ガラスも削る!? 「やりたがり」精神で家紋デザインからブランディングまで
インタビュー後半では、京源の幅広いデザインの仕事を、最近の事例を交えてご紹介いただきました。波戸場父子のテンポの良い掛け合いに、いつしかこちらも感嘆と笑いのヘビーローテーションに。
13,200もの鋲を打ち込んで製作した五大家紋のパネル。2017年2月の個展「MONDAY」会場にて。
— 最近の京源さんのお仕事では、昨年11月に開業した上野のホテルにまつわるデザインのお仕事が興味深いと思いました。
承 「NOHGA HOTEL UENO」ですね。「新しいホテルの紋をつくってほしい」というご依頼で、4つ提案したところ全部採用になったんですね。以前、家紋をあしらったパネルを作ったことがあったので「4つ紋があるなら、インテリアに、こういうパネルをつくりませんか」って提案したら、それが採用されて。そこで「パネルを飾るなら、このデザインに合わせてカードキーをつくりませんか」って提案したら、それがまた採用されて。
— このカードキー、可愛らしいですね。しかもカードキーを並べていくと、永遠に紋がつながっていくんですね?
4つの紋をあしらったNOHGA HOTEL UENOのカードキー。茜色のカードはスイートルーム用。(画像提供:京源)
承 そのデザインは「つながり」をテーマにしています。最初は紋だけのお話だったのが、そんな風に、こちらからもどんどん提案して、仕事が増えていったんですよ。
— まさに次々と仕事が「つなが」っていったのですね。
耀 はい。もはや紋ではないんですけれど、ホテル内にあるサインのピクトグラムも担当させていただきました。お手洗いのマークとか、お部屋の数字とかですね。先方から相談を受けて「やります!」と(笑)。
— 『七人の侍』ではないですが、何か新しいことをしようというときに、旗印のようなものを最初に決めると、みんなの向くべき方向が見えてくるというのはあると思うんです。家紋という歴史をベースにしたシンボルが最初に決まったことで、みんなで共有すべきテーマみたいなものが明快になって、コミュニケーションが円滑になったのではないでしょうか。
耀 ほかに、ひとつのブランドに対して、さまざまな角度からデザイン面でご協力させていただいている事例としては、福井の常山酒造(とこやましゅぞう)さんのブランディングのお仕事があります。
承 いま、商品持ってきますね…… ダダダダダダダダダダ(※階段を駆け上がる音)
— え、ちょ、今、すごい速さで、お父上、駆け上がって行かれましたけど……
耀 基本、走るんです(笑)。
承 ……はい、これ。
—あ、ありがとうございます。
福井の常山酒造の日本酒「常山」。威勢良く跳ねる鯛をデザインした「荒磯」(右)は完売とのこと。(画像提供:常山酒造)
耀 これは「常山」の新商品なんですが、銀箔押しのラベルは、題字も父が書いて、グラフィック、レイアウトと全部やらせていただきました。さらに裏の商品情報を記載するラベルのデザインも。
— もう、京源さんにご相談すれば、全部やっていただけるんですね(笑)。
承 とりあえず、なんでもやります(笑)。言っていただければ。
耀 やりたがりなので(笑)。いま梱包のデザインも進めているんですよ。
懐かしい雰囲気の路地裏に提がる「誂処 京源」ののれん。店舗営業は行なっていないため、お仕事の依頼は、京源のウェブサイトから。(画像提供:京源)
— ホテルの事例同様、こちらでも次から次に仕事が(笑)。でも、クライアント側の気持ちもよくわかります。デザイナーさんと仕事をすると、情報が客観的に整理されて、取り組むべき課題が順に見えてくるように思います。
耀 クライアントさんはたくさんの情報を持っています。その中で、何を主張して、何は省略すべきか、どういうイメージを一番に伝えるべきなのか、僕たちはそれをデザインで提案します。家紋のデザインは特に、とことん削ぎ落として、対象をシンプルにしていますから、学ぶところは多いですね。
— 構成要素の円自体が、非常に簡潔ですからね。
耀 僕は、デザインってバランスだと思っているんです。8年前に稲荷町に越してきてすぐは、紋やロゴだけをつくっていたんです。ただ、そのロゴが実際に使用されたものを見て、ときどき「あれ?」っていうのがあったんですよね。
— ロゴに対して、素材やレイアウトがアンバランスだったということでしょうか?
耀 ええ。「もっとこういう風に使えば良いのに」って。それで、その先のデザインまで「やりたい」と言っていたら、徐々にトータルでデザインを任せていただける仕事が増えていきました。今やブランディングというところまで派生していくようになって。
— 紋に限定されない、広義の意味でのデザインの仕事が増えていっているわけですね。
「真澄」で知られる長野の宮坂醸造株式会社の「糀あま酒」のパッケージデザイン。花のような麹菌の形状をデザインに落とし込んだ。(画像提供:宮坂醸造)
耀 自分たちだけで完結できないという点が、デザインの仕事の難しさでもありますが。クライアントの意向だったり、法律で定められていることだったり、技術的な問題だったり、いろんな制約がある中で、どう入れ込んでいけるかっていう。
承 それが面白いんだよ。江戸時代だって、いろんな制約の中でデザインが生まれてきてるから。それと一緒。でもやっぱり、自分たちでなんでもやりたくなっちゃう(笑)。以前、グラスの底に家紋を入れるサービスをやっていたんです。自分で削って。
— ガラスを、ご自身で削られていたのですか!?
耀 ここで、サンドブラストで(笑)。今は、お願いできる加工場が見つかったので、そちらにお願いしてますけど。
承 それで、あるとき底面に満月の図柄を入れてみたんですよ。そしたらさらに地球も欲しくなって。底面に南極、側面にのこりの大陸を配して、グラスの中に飲料を入れて氷を浮かべたら北極ができて地球が完成、というデザインにしたんです。
— なるほど! 確かに、自分たちの手で試行錯誤しているからこそ、次の新しいアイデアに結びつくというのはありますよね。家紋以外でも、こんな風に柔軟にデザインされるのですね。
2017年に東京・銀座のGINZA SIXで発表した薄吹グラスの「地球 -MIKAN-」と「家月 -KAMOON-」。(画像提供:京源)
耀 この商品のストーリーを気に入ってくださった百貨店の方がいて、今とあるコンペに出してるんです。コンペに通れば、月と地球で合わせて4000個ご発注いただけるらしくて。
— 4000個、ここでお二人で削ったら大変でしたでしょうから、加工場が見つかって良かったです。
承 本当は自分でやりたいんだけどね(笑)。
— ガラスの粉で、工房が北極並みの銀世界になりそうです(笑)。
耀 自分でやりたいっていうのは、僕たちのクオリティへのこだわりなんです。デザインだけでなく、モノとしての仕上がりも大切にしたいんですよね。だからやっぱり加工もきちんとしたところにお願いしたいし、それで満足できなかったら最終的には自分たちでやるしかない。もう癖というか、やりたい病が出ちゃうんです。基本、納得しない二人なんで(笑)。
— 本当になんでもやられるんですね!
承 なんでもやりますよ! だって、面白いじゃないですか。
遊び心とこだわりをもって、なんでも自分でつくってしまう波戸場さん。その発想の柔軟さには、ただただ驚くばかり。
— もう本当に、泉のようにコンコンと意欲とアイデアが湧いてくるんですね。今日はお忙しい中、本当にありがとうございました。