右端が、金柑ウィット

私は『金柑ウィット』が爽やかな味で気に入りました。近江八幡産の小麦と、和歌山産の金柑とオーストラリア産のハーブを組み合わせたものです。近江八幡へ行くことがあれば、是非ここへ立ち寄って、お気に入りを見つけてください。

二兎醸造情報

住所:滋賀県近江八幡市宮内町241
公式サイトhttps://www.tworabbitsbrewing.com/

連載 滋賀県クラフトビール巡り

第1回 クラフトビール、今なぜ人気?滋賀・長濱浪漫ビールの若き醸造家に魅力を聞いてみた
第2回 「井伊の赤備え」をイメージしたレッドエールも!荒神山の麓でサステナブルなビール造り『彦根麦酒』とは
第3回 祭りをビールで表現!?滋賀県日野町の伝統を守るため、現代の三銃士がクラフトビールに挑む!
第4回 鮒寿しでビール造っちゃいました!?滋賀・近江麦酒の「おもしろ美味しいクラフトビール」が自由すぎる
第5回 滋賀・近江八幡からパブ文化を広めたい!オーストラリア出身の醸造家が造るクラフトビール「二兎醸造」【連載VOL.5】

書いた人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。