江戸時代、吉原遊郭の遊女たちは、みな華やかな衣装を身にまとっていました。その中でもトップオブ遊女・花魁の衣装は特に贅を極め、花魁道中の衣装は圧倒されるほど!
花魁に付き従う遊女見習いの禿(かむろ / かぶろ)や新造(しんぞう/主に見習い遊女をさす)たちも、それぞれ同世代の町娘と比べ華やかな装いでした。
禿とは幼い頃に妓楼入りし、先輩遊女(姉遊女)に付きながら吉原遊郭のあれこれを覚え、ゆくゆくは遊女になる少女のこと。超高級花魁付きの禿の場合、花魁道中にも付き従います。
この時に禿たちが着る衣装は花魁と同じデザインのものが多く、まるで双子コーデのよう。また、髪型や簪(かんざし)などのバリエーションも意外と豊富です。
今回は錦絵の中に描かれた禿たちの衣装や髪型などのファッションをご紹介!
禿の衣装は花魁持ち
袖口についているリボンのようなものは何?
江戸時代に描かれた錦絵には、花魁や吉原遊郭内の風景を題材にしたものが見られます。鮮やかで艶やか。贅を極めた豪華な衣装は、現代人の私たちが見てもハッと目を惹きますよね。
花魁道中の様子を描いた錦絵には、花魁と一緒に禿や新造が描かれていることがあり、派手でゴージャスな一行の様子が窺えます。これら錦絵の中に登場する禿に目を遣ると、花魁と同じデザインの衣装を着用している姿を見ることも。
実は禿の衣装代は全て花魁持ち。江戸時代後期の天明年間(1781~1789年)以降になると、艶やかな花魁の衣装にちなんだデザインを着始めます。
他の禿に劣らないよう差別化を計る意味もあったのでしょう。姉遊女の花魁は自分付きの禿を美々しく飾り立てたのです。
さてその禿の衣装ですが、三枚襲(がさね)の振袖に、ビロード(ベルベット)や繻子(しゅす)の帯を結び、襦袢は緋縮緬(ひぢりめん)。
振袖の袖は広口で、ささげ(大角豆)と呼ばれるリボンのような5色の紐をつけました。これは五色の紐が、マメ科の一年草・ささげの莢(さや)の形と似ていることが由来のようです。
足元は黒塗りの木履(ぽっくり)と呼ばれる下駄履きで、足袋を着用していました(時代によっては数枚重ねた草履のこともあり)。子どもらしく可愛らしい衣装です。
花魁道中の時、手に持っている物は何?
花魁道中の際、禿は手に何かを持つことがあり、多くの場合、それは人形と錦袋に包まれた守刀でした。けれど特に決まりはなかったようで、煙管(キセル)と煙草盆(たばこぼん)を持って花魁に付き従う禿もいました。
錦絵では小さな犬や猫、正月には大きな羽子板を持つ禿の姿が描かれていることも。花魁が可愛がっている犬や猫が逃げ出さないよう、気を遣っちゃいますよね。
ここからは、禿のファッションショーをお楽しみください。
花魁とのお揃いコーデで可愛いらしさアップ
【1】いずれが孔雀か鳳凰か。花魁と帯は違えど衣装は同じ
短冊に風鈴、そして提灯。伸びているつるはヘチマでしょうか。吉原では毎年7月になると月末まで名妓・玉菊を追悼する玉菊灯籠が飾られました。さらに、7日には七夕祭りも行われたそう。
この錦絵には扇子や団扇を手にする花魁たちが描かれています。向かって左側の花魁(左から2人目)と禿(左から4・5人目)は、孔雀がデザインされた衣装を着ています。
また右側には鳳凰が描かれた仕掛け(絢爛な打掛けのこと)をまとった花魁(右から4人目)と禿(右から1・3人目)の姿が。彼女たちも短冊に願いごとをしたためたのでしょうか。
このような2人の禿は双禿(対の禿)と呼ばれ、江戸時代前期には見られなかったようです。
【2】帯まで一緒! 桜のお花見
春3月には吉原のメインストリート・仲之町に、数千本の桜が移植されました。年季が明けるまで外の世界へ出られなかった遊女たちにとって、お花見は楽しみのひとつだったと思われます。
この錦絵に描かれているのは、そのひとコマ。向かって一番左端の禿は、番頭新造に抱えられ桜の枝に扇子を吊るしています。ちょっとお転婆ですね。
扇子に記されたのは花魁・歌姫の歌。歌姫は桜の幹に左腕を預けながら、禿の様子を見守っているようです。
揃いの衣装は扇面に桜が散りばめられていて、まさに春!
一方、向かって右側の禿の衣装は、花魁とほぼ同じデザインです。帯は異なりますが、これはこれでゴージャス!
▼吉原遊郭の桜については、こちらの記事をどうぞ
吉原遊郭は桜の名所だった!非日常を演出する“期間限定”桜並木の秘密とは?
【3】水仙vs鶴と松
玉屋の花魁・静たちは水仙柄のコーディネイト。丁子屋の花魁・雛鶴たちは鶴と松でコーディネイトされた衣装を身に着けています。それぞれ花魁と禿の帯は異なりますが、どちらも艶やかです。
青竹の垣根の向こうに咲いているのは牡丹の花。軒先には風鈴が吊るされているので、季節的には初夏なのでしょう。花魁たちの衣装はもしかしたら、それぞれの名前にちなんだデザインなのかもしれません。
【4】お揃いばかりでなくて、関連付けたデザインもあり
前述しましたが、花魁と禿がお揃いの衣装を着始めるのは、江戸時代の後期・天明以降のこと。それ以前はこの錦絵のように花魁と禿の衣装は「お揃い」ではなく、関連付けたデザインの場合も。
花魁と一夜を過ごした客に対し、「また来なんし」とお願いしているかのような禿が可愛らしいですね。
簪いろいろ、持ち物もいろいろ
【5】衣装も櫛も花魁とお揃い
禿は髷に短冊状にした金紙や銀紙の飾りや、造花の牡丹、銀メッキでできた花簪(はなかんざし)などをつけていました。
こちらの双禿の簪は銀メッキ製でしょうか。櫛は花魁と同じ鼈甲製のように見えますね。衣装もよく見れば、花魁の仕掛けの下に着ている中着と同じデザインです。花魁がかなり目をかけていた様子が窺えるかのよう。
【6】ボリューミーな木の葉の簪が可愛らしい
木の葉の簪は江戸時代後期に流行したもので、禿が描かれた多くの錦絵で見られます。このほか菊、松、梅、桜などをあしらった銀メッキ製の花簪を用いることも。
【7】花魁が可愛がっている子犬を抱っこ
桜の木の下を歩く花魁たち。双禿のうち向かって右側の禿は、胸に子犬を抱いています。
花魁は妓楼内で自分の居室と客を取る座敷を持っていたため、ペットを飼うことができたんですよ。
銀メッキ製の花簪で、可愛らしさもアップ!
【8】お正月には大きな羽子板を持って年礼へ
正月2日、遊女たちはそれぞれ所属する妓楼(見世)から贈られた小袖を着て、贔屓にしてもらっている茶屋などへ年礼の挨拶回りをします。
これは花魁道中のように、新造や禿たちを引き連れた豪華なものでした。この時、禿は大きな羽子板を手に持ちます。
上の絵では、向かって右側の道中にいる禿が大事そうに抱きかかえています。
ではもう少し古い時代に描かれた絵はどうでしょうか。
モノクロで見辛いかもしれませんが、こちらの絵では向かって左側の道中にいる禿が、大きな羽子板を持って……いや、担いでいます。これはさすがに大きすぎ!
右側は道中の休憩中でしょうか。禿と新造たちが羽根つきをしています。その様子をゆったりと眺める花魁の姿から、お正月らしさが感じられますね。
どちらの絵にも正月用の松飾りが描かれています。
髪型もいろいろ
【9】おかっぱをアレンジ
錦絵の中央に描かれた花魁の左右に並ぶのは2人の新造。そして彼女たちに付き従うよう双禿が見えます。向かって右側の禿の髪型は奴島田(やっこしまだ)でしょうか。奴島田より髷の根元をもっと高く結い上げた禿島田も人気の髪型でした。
その隣の禿は、おかっぱ頭にちょこんと結った髷が乗っています。髪を結わず垂らしただけの姿は切禿(きりかむろ)と呼びますが、彼女の髪型はそれをアレンジしたもののようです。
【10】奥にいる禿の髪型は……?
季節は春。桜の咲く時期に描かれた花魁と禿の様子です。
部屋の手前にいる禿はきちんと髷を結っていますが、奥にいる禿の髪型は……?
これは芥子(けし)禿と呼ばれ、頭髪を部分的に残した髪型です。楼主の意見が多分に含まれている髪型だと思いますが、もう1人の禿と比べた時、本人はこの髪型に納得したのでしょうか。
ひょっとしたら「花魁道中の時には頭巾をかぶっている、坊主禿よりいいや」と思っていたかも!?
【11】左右でお団子・芥子禿の一種
新造は髪を高く結い上げ、立ち姿で大きな海老を乗せた三方を持っています。その足元で片膝を立て、鯛が描かれた羽子板を持っている禿の髪型は、反り上げた頭の左右がお団子ヘアになっています。これも芥子禿(けしかむろ)の一種なんですよ。
目鼻立ちがはっきりとしているからなのか、筆者にはこの髪型が似合うように見えますが、いかがでしょうか。
禿の名前って?
花魁と禿が描かれた錦絵の多くには、「錦絵の舞台となった場所」と「花魁の名前(源氏名)」が書かれています。これは花魁を描いた錦絵がブロマイド的役割を果たしていたから、と云われています。
歌舞伎役者とともにファッションリーダーだった遊女のなかでも、花魁は特別な存在です。錦絵を見て花魁の名前を知った客の登楼を狙っていたのかもしれませんね。
その「花魁の名前」の下に小さく書かれているのは禿の名前です。禿の名前は基本的に3文字で、双禿の場合は互いにちなんだ名前が多かったそう。
【10】で紹介した錦絵を例にとると、「角海老屋」の花魁「大井」を姉遊女とする禿の名前は「みやこ」と「さくら」です。このほか「かのこ」と「志かの」、「きくし」と「きくの」、「はるの」と「さくら」などが。
しかしこの名前でずっと過ごすわけではありません。禿から遊女見習いの新造になった時に変わり、さらに新造から本格的に遊女デビューする時にまた変わります。
▼禿から花魁への道のりについて気になる方は、こちらの記事をどうぞ
花魁道中を踏める遊女はほんのひと握り。吉原版出世コースに乗るにはアレとコレが重要!
一生の間で何度も変わる自分の名前に、少女たちはどう思ったでしょう。禿時代には互いにちなんだ名前だった朋輩も、遊女デビューすればライバルになるかもしれません。
花魁になれば自分自身に付き従う禿の衣装代を出し、美々しく飾り立てるようになるでしょう。
錦絵で着飾った禿の姿を見ると、その裏に見え隠れする哀しさを覚えてしまいませんか?
参考文献:
『江戸の色里 遊女と廓の図誌』小野 武雄著 2004年5月
『図説 浮世絵に見る江戸吉原(ふくろうの本)』佐藤 要人/監修、藤原 千恵子/編集 河出書房新社 1999年5月
『江戸吉原図聚』三谷 一馬著 中公文庫 1992年3月
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