2019年のラグビーワールドカップ日本開催を機に、一気に知名度の上がったラグビー。ラグビーが元々好きだった私にとって、大変嬉しい出来事となりました。
マスコットキャラ、「レンジー」が、歌舞伎の「連獅子」をモチーフにしていたのは皆さんご存知でしょうか。私は歌舞伎も大好きなので、ラグビーと歌舞伎、このふたつはどこか似ていると感じます。
どちらも私は未経験。単なる勘違いかもしれません。
そもそも歌舞伎とラグビー両方本格的に経験している方なんているわけがないし……と思っていたところ、若手女形である中村児太郎さんが、高校時代までラグビーに打ち込んでいらしたことを知りました。歌舞伎とラグビーに共通点があるのでしょうか?児太郎さんにお話を伺いました。
中村児太郎さんとは?
6代目・中村児太郎さんは、成駒屋・中村福助さんのご子息であり、おじい様は七代目中村芝翫さんです。1993年生まれとまだ20代ながら、『祇園祭礼信仰記 金閣寺』の雪姫や『俊寛』の海女千鳥など、女形の大役を次々と演じられています。また、2019年には長年、坂東玉三郎さんのみが演じていた『壇浦兜軍記』の阿古屋をダブルキャストで演じられました。その立ち姿の美しさ、繊細な踊りやお芝居などで高く評価され、10代目福助襲名が待たれています。
ラグビーで鍛えられた若き日々
舞台上ではしなやかな女形さんですが、実際にお目にかかると、スーツの似合うかっこいい男性です。
――初舞台は2000年、7歳だったという児太郎さん。ラグビーを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
中村児太郎さん(以下、児太郎)「小学校に、ラグビー部がありまして。友達みんなが入ったので小5から始めました」
――その頃にもう舞台には立たれていたんですよね。
児太郎「声変わり前だったので結構いろいろな役をやらせてもらっていましたね」
――ラグビーは怪我の多いスポーツというイメージがあります。舞台に立つ俳優さんがやることを、ご家族は反対されませんでしたか。
児太郎「父親(9代目福助)は全く反対しなかったです。父自身、野球をやりたかったのを、禁止された経験があったらしくて。だから、子どもに好きなことをやらせてやりたいと思っていたようです。幸い、大きな怪我はなかったので、今こうやって舞台に立っています」
――かなり本格的にやっていらした。
児太郎「高校卒業までずっとやっていましたよ。高3のときは、よりにもよって走り回って怪我するバックスのセンターを(笑)菅平での合宿なども参加していました」
※センター=12・13番にあたるポジション。ラグビーにはスクラムを組むFW(フォワード)と、BK(バックス)があり、センターは攻撃に参加し、ディフェンスではタックルをする、タフなフィジカルが要求される。
※菅平……通称「ラグビー合宿の聖地」。夏の間、ラガーパーソンだらけになることで有名。
――ラグビーと女形を演じられる歌舞伎の両立は大変だったと思います。鍛えられた筋肉は歌舞伎にも活かされたのでしょうか?
児太郎「大学1年生の6月に、国立劇場の歌舞伎鑑賞教室で『俊寛』の千鳥という大役を初めてやらせていただきました。ラグビーをずっとやってきて、体力はあると自負していたのに、本当にボロボロになった記憶があります。踊りは、使う筋肉が全く違うんです。ただ、ラグビーではとにかくハードな練習をしてきたので、体力は鍛えられたんじゃないかな」
――その後は、歌舞伎の道を歩まれています。今もラグビーに関するインタビューなどよく出てらっしゃいますよね。
児太郎「今でもラグビーは大好きですから。高校ラグビーから大学ラグビー、リーグワンにシックスネーションズ、試合はよくテレビ観戦しますね」
ラグビーと歌舞伎の共通点とは
――今回はラグビーと歌舞伎の共通というテーマでお話をうかがいたいのですが。
児太郎「前提となる目的が違うんですよね。ラグビーは勝つことを目標に戦います。もちろん観客の前でやるスポーツでもありますけれども、チーム対チームが中心。一方、歌舞伎は何よりもお客様が大事。魅せることが重要です。その辺りは違うと思います。ただ、ラグビーには15人の仲間がいて、”One For All, All For One”(ワンフォーオール、オールフォーワン)の考え方が根付いています。歌舞伎もチームワークでやるもの。1人が欠けたら成り立ちませんし、ミスをしたらチームでカバーする。そういう意味では共通点はあると思いますね」
先輩から教わるということ
――ラグビーは、競技独特の動きがたくさんあり、先輩から教わります。歌舞伎も、先輩に教えていただく事はとても重要なのでは?
児太郎「大事です。歌舞伎は必ず、教えていただくもの。自己流はダメなんです。ここ数年、本当に多くのお役をお教えくださり、ご指導いただいてるのは、玉三郎のおじさまです。玉三郎のおじさまとのお稽古は、自分の中での宝物です。手取り足取りお稽古してくださり、とにかく心、気持ち、肚の部分をよくご指導いただきます。まだまだできなくても気持ちだけはきちんと持つことができるでしょう。とお話になられます」
――児太郎さんはたくさんの歌舞伎俳優さんから様々なことを教わっているのではないでしょうか。
児太郎「初役を演じるときには必ず、教えられた通りに守って演じるようにしています。自分の癖は絶対に出さない。毎日、公演をビデオに撮り、終演後に自分ももちろんですが、教えていただいた先輩にチェックしていただいて、今日より明日の精神で頑張っております」
――徹底されていますね。
児太郎「最初はとにかく、謙虚に教えてもらう。同じことを繰り返して、徐々に上手くなっていくものなので」
――ラグビーも、最初から全てのプレーができるわけではないですよね。
児太郎「そこはラグビーとも共通しているかもしれません。自主的にやることってすごく難しいんですよ。いきなり、さぁ学ぼうと思っても勉強の仕方、やり方がわからない。だから、最初、ある程度厳しく丁寧に教わる。その後に、自主性が生まれると思います」
――だから、ビデオに撮ってまで確認されるんですか。
児太郎「舞台が終わった後、必ず自分でもビデオチェックします。どこができていなかったのか、癖が出ていないか、それを毎公演確認することで、初心を忘れずにひとつひとつを積み重ねていけるんです」
「自主性」にたどり着くことが重要
――ラグビーでも、先輩や監督に教わったことを丁寧に練習した上で、自分のものにしていく選手は多いですよね。
児太郎「そういえば、以前筑紫と東福岡という、高校ラグビーの強豪校がぶつかった試合の特集を見たことがあります。スパルタと自主性をテーマにしていたんですけども、その時の東福岡の選手がすごかったです。筑紫の生徒たちは、もう泣きそうになるくらい闘志みなぎらせて試合に挑む。一方、東福岡の選手は笑顔を浮かべて試合に向かっていく。高校ラグビーの予選の決勝で、ですよ」
――すごいメンタリティですね。
児太郎「しかも前半負けているのに、ハーフタイムに、監督に“これができてない”と言われた時、主将だったかな。“後半やります”と笑って言って。実際それを実行して、最終的には逆転して勝ってしまった。なかなかできないですよ?選手の自主性がすごいなと思って、とても印象に残っています」
――先程、自主性についてお話されていました。
児太郎「この東福岡の選手のような域に達するのは難しいです。勉強って大変ですが、厳しさが逆にありがたいんですね。例えば、玉三郎のおじさまのお稽古をしていただくとき、おじさまは、アメとムチを本当に上手くお使いになられます」
――アメとムチですか?
児太郎「ひと月ほどのお稽古期間(ご指導いただくお役の全体稽古に行く前までの自主稽古期間)があります時は、最初は良く勉強したとおっしゃってくださる時があります。しかし、少し慣れてきたタイミングでキチンと手綱を締めてくださり、そして本番間際にはまた優しいお言葉をおかけくださいます」
――すぐれた監督のようですね。
児太郎「教えてくださったことをやり続けながら、自分なりにさらに勉強したことをお稽古期間にお見せする。うまく行く時とそうでない時がありますが、おじさまとのお稽古をしていない時どれだけ反復練習などすることができるのか。自主稽古というものは本当に難しいと稽古場で感じることが多いです」
人間はミスをする。リカバリーの大切さ
――ラグビーも歌舞伎も、厳しさを乗り越えた先に自分の芝居、プレーがあるということでしょうか。児太郎さんは、玉三郎さん指導のもと、2019年には、舞台上で3種の楽器を演奏する阿古屋という大役を演じられました。
※阿古屋……女形の大役の遊女。源平合戦が終わり、お尋ね者となった恋人・景清の行方を知っているのではと詮議にかけられる。「責め道具」として3種の楽器、演奏することを命じられる。実際に舞台上で琴・三味線・胡弓を俳優が演奏する。
児太郎「自分のターニングポイントになった役柄でした。楽器の演奏が注目されがちですが、演じるうちに、正確に演奏する事はそこまで重要じゃない。それよりも、ミスがあっても崩れないで続けられるかどうかが大事だと感じました」
――ミスをすると、頭が真っ白になりがちですよね。
児太郎「そもそも人間は、ミスをする生き物ですし。楽器の演奏にとらわれすぎることなく、景清とのサワリが踊りにならないようにきちんと身体を使って表現しなさい。と玉三郎のおじさまにご指導いただきました」
※サワリ……曲の聞きどころ
クドキ……踊りの中の見せ場
――阿古屋といえば、楽器の演奏と思っておりました。
児太郎「前提として、景清を知らないという、お白洲での哀しい芝居ではあるけれど、華やかさも見せないといけない。かといって、華やかならいいというものではない、とい伝えくださいました。そして、楽器を弾いていることが前に出るのではなく、かつ、サワリをするのではなく、景清とのサワリが踊りにならないように、体で語るように、と」
――舞台上に登場しない景清との関係が、阿古屋を演じる上でとても重要なんですね。
児太郎「なにか表現しようとしなくても、ひたすらやっていればお客様に伝わるものですと、自分の経験則をお教えいただいたんです。伝えられてよかったと仰ってください、心から有難いと思いました」
――ラグビーも、一流の選手はミスしても引きずらないイメージです。
児太郎「ラグビーも、パスミス等が起きた時、どう立て直すかが重要ですから」
極限のプレッシャーを乗り越えて
――メンタルコントロールは、スポーツでも重要視されています。舞台の上に立つ俳優さんも、日々プレッシャーと戦っておられるのでは。
児太郎「2018年に阿古屋の初演をさせていただきましたときは、客席の小さな音にも反応するほど緊張していました。客席も私も極限状態だったのかもしれません。なんとか無事に幕が閉まったとき、玉三郎のおじさま(岩永役で共演)と目があった時、頷いてくださった。全身の力がドッと抜けその場に崩れてしまい……限界を超えたときに、人は1つ新たな段階に進めるんだと知りました。じゃあ限界を超えるには……もう日々の研鑽しかないんですよね」
――研鑽と聞いて、2015年の南ア戦や、2019年のラグビーワールドカップを思い出しました。
児太郎「2019年のアイルランド戦前の“自分たち以外は誰も勝つと思っていないけど、誰も自分たちがどれだけ犠牲を払ってきたか知らないから”という田村優選手の言葉が印象的でしたね」
――ときに言葉は、重要な役割を果たします。お話を伺っていると、先輩方から教えられた言葉が、児太郎さんの中に蓄積されているような気がします。
児太郎「祖父の7代目中村芝翫、伯父の18世中村勘三郎の教えは印象に残っています。そうそう、ラグビーをやると話した時に伯父からは、やってもいいけれども、そのぶん人の5倍10倍努力して芝居に取り組むようにと言われました。その言葉はずっと覚えています」
――ラグビーと歌舞伎を経験されて、一番共通していることってなんだと思われますか?
児太郎「……理不尽さ?」
――理不尽さですか?
児太郎「ラグビーやっていると、たまになんでこんな……っていう、謎のハードな練習とかあるわけです。くたくたなのに、OBが来たからまた集合がかかるとか。歌舞伎も、多分外から見たら理不尽というか……不思議に見える部分があると思うんですよ。演目によっては、俳優が出番前に顔を合わせちゃいけない、なんてこともある」
――「別にやらなくてもいいじゃないか」と思うやつですね。
児太郎「でも、それが重要なんです。その辛さとか、難しさとか限界を越えた先に新たな段階がある。教わって、積み重ねて、その繰り返しです」
新たな角度からの挑戦へ
――児太郎さんは2022年にYou Tubeチャンネルを開設されました。歌舞伎俳優なのに、タイトルがまさかの『ラグビー魂【中村児太郎】』。
児太郎「2019年から、ラグビーに関する取材を受けることも増えてきて。それこそ、リーグワンの開幕戦も観に行く予定だったんですよ」
――新国立競技場で開催予定だったものの、中止になってしまいましたね。
児太郎「せっかくだし、と始めました。ラグビーや歌舞伎の、どちらの面白さも伝えられたらなと思っています」
ーーまた、6月には中村隼人さんと「いぶき、」の公演が控えています。
児太郎「『二人椀久』はまた玉三郎のおじさまに教わります。今回は自主性というより、ガチガチの、忠実に教わるかたちですね。同い年の隼人と組むのも楽しみです。先日、レスリー・キーさんに撮影していただいたのですが、新鮮な体験でした。歌舞伎のちょっとした小ネタを話したら、興味を示してくださって。撮るのがめちゃくちゃ早くて、撮影がすごく楽しかったです」
積み重ねたことが花開く瞬間は美しい
歌舞伎には「家の芸」があり、それは連綿と受け継がれています。一方、ラグビーにもチームのカラーがあり、先輩たちが形作っていくものが継承されている。また、チームの中で自分の役割をきちんと果たし、仲間を思いやるという姿勢は、俳優も選手も同じです。
ひとつひとつを積み重ねた結果を、観客は目撃している。そんな風に思うと、より観劇・観戦が楽しみになりませんか?
貴重なお話をたくさん聞かせてくださった児太郎さん。舞台へのストイックで真摯な姿勢、そしてラグビーへの熱い愛。
センターというポジションは、常にグラウンドを走り抜けます。これからどんな風に華麗な「走り」を見せてくださるのでしょうか。