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スサノオの嫌われっぷりがスゴイ!
日本書紀におけるイザナギイザナミの神生みで、オーラス中のオーラスに生まれた神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)。
彼は日本神話、そして日本の神道史にとって、大変重要な神となる。
だが、人生のスタートは甚だ冴えないものだった。
なにせ、親神たちに嫌われた末、落魄の身となってしまうのだから。
その経緯について、日本書紀はこう記している。
この神、勇悍(いさみたけ)くして安忍(いぶり)なることあり。また常に哭き泣(い)つるを以て行(わざ)とす。故、国内の人民をして、多に以て夭折なしむ。また、青山を枯(かちやま)に変す。
(訳 この神は心が荒々しく残忍なところがあった。またいつも大声で泣きわめいてばかりいた。彼が号泣するせいで、民がたくさん死んでしまった。また、青々とした山々を枯れた山にしてしまいもした。)
人を死なせたり山を枯らしたりするってどんな泣き方なんだよ、って話ではあるが、これを台風などの大規模自然災害の比喩ではないかとする説がある。それならまあ納得だが、なんにせよ迷惑な神には違いない。
ヒルコと違い、こんな事情であれば父母がすっかり嫌気がさしてしまった気持ちもわからないでもない。子がダメならダメなりにしっかりと導くのが親の務めだろうといえばそれまでだが、親とて力の及ばぬこともある。きっと散々手を焼いた末だったのだろう。最終的にイザナギイザナミはある決断をした。
その父母(かぞいろは)の二神、素戔嗚尊に勅(ことよさ)したまわく、「汝、甚だ無道(あづきな)し。以て宇宙(あめのした)に君臨(きみ)たるべからず。まことにまさに遠く根国にいね」とのたまいて、遂に逐(やら)いき。
(訳 父母神は素戔嗚尊に命じて「お前はほんとのほんとにろくでもない神だ。だから、天にも地上にも君臨してはならない。必ず絶対遠い根の国に行ってしまえ」と言い、とうとう追放してしまった。)
なんと、追放処分を下したのである。
古事記では生まれてすぐ「海原の神」認定されたというのに、日本書紀では無役の追放者。
自業自得とはいえ、可哀想すぎる。
というか、同じ国の同じ神のエピソードなのに、なんでこんなに違うの?
実に不思議である。
根の国ってどんなとこ?
ところで、追放先の「根の国」とはどんな国だったのだろう。「天の下にはお前の居場所はねえ」って言われるぐらいだから、天上でも地上でもないはずだ。ということは、地下だろうか。そこで、辞書を引いてみるとこんな風に説明されていた。
上代の日本人が地下にあると考えた世界。死者の霊が行く所とされた。「高天原(=天上ノ世界。神々ノ世界)」「葦原の中つ国(=地上ノ世界。人間界)」に対する。黄泉の国。(小学館『全文全訳古語辞典』)
え? 根の国は黄泉の国なの? っていうことは、古事記のイザナミが死んでから行った場所? それってつまり、死者の国ってことでしょ?
なら、素戔嗚尊の根の国送りって、実は死刑宣告の暗喩だったのでは……。
なにやら突然「ほんとうは怖い日本神話」めいてきた。本来なら、ここはしっかり読み進めなければいけないところだが、素戔嗚尊関連については一旦保留としたい。
なぜなら、素戔嗚尊は日本神話きってのリア充タイプ。
本連載が取り扱う「ボッチ神」には当てはまらないからだ。
イザナギイザナミは国生み神生みを見ていくのに避けて通れない神々なので扱ったが、スサノオはダメ。あくまでボッチ優先。それが本連載の譲れない一線なのである。
だって、主目的は本邦におけるボッチの正当性/正統性を証明することなんだから。
そんなわけで、スサノオはいずれまた機会を見て。次回はツクヨミとヒルコについて、もう少し詳しく見ていくことにする。彼らはともに立派なボッチ神だ。だが、後世には結構正反対の扱いをされている。どう正反対なのかは、次回のお楽しみ。
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