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2022.10.24

歌舞伎・毛抜とは?あらすじや見どころをわかりやすく解説

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2022年11月から歌舞伎座で始まる「十三代目市川團十郎白猿襲名披露公演」では、「八代目市川新之助初舞台」の披露も行われます。

十一代目市川海老蔵(2022年11月からは十三代目市川團十郎)の長男・堀越勸玄(ほりこしかんげん)君は、すでに本名で歌舞伎に出演していますが、歌舞伎役者・八代目市川新之助として新たな一歩を踏み出すことになります。どんな役者に成長していくのか、見守っていきたいですね。
この記事では、歌舞伎座「十二月大歌舞伎」の八代目市川新之助初舞台で上演される『毛抜(けぬき)』の見どころを紹介します。

毛抜って、あのムダ毛を抜く「毛抜き」!?

通し狂言の一幕が独立して「歌舞伎十八番」に

歌舞伎『毛抜』は、「歌舞伎十八番」の一つ。
「歌舞伎十八番」とは、七代目市川團十郎(1791~1859年)が定めた「成田屋のお家芸」のこと。初代團十郎以来演じられてきた荒事主体の18の演目を、市川團十郎家(成田屋)の芸として制定しました。その中には、すでに上演が途絶え、内容がわからなくなっていた演目も含まれています。

『毛抜』は、『雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)』の三幕目に当たります。『雷神不動北山桜』は全五幕で、寛保2(1742)年1月、大坂・佐渡嶋(さどしま)座で二代目市川團十郎(1688~1758年、当時は二代目市川海老蔵を名乗っていました)によって初演されました。『雷神不動北山桜』の三幕目が『毛抜』、四幕目が『鳴神』、大詰が『不動』で、のちに歌舞伎十八番に加えられる3つの演目が含まれます。

『鳴神』はちょっとエッチな演目です。

『雷神不動北山桜』はロングランヒットとなって大成功。これにより、二代目團十郎の名声は江戸だけではなく、京・大坂でも高くなり、三都を代表する立役として認められるようになりました。

初代歌川豊国「團十郎舞台似顔繪 二代目大栢莚団十郎」 国立国会図書館デジタルコレクション

江戸時代末期以降は上演が途絶えていた『毛抜』ですが、明治42(1909)年、二代目市川左團次(1880~1940年)が岡鬼太郎(おかおにたろう)の台本で、明治座で復活上演します。以来、歌舞伎の人気演目の一つとなりました。

『毛抜』のあらすじ&見どころ紹介

歌舞伎『毛抜』は、元禄時代の歌舞伎のおおらかな雰囲気にあふれた演目です。
舞台は、小野小町の子孫にあたる小野春道(おののはるみち)の館。家宝の「ことわりやの短冊」が行方不明、小野家の姫・錦の前が原因不明の病気になるというトラブルが重なり、てんやわんやの状況です。

「ことわりやの短冊」とは、小野小町が書いた名歌

理(ことわり)や 日の本ならば照りもせめ さりとてはまた天が下とは

が書かれた短冊のことで、雨乞いの効力があるとされています。

小野家の姫の奇病

錦の前の婚約者・文屋豊秀(ぶんやのとよひで)は、姫が病気になったと知らせがあったまま話が進まないため、家来の粂寺弾正(くめでらだんじょう)を使者として小野家に遣わします。
「姫に直接お目にかかりたい」と申し出た弾正の前に姿を見せた錦の前は、薄衣をかぶっていました。家老の八剣玄蕃(やつるぎげんば)が嫌がる姫の薄衣を取ると、姫の黒髪が怪しく逆立ちます。その様子を見た弾正はびっくりし、言葉も出ません。
姫から「鳴神上人のお守りを縫い込んだ薄衣をかぶっていれば、病気は起こらない」と説明された弾正は、小野家の当主・春道に会って話をしたいと、待つことにします。

せ、静電気とかではなくて……???

踊る毛抜と小柄

弾正のところへ、小姓・秦秀太郎が煙管盆を持ってやってきます。弾正は、美少年の秀太郎を馬術の稽古に事寄せて口説こうとしますが、するりと逃げる秀太郎。自分の失態に苦笑した弾正が毛抜で髭(ひげ)を抜き始めると、不思議なことに毛抜が踊り出します。

続いて、姫の点てたお茶を持ってきた腰元・巻絹を口説こうとしますが、またしても弾正は振られてしまいます。
立て続けの失態を観ていた観客に向かって「近頃面目次第もござりません」と謝るなど、弾正は愛嬌たっぷりで、憎めないキャラです。

弾正は煙草を吸おうと煙管(きせる)を取り出しますが、銀製の煙管は微動だにしません。不思議に思った弾正は、試しに小柄(こづか/刀に付属する小刀)を出して置いて見ると、小柄は踊り出します。「ここは、化け物屋敷か?」と不審に思う弾正ですが……。

忠清(14代目長谷川勘兵衛)「歌舞伎十八番 毛抜 粂寺弾正 九世市川団十郎」 東京都立中央図書館特別文庫室
↑想像以上にピンセットだった!

毛抜が踊り出した時、後見が素早く差し金のついた小道具の毛抜と入れ替えて操作しますが、小道具の毛抜は大きく作られています。煙管と比べて試してみる小柄の小道具も大きく作られています。
歌舞伎には、感情の高まりなどを表現するため、演技の途中で一瞬ポーズをつくって静止する「見得(みえ)」という独特の演技があります。見得にはその人物をクローズアップさせる効果がありますが、巨大な小道具は「小道具版の見得」と言えるかもしれません。

閻魔大王とは友達?

そこへ、以前、腰元として小野家の館に奉公していた小磯の兄・小原万兵衛(おはらのまんべえ)と名乗る男がやって来ます。春道の嫡男・小野春風(おののはるかぜ)の子を身ごもった小磯が難産の末に死んだと言い、「妹を返せ」と無理難題を言い出します。その話を聞いていた弾正は、閻魔(えんま)大王と自分は兄弟同然の仲なので、小磯を戻して欲しいと頼んだ閻魔大王宛の手紙を持って地獄に行くよう万兵衛に命じます。
怖気づいて逃げようとする万兵衛を斬り殺す弾正。実は、この男は偽物の万兵衛でした。弾正は、本物の万兵衛から「妹が何者かに殺され、春風からの手紙と預かっていた大切な品物を奪い取られた」ことを聞いていたのです。
弾正が偽の万兵衛の懐を探ると、「ことわりやの短冊」が出てきます。

謎解きと悪者の成敗

続いて、弾正は姫の薄衣を取り去って髪飾りを抜くと、姫の髪の毛は逆立つのを止めます。姫の奇病の原因は、鉄製の髪飾りだったのです!
さらに、弾正が槍で天井を突くと、大きな磁石を持った忍びの者が落下します。驚く館の人々に、銀メッキの鉄製の髪飾りがこの磁石に吸い寄せられて髪が逆立っていたのだと明かす弾正。踊る毛抜と小柄をヒントに鉄製のものが踊ると気付き、この仕掛けを見抜いたのです。

病気ではないだろうな、と私も思ってました。

文屋豊秀と錦の前の縁談を破談にし、御家乗っ取りをたくらむ玄蕃の陰謀があると見抜いた弾正は、玄蕃を切り捨てます。
小野家の騒動も解決して一件落着。弾正は意気揚々と引き上げていくのでした。

『毛抜』のヒーロー・粂寺弾正は、こんな役

『毛抜』の主人公・粂寺弾正は、歌舞伎十八番の作品ならではの荒事の豪快さに加え、色気と愛嬌、さらに和事味も兼ね備えた「捌き役(さばきやく)」という役柄。「捌き役」は思慮分別に富み人情に厚く、事件を取りさばいて解決するという役で、歌舞伎の立役の重要な役柄の一つです。

荒事の大胆さの中にお茶目な面もある、部下にしたいキャラ?

『毛抜』の主人公・粂寺弾正は、荒事らしい大胆でたくましいキャラですが、頭が良くて頼りがいもあるので、部下として頼もしいタイプかもしれません。そして、好色でお茶目な一面もあります。そんなヒーロー・粂寺弾正のキャラも『毛抜』の魅力なのです。

毛抜や小柄が踊る様子を見て驚く場面では、刀や扇子、煙管を使って連続した5つの見得を見せます。また、姫の奇病の原因が磁石であると気付き、槍を小脇に天井を見上げる時には「ヤットコトッチャウントコナ」と掛け声を掛けて豪快な元禄見得を見せます。このように、あちこちに荒事の演出が見られますが、弾正は、荒事特有の隈取はしていません。最後の花道の場面では、弾正は引出物の刀を持ち、六方を踏む様子を少し披露した後は、落ち着いた足取りでゆっくりと引っこみます。

なんだか”堅苦しそう”という歌舞伎のイメージが変わる演目!

先祖にちなんだ衣裳

弾正の衣裳や刀には、市川家の紋「三升(みます)」があしらわれています。萌葱色の裃(かみしも)を着て出るのは、五代目團十郎(1741~1806年)の工夫を踏襲したものとされています。
明治42(1909)年に『毛抜』を復活した二代目市川左團次は、白の着物に碁盤模様の裃を付けました。

十一代目團十郎(1909~1965年)以降、市川團十郎家が粂寺弾正を演じる時は、三代目歌川豊国の描いた七代目團十郎(1791~1859年)の役者絵を参考にした衣裳で演じられます。

一陽斎豊国「歌舞伎十八番 鑷 粂寺弾正」 国立国会図書館デジタルコレクション

亀甲縞の着物に、裃(かみしも)の模様は「壽(じゅ)の字海老」と呼ばれるもの。「壽」という文字の「士」の部分を頭とひげに、左の部分を横に長く延ばして先を細くして足に、「寸」の部分は内側に引っぱってきて尾とし、背を丸めた海老の姿に見立てています。市川團十郎を襲名する前の名前「海老蔵」にちなんだデザインです。

『毛抜』と『鳴神』とのつながり

『雷神不動北山桜』の三幕目が『毛抜』、四幕目が『鳴神』であることから、『毛抜』と『鳴神』の登場人物や内容には関連があります。

『鳴神』に登場する雲絶間姫(くものたえまひめ)は、粂寺弾正の主人・文屋豊秀と恋仲です。宮廷一の美男と誉れ高い文屋豊秀には、錦の前という許婚(いいなづけ)がいるので、錦の前と雲絶間姫は恋のライバルという関係となります。
雲絶間姫は、陰陽師・安倍清行(あべのきよゆき)の弟子で、宮廷一の美女。朝廷に立腹し、竜神を滝壺に封じ込めて雨を降らせないようにした鳴神上人の術を破れば、文屋豊秀と夫婦にしてやるという命令を受けて鳴神上人の庵がある北山にやって来ますが……。

三代目歌川豊国「鳴神」 東京都立中央図書館特別文庫室

また、錦の前がかぶる薄衣に縫い込まれているのは、鳴神上人が祈祷したお守りです。
さらに、「ことわりやの短冊」は雨乞いの効力がある宝物で、鳴神上人が引き起こした干ばつのために必要になったという設定です。

歌舞伎には科学をトリックに使った作品もある!

『毛抜』は、磁石が物語の展開に大きな役割を果たします。
磁石には、鉄を引きつける性質、北の方角を指す性質、鉄を引きつける性質などがあります。江戸時代の忍びの者は、方角を常に頭に入れておく必要があったため、水に浮かべる磁石を持ち歩いていたと言われています。『毛抜』では、鉄だけを吸い寄せる磁石の力をトリックに使っているのです。

真実はいつもひとつ!

弾正の槍に刺された忍びの者が天井から落下してくる時に持っている磁石は、塊のもの、U字型のもの、羅針盤型のものがありますが、羅針盤型の磁石を使うことが多いかもしれません。

古めかしいと思われがちな歌舞伎ですが、今回ご紹介した『毛抜』のように科学をトリックに使うなど、モダンな面もあります。他にも、世間を騒がした事件を題材にしたり、当時の流行を取り入れたりすることも。つまり、歌舞伎は何でもあり。
そんな、歌舞伎のヒーロー・粂寺弾正を八代目市川新之助がどのように演じるのか、楽しみにしています。

科●研の女みたいで面白かった~!

主な参考文献

  • ・『歌舞伎江戸百景:浮世絵で読む芝居見物ことはじめ』 藤澤茜著 小学館 2022年2月
  • ・『歌舞伎の解剖図鑑:イラストで小粋に読み解く歌舞伎ことはじめ』 辻和子絵と文 エクスナレッジ 2017年7月
  • ・『歌舞伎ファッション』 金森和子文 朝日新聞社 1993年6月
  • ・『歌舞伎十八番と家の芸』(『演劇界』臨時増刊号) 演劇出版社 1997年
  • 歌舞伎演目案内『毛抜』(歌舞伎on the web)

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書いた人

秋田県大仙市出身。大学の実習をきっかけに、公共図書館に興味を持ち、図書館司書になる。元号が変わるのを機に、30年勤めた図書館を退職してフリーに。「日本のことを聞かれたら、『ニッポニカ』(=小学館の百科事典『日本大百科全書』)を調べるように。」という先輩職員の教えは、退職後も励行中。