Culture
2024.06.13

初恋は真壁くん、平安との出会いは「男女逆転」少女漫画【編集部スタッフが繋ぐ、日本文化の思い出】

この記事を書いた人

5月からスタートした「和樂web編集部スタッフがリレー形式で日本文化の思い出をつづるシリーズ」。編集部のみなさんが忙しいのか、ライターにもバトンが回ってきましたよ!

第6回はSlack編集部のムードメーカー、小俣荘子さんからバトンを受け取った山見美穂子が担当します。お題は「少女漫画」。

▼第5回の小俣さんの記事はコチラ
オシャレさんじゃなくてもOK! 怠惰に快適、腰痛にも嬉しい浴衣【編集部スタッフが繋ぐ、日本文化の思い出】

初恋は真壁くん

真壁(まかべ)くんは「りぼん」で80~90年代に連載されていた少女漫画の名作『ときめきトゥナイト』に出てくる、魔界の王子様。多分、世の中に200万人はいるでしょう、初恋は真壁くんだったといういにしえの女の子が。わたしもそのひとり。
なぜ200万人かというと、当時のりぼんは月に200~250万部も売れていたらしく、読者は200万乙女とか250万乙女とか呼ばれていたのです。ロスジェネと呼ばれる我らアラフィフ、頭数だけはある。

「不吉な星の元に生まれた」と力を封印されて人間界に追放されていた真壁くん、あるときその封印が解けて、赤ちゃんに生まれ変わってしまいます。赤ちゃんになった真壁くんを抱いて、魔界の追っ手から逃げるのがヒロインの江藤蘭世(えとうらんぜ)、吸血鬼の父と、狼女の母を持つおっちょこちょいな女の子。

魔界の王子様としての力を取り戻した真壁くんは、蘭世にお世話をされながら早送りで成長していきます。真壁くんにとって蘭世は、命がけで自分を守ってくれる年上のおねえさん。まるで逆・紫の上だけど、魔力がべらぼうに強い真壁くんはあっという間に大きくなるから、ちゃんと同級生ラブ。

ドキドキハラハラの展開に、子どもの頃は毎月りぼんの発売日が待ち遠しかった!
そして大人になってから読み返してみたとき、コメディシーンのおもしろさに感服したんです。
蘭世は吸血鬼と狼女どっちの能力もない半人前だったけど、あるとき「かみついた相手に変身する」能力があるとわかります。でも、くしゃみをすると変身が解けてしまう。自分ではコントロールできないから、さあ大変!

『ときめきトゥナイト』著:池野恋(集英社)
新装版も出ています!

夢中になった平安の「男女逆転」コミック

おっと真壁くんについて語っていたら夜が明けてしまう。
前ふりが長くなってしまったけど、今年の大河ドラマは『光る君へ』で平安時代が舞台。
そういえば、平安時代との出会いも少女漫画でした。

『ざ・ちぇんじ!』は平安時代に書かれた『とりかえばや物語』をベースにした少女漫画で(原作はコバルト文庫)、活発な綺羅(きら)姫と、内気な綺羅君、名前もおんなじ顔もそっくりのきょうだいが男女入れ替わって内裏に出仕するというお話。明るく元気な男装の綺羅姫は、ぜひうちの娘の婿にと宮中でひっぱりだこ、いつの間にか右大臣家の姫君と結婚することになっちゃいます。女とばれたらどうしよう。
すったもんだのあげく(雑な説明でごめんなさい)若君に扮していた綺羅姫は帝に、姫君に扮していた綺羅君は女東宮にそれぞれ恋をして、最後は好きな人と結ばれるために、もう一度入れ替わろうとします。

はじめて読んだのは小学生のときで、平安時代についての知識はほぼゼロ。それでも、男装のヒロインの波乱万丈の恋の行方に、夢中になって読んでいたのを覚えています。
内裏とか、女御とか、出家とか、知らない単語が出てきても絵で情報を読み取って、なんとなく理解することができちゃうのが漫画のすごいところ。
情報を全部読みとらなくてもストーリーについて行くことができるし、ストーリーを追いかけているうちに、後から理解が追いついていく部分があったりして、それがまた楽しいのです。

『ざ・ちぇんじ!』著:山内直美 原作:氷室冴子(白泉社)
男装のヒロインって、あこがれません?

恋とか愛のかたちが変わっても、少女漫画は永遠

ところで『源氏物語』は平安時代の宮中で、回し読みされるくらいの人気ぶりだったとか。つまり物語というのは当時、大人のための娯楽だったんですよね。
『とりかえばや物語』も大人向けの内容で、男装の姫君が、遊び人の貴族から押し倒されちゃうというBL展開があるんです(いや本当は女の子だからBLじゃないか)。

少女向けの『ざ・ちぇんじ!』では、押し倒されてもキスまでとアレンジされているけれど、恋愛経験ゼロの綺羅姫はキスしただけで子どもができたと思い込んで、内裏から失踪してしまいます。
元々の『とりかえばや物語』では望まない妊娠をしてしまうというハードモードな展開に。

このつらい運命を省かずにヒロインに課した、ちょっと大人向けの少女漫画が『とりかえ・ばや』。こちらは2012~2017年頃の連載なので、わりと新しい作品です。
帝にかけられた呪いを男女入れ替わったきょうだいが解き明かしていくというストーリー展開も加わって、『光る君へ』でいうところの「セックスとバイオレンス」がたっぷり。

ヒロインの通称は沙羅双樹(さらそうじゅ)。あまりネタバレをしてもいけないけれど、沙羅双樹が帝と結ばれたあとで「今世では、あなたと一緒に三途の川を渡ることはできないかもしれないけれど、来世ではきっと」という意味の歌を、帝から贈られるシーンがあります。平安時代の女性は亡くなるとき、初めて結ばれた男性に背負われて三途の川を渡ると信じていたのだそう。

帝は夜を共にした沙羅双樹に過去、他の男性がいたことに気がつくけれど、それでも「何があったとしても、あなたを思う気持ちは変わらないよ」って誓うんですね。
しかも、実はこれクライマックスに向けた前振りだったんだわと、最近読み返していて気がついたんです。

お話の終盤、沙羅双樹が命を落としそうになったときに、三途の川で出会った人は……。
気になる人はぜひ、本を手に取ってみてください。
恋愛の価値観って時代とともに変わるけれど、古典を大胆にアップデートしています。
そうよ、好きな人とは来世で結ばれるんじゃなく、今、手を取りあって生きなくちゃ。

『とりかえ・ばや』著:さいとうちほ(小学館)
帝の色気がすごいのよ。

背伸びしながら読んだ少女時代も、すきま時間に飛ばし読みしがちな今も、わからないなら、わからないなりに夢中になれて。何年も経ってから、読み直してまた違うおもしろさに気がついたりする。
わたしにとっては、それが少女漫画のいいところ!
ページをめくるだけで過去にも未来にも、月にだって連れて行ってくれます。

次のテーマは「雨の日」

なんだか今年は雨の日が多い気がしませんか。次回のテーマは「雨の日」。
鎌倉時代を語らせたら推しへの愛が止まらない、樽瀬川さんにバトンを渡します。

アイキャッチ画像:一陽斎豊国『柏木 (源氏香の図)』 国立国会図書館デジタルコレクション