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Culture
2023.04.01

未来の日本のために、記憶の種を子どもたちの心に蒔く作業を【彬子女王殿下が次世代に伝えたい日本文化】

この記事を書いた人
彬子女王殿下の新連載が始まります。テーマは「次世代に伝えたい日本文化」。
今回はワークショップを通じて子どもたちに日本文化を未来に伝えていく場「心游舎」が設立された経緯について執筆してくださいました。

心游舎の活動を始めてから、10年以上が経過した。「子どもたちに、本物の日本文化に触れる機会を提供したい。」そんなことを言い出した私に周りの友人たちが共感してくれ、大人のサークル活動のように、様々な日本文化のワークショップを企画するようになり、今や一般社団法人として、会員も数百人、初期の心游舎キッズたちが成人を迎えたりしていることを思うと、感慨深いものがある。

海外での経験が心游舎設立のきっかけに

私がこのような活動を始めたきっかけは、留学中の経験にある。向こうでは、政治・経済・歴史・文学…など、日本のことだったら全て「アキコに聞け」と言うことになり、本当に様々な質問をされる。日本にいたときは「それは専門外なのでわかりません」と言えたことが、海外にいると「自分の国のことなのになぜわからないのか」と言われてしまう。そこで私は自分が日本についていかに知らなかったかと言うことを思い知らされた。日本人が、日本と言う国に誇りを持って、母国についてしっかりと伝えられるようにならなければならないと強く思うようになったのである。

留学生活を終えて、京都の大学で勤務するようになってからは、多くの作家さんや職人さんとお目にかかり、お話しを伺わせて頂く機会が自然と増えていく。そこで私は、このままでは日本の伝統的文化は残っていかないという切実な思いを繰り返し聞くようになった。

文化というのは、需要と供給で成り立っているものである。でも、今その需要と供給のバランスが崩れてしまっている。掛け軸があっても、それを飾る床の間がない。お祭りをしたくても、神輿の担ぎ手がいない。素晴らしい日本文化が残っているのに、それを受け入れる層の理解が得られないために、失われつつある伝統文化が数多く存在するのである。そのギャップを埋めるには、「これは大切な文化だから守ってください」と押し付けるのではなく、日本人一人一人が「これは大切な文化だから守っていかなければ」と自然に思えるように、我々は今、日本文化の素晴らしさを一人でも多くの人たちに知っていただき、日本文化が生き続けるための環境を作る努力をしなければいけないと思うに至った。

歌川貞重,貞重『神田大明神御祭図』,古賀屋勝五郎. 国立国会図書館デジタルコレクション

「子どもだからこそ」本物の日本文化に早くから触れてほしい

文化というものは、生活の中に息づいてこそ文化と言えると私は思う。私は、和服を1ヶ月に1、2度は着る習慣があるけれど、今は和服を全く着ないとか、余程特別なお祝いなどでない限り着ない日本人がたくさんいる。親が和服を着ないから子どもも和服を着なくなるし、親が和菓子を食べないから子どもも和菓子を食べなくなっていく。文化は人々の生活と共に生き、変化し続けるものであり、その動きが止まった時点で形式化し、息をしないものになってしまう。現代社会の生活の中に取り入れ、生かしていかなければ、日本文化は次々と過去の遺物になっていく。日本の未来を担っていく子どもたちが、「ご飯とお味噌汁を飲むとほっとするね」「床の間にお花があるっていいね」「畳でごろごろするって気持ちいいね」などと思ってくれなければ、日本文化は未来に残っていかない。それを防ぐために今私たちは何ができるだろうか。その答えの一つとして生まれたのが、心游舎という団体なのである。

心游舎は、子どもたちに本物の日本文化に触れる機会を提供し、生活の中に取り入れるきっかけを提供する様々なワークショップを神社や寺で開催している。かつて日本の神社や寺は、多くの文化人が集い、様々な文化の発信拠点であった場所。今では冠婚葬祭や観光でしか行かないような非日常の場になってしまっている。その神社や寺を、子どもたちがもっと気軽に集まれる場所にするということも、心游舎の目標の一つである。

中村勘九郎くん、七之助くんに歌舞伎塾をしてもらったり、出雲大社や高野山でキッズキャンプを開催したり、日本画家の神戸智行先生に墨絵のワークショップをしてもらったり。「子どもには早すぎる」「子どもにはもったいない」ではなく、「子どもだからこそ」本物の日本文化に早くから触れてほしい。初めて飲んだお抹茶がおいしくなければ、初めて見た歌舞伎が面白くなければ、また飲みたい、また見たいとは思えなくなるから。だからこそ、本物の人たちに本物の日本文化を本気で伝えてもらっている。自分がやってみて楽しくないものは、子どもたちも絶対に楽しくない。「私が子どものころにこんなことできたら楽しかっただろうな」と思えることだけを企画している。

春汀『当世風俗通 ひなまつり』,福田初次郎,明治32. 国立国会図書館デジタルコレクション

活動の原動力は、なんといっても子どもたちの笑顔である。「楽しかった!」「次は何やるの?」「また来るね」一つ一つの言葉が本当に大きな励みになっている。楽しかった思い出は記憶に残る。今はそれが何だったのかわからなくても、5年後、10年後にその記憶の種が芽を出して、「あの子どもの頃作っていた紙の花って、こんな大切なお祭りに使う御花だったのか」とか「幼稚園の和菓子のワークショップを通じて和菓子が好きになった」などと思ってくれたらと願っている。楽しかった思い出を大切にすることが日本文化を大切にすることへとつながっていく。いつ芽が出るか、もしかしたら一生芽を出さない種かもしれないけれど、未来の日本のために、この記憶の種を子どもたちの心に蒔く作業を、心游舎の活動を通して続けて行きたいと思っている。

アイキャッチは歌川広重『隅田川水神の森真崎』