2月は「梅見月(うめみづき)」とも呼ばれることをご存じでしょうか?
まだまだ寒さは厳しい日が続きますが、梅の花が咲きはじめ、春が近づいていることが感じられます。季節ごとの花を楽しむ江戸の人々は、梅の花が咲き始めると、梅の名所に「梅見」に出かけました。
萬葉人も好んだ梅の花
梅は中国原産で、奈良時代に中国文化とともに薬木として日本に渡来。現在、梅の品種は300種以上あり、花は観賞用に、果実は食用として梅干しや梅酒などに使われます。
厳寒の中で他の花に先駆けて咲く香り高い梅は、中国では逆境に耐える人生の理想とされ、日本でも縁起のよい花として好まれてきました。
梅は「百花の魁(さきがけ)」とも言われ、春の花の代表です。『萬葉集』には、梅の花を詠んだ歌は100首以上も収録されているのだとか。
春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ(818)
山上憶良(やまのうえのおくら)の歌は、元号「令和」の由来となった『萬葉集』(巻5)の「梅花の歌三十二首并せて序」に収録された歌の一つ。当時、太宰府の長官であった大伴旅人(おおとものたびと)を中心に開催された、梅の花を題材とした歌を詠む会「梅花の宴」で詠まれた32首には、すべて梅の花が含まれています。
ちなみに、『萬葉集』に詠まれている梅は白梅。紅梅が詠まれるようになったのは、平安時代になってからなのだとか。
白梅に遅れて咲く紅梅は、その色が愛でられました。平安時代の衣装を重ね着する際の配色「かさねの色目」の中には四季折々の植物の名がつけられており、「紅梅」「紅梅匂(こうばいのにおい)」「梅重(うめがさね)」「裏紅梅」など、梅にちなんだ配色もあります。
また、梅には「花兄(かけい)」「風待ち草」「香散見草(かざみぐさ)」「好文木(こうぶんぼく)」「春告草(はるつげぐさ)」「匂い草」などの別名があります。
吉祥文様として用いられる梅
梅は、新春に着る着物や帯の文様に使われています。
花弁が互いに重なって中心からねじれた形で表現された「捻梅(ねじりうめ)」。梅の花を上から見た形を円で表現した「梅鉢(うめばち)」。花と蕾(つぼみ)のついた梅の枝をまっすぐに並べた「槍梅(やりうめ)」。梅の小さな花びらを重ねた「八重梅(やえうめ)」。梅の花を裏から見た様子を文様化した「裏梅(うらうめ)」。
梅の花だけをかたどったものから、枝つきの梅まで、文様のバリエーションは豊富です。
梅は、松・竹とともにおめでたい植物とされています。
中国では、厳寒の中でも緑を絶やさない松、寒中でもまっすぐに伸びる竹、早春に花を咲かせる梅の3種類の植物を『論語』の「歳寒三友(さいかんさんゆう)」に例えて、清廉な文人の象徴としました。これが日本に伝わり、松、竹、梅の組み合わせは、吉祥文様の代表として現在でもおめでたい席の着物の文様として用いられています。
松竹梅が吉祥文様として工芸品や衣服に広く使われるようになったのは江戸時代中期頃と言われています。着物や帯の文様では、松と竹は葉が、梅は花がモチーフとして使われることが多いようです。
塀の上の白梅を取ろうと草履を脱ぎ捨て、侍女の背に乗り上がるお転婆な少女の着物は、まっすぐに伸びた竹の文様が印象的。竹の葉にうっすらと雪が積もっているので、雪持竹文様です。
江戸女子たちの梅見コーデ、一挙紹介!
江戸女子たちは、もちろんおしゃれをして梅見に出かけます。錦絵に描かれた江戸女子の梅見コーデを街角スナップ風にセレクトしてみました。
【1】ニュアンスカラーのコートが主役のコーデ
亀戸天神社の近くにあった梅の名所・梅屋敷で、見頃の梅には目もくれず、筆と帳面を手にして何やら思案顔の女子。梅の歌を詠もうとしているのでしょうか。それとも、愛しい人へのラブレター?
梅は咲いていますが、まだ寒いのか、黒い着物の上にグレーのコートを着ています。裾からのぞく中着の青い花模様と、袖口からのぞく赤い襦袢がコーデのアクセントになっています。
【2】華やかな帯は、裾模様の着物ですっきり魅せる!
梅屋敷に来た女子3人。後ろにあるのは、「臥竜梅(がりゅうばい)」と呼ばれる梅の木でしょうか?
右の女子はピンクがかったグレー、中央の女子は藍色、床几(しょうぎ)に腰を掛けた左の女子は黒の裾模様の着物です。それぞれ、華やかな模様の帯を合わせていますが、帯の近くには模様がないので、すっきり見えます。
華やかな帯は、裾模様の着物に合わせるのが大人女子の着こなしルールだったのかもしれませんね。
【3】季節限定の中着を粋に着こなす、シックなコーデ
藍色の地に白梅の裾模様が映える着物の女子。裾からのぞく中着の模様が丸に春の字模様。合わせた帯はブラウンの地に花模様。全体的にシックな色使いながら、春を先取りする模様を組み合わせて華やかに魅せる春を先取りコーデです。
【4】大人の余裕で着こなすきれい色のチェック着物コーデ
ミントグリーンのような浅葱色(あさぎいろ)にブラウンのチェックの着物と、薄い縹色(はなだいろ/藍だけで染められた純粋な藍色)の無地の帯を合わせた、江戸女子らしいすっきりとしたコーデです。桜文様の半衿と着物の裾もブラウン。ブルー×ブラウンの着物コーデは、現代でも真似できそう?
【5】グラデーションの桜模様の着物で、季節を先取り!
上半身は紫がかったブラウンで、裾は薄いブルーのグラデーションがきれいな着物を着こなす女子。着物の裾にある桜の花の模様がさりげなくて、素敵です。
「梅見なのに、桜の模様の着物?」と思う方もいるかもしれませんが、桜の模様の着物は、桜の開花を待ちわびながら、少し早めに着るのが良いとされています。シックなグリーンの帯が、華やかな着物とマッチしていますね。
【6】着物も帯もブラウン系でまとめたワントーンコーデ
薄いブラウンの地に青い花模様の振袖の女子。着物よりも濃いブラウンの帯には、着物と同じような青い花の模様。着物も帯もシックなブラウンですが、青い花の模様が華やかさを加えています。
裾からのぞく中着は、梅の文様の赤い中着と、卍を斜めにくずして連続文様にしたブラウンの紗綾形(さやがた)文様の中着の2枚を重ねています。
【7】垢抜けカラー・ブルーグレーの着物は、黒衿で引き締める
青みががったグレーの着物は、黒い半衿がコーデの引き締め役。合わせた同系色のコーヒー色の帯は、華やかな花模様。着物の裾の色と、さりげなくリンクしています。
寒いのか、衿元はきちんと合わせていて、中着も2枚着こんでいますが、この女子も足元は裸足ですね……。
梅見だけではない? 梅文様の着こなし拝見!
梅文様は、お正月から早春の着物に向く文様ですが、吉祥文様でもあります。梅の文様を他の文様と組み合わせて、晴着やおめでたい席の着物の文様として使われます。
素敵な梅文様の着物を着こなす江戸女子たちのコーデもありましたので、紹介します。
【8】江戸女子好みの梅づくしコーデ
梅の花枝を生ける女子の江戸鼠(えどねず)の着物は、梅文様。褄から裾にかけての白い梅の花がアクセントになっていて、素敵です。帯は團十郎茶の縞に花唐草文様です。
「江戸鼠」とは、江戸好みの鼠色で、ブラウンがかった濃いグレーというニュアンスカラー。「團十郎茶」は、歌舞伎役者・市川團十郎家の茶色で、柿色とも呼ばれるやや明るいブラウン。江戸女子好みのシックな色でまとめた素敵なコーデですね。
【9】茅の輪を意識した模様の着物で、御利益が増えるかも?
愛宕山の近くに多くあった旗本屋敷の娘で、家族のためにお参りに来た様子を描いています。
右上のコマ絵に描かれた愛宕山(あたごやま)は、夜のようです。愛宕山にある愛宕神社は、慶長8(1603)年、将軍・徳川家康の命により防火の神様として祀られました。正面にある男坂の石段は「出世の石段」と呼ばれています。
毎年6月23日から24日は、愛宕神社の「千日参り」の日で、この両日に社殿前にしつらえた茅の輪(ちのわ)をくぐってお参りをすれば、千日分の御利益(ごりやく)があると言われており、多くの人が参拝します。
着物の裾と振袖の袂には、梅と笹の文様と鹿の子絞りの輪の文様が散らされています。鹿の子絞りの輪の文様は、茅の輪を意識したものでしょうか?
亀甲文様を山形状に3つ組み合わせてつないだ毘沙門亀甲(びしゃもんきっこう)文様と宝相華(ほうそうげ)文様を組み合わせた、華やかな帯を合わせています。
【10】話題のコスメのショッピング中? 上品コーデのお嬢様
右手に白粉「寿々女香(すずめこう)」を持つ女子の振袖は、梅とふくら雀の文様。梅の文様はガクが見えるので、裏梅のようです。帯は、黒地に卍と宝相華を組み合わせた文様。お嬢様らしい上品な着物コーデですね。
コマ絵は、人形町通り沿いにあった歌舞伎役者・瀬川菊之丞が経営していたコスメ店で、軒に掲げた看板には「菊露香」の文字が見えます。
錦絵に描かれた江戸女子コーデをおしゃれのヒントに
この記事では、国立国会図書館デジタルコレクションに掲載されている梅見の様子を描いた錦絵の中から、「この着物コーデ素敵!」だと思ったものをセレクトしてみました。まだ寒い時期なので、様々な文様・色の中着をレイヤードしたり、春を先取りした文様をアクセントをさりげなく入れたり。江戸女子たちは、様々な工夫をしながらおしゃれをしていました。
今回は「梅見」をテーマにしましたが、江戸女子好みのシックなコーデが多く、現代の着物コーデのヒントになるかもしれません。
このほかにも、錦絵には素敵な着物コーデがたくさん描かれています。着物のおしゃれのヒントに、素敵な画像を探してみるのもおすすめです。
主な参考文献
- ・『きものの文様』 世界文化社 2021年3月
- ・『絵解き「江戸名所百人美女」:江戸美人の粋な暮らし』 山田順子著 淡交社 2016年2月
- ・『着物の事典:伝統を知り、今様に着る』 大久保信子監修 池田書店 2011年4月