Culture
2019.05.11

美術館が子供の自己肯定感を育むってホント? 美術専門家に聞いてみた!

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上野恩賜公園内の9つのミュージアムが連携した、子供のミュージアムデビュー応援プロジェクト「Museum Start あいうえの(以下、「あいうえの」)」。前回は「あいうえの」のプログラムのひとつ「あいうえの日和」に参加した体験レポートをお届けしました。(体験レポートはこちら

今回は、その運営チームのプロジェクトマネージャーであり東京藝術大学 美術学部特任准教授の伊藤達矢さんに「ズバリ、子供が美術館や博物館に行くメリットとは何か? 」「ミュージアムでの鑑賞体験を充実させる最大のコツとは? 」など「子供とミュージアム」についての話をおうかがいします。

学びや驚きが非常に多いものとなったインタビューは、子供と一緒に美術鑑賞することだけにとどまらず、教育についてのヒントも「子供とミュージアムに行こう! 」と後押ししてくれる内容が満載です。

プロジェクトマネージャ伊藤氏に聞く。今ミュージアムに求められていることとは?


お話をおうかがいした東京藝術大学美術学部特任准教授 伊藤達矢氏

――「Museum Start あいうえの」のプログラムに参加させていただきました。小学校の低学年~中学年くらいが多いように感じましたが、プログラム参加者の年齢層に特徴はありますか?

「あいうえの」は基本的には小学校1年生から高校3年生までのプログラムになります。子供とのミュージアムデビューをサポートする「あいうえの日和」は、“デビュー”ということもあって、小学1、2、3年生が多いですね。他にもいろいろなプログラムがあり、中学年~高学年を対象とするものもあります。

――上野のようにひとつのエリアに9つのミュージアムが集まる場所は世界的に見てもめずらしいとか?


9つのミュージアムがある上野恩賜公園、画像提供:Museum Start あいうえの

美術館などが集まっているところはありますが、動物園、図書館、音楽ホール、大学までひとつの地域に集中しているところは、今のところ世界中を見ても上野のほかに確認できていないですね。歩き周ることができる範囲にこれだけの文化施設があるのは相当めずらしいので、この環境の利点を使いこなしていけば、すごく充実したミュージアム体験ができると思っています。

――さまざまな場所でアートを使ったワークショップやイベントなど子供たちが芸術に触れる機会はたくさんありますが、今、ミュージアムだからこそできる体験とは何だと思いますか。

例えば、今の子供たちの親世代の教育が「答えがあり、そこにたどり着くための教育」だったとすると、今の子供たちには「納得解を見つける力を付ける教育」が必要だと思うんです。

「納得解を見つける力」とは、インターネットの普及やグローバルな価値観、多様な宗教観や文化などを背景に「正解がない課題」や「答えがいっぱいある状況」でお互いの違いを認め、みんなが納得できる解決策を見つける力を意味しています。
子供たちが納得解を見つけられるようになるためには「ひとつの物事にはいろんな見方がある」ということや「自分の当たり前は、みんなの当たり前ではない」という多様性を知り、差異が生まれても否定をするのではなくその違いを理解し対話していくことが重要になると思います。

そして、そういった体験をできる場所こそが、まさに美術館や博物館などのミュージアムなんです。

なぜならミュージアムは正解や不正解を確かめる場ではなく、例えば、大勢の人の見方や感じ方と違った意見を持つ人がいたとしても、それを認めることが重要となる場だからです。

また、自分の見たことや感じたことをいったん誰かに差し出してみて、それを共有しあえる場でもあります。つまりミュージアムでの体験は、立場や年齢、人種などの垣根なく、誰もを対等にすることができるのです。

――国籍や性別いろんなものを越えて、いろんな考えや文化がたくさんあるんだよということがミュージアムで体験できるということですね。

そうですね。子供たちはこれからたくさんの人に会って、コミュニケーションをとればとるほど価値観はどんどん更新されていくでしょう。多様な人々とコミュニケーションをとる中で、違った環境や価値観を肯定したり受け入れたりしていく力が、きちんとその子に備わっているかどうかは、これからの社会の中で生きていくためのすごく重要な力になっていくのではないかと思います。

ズバリ、子供たちにとって美術館へ行くメリットとは?


画像提供:Museum Start あいうえの

――子供たちにとって、美術館や博物館に行くメリットとは、ズバリ何だと思われますか?

極端に言うと、身体は食べたり飲んだりしたもので作られますよね。それと同じだと思うんです。

考え方や心も、見たり聞いたりしたことで作られる。どんなものを見るか、何を聞くか、どんなコミュニケーションをするか。

バランスよく食べたほうが良いのと同じように、音楽を聴いたり、色んな環境の人と会ったり偏らないで色んなことを見たり聞いたりする。その中の重要な栄養のひとつとして、芸術も捉えるんです。

色んな人たちが考えて、形にして、残したものは、そこに意味があります。誰かに何かを伝えたいという気持ちがそこに残っている。そういった部分に触れて、できれば大人と一緒に「それってどういう意味があるんだろうね。」と感じて話し合うこと。そして、大人が「なるほどそういう風に見えるんだね。」と、子供と一緒に見たものや感じたことを共有し肯定すること。そのようなコミュニケーションの中で、子供の自尊心は育まれていきます。だからこそ、親子のフラットなコミュニケーションの場としてミュージアムはおすすめなのです。

赤ちゃんの時に行く美術館と、小学生で行く美術館と、そして大人になってひとりで行く美術館は、たとえそこにかかっている絵が同じでも、その時々によって与えてくれる体験は違います。子供の時に親や家族と一緒に美術館に行くということは、コミュニケーションの足腰を作るための何よりも大切な栄養になるのではないでしょうか。


画像提供:Museum Start あいうえの

――その話をお聞きしているだけでも、親子でミュージアムには訪れた方が良いと思えてきます。

食べ物と一緒で、無理に食べなさい! と言われると子供は察して拒否したくなりますけどね(笑)。

――親がうまく誘導してあげられれば良いのですが。

そうですね、上手に「伴走」してあげられると良いですね。つまりそれは親も子供と一緒に楽しむということが大切なんです。

「Museum Start /ミュージアム スタート」になったわけ


画像提供:Museum Start あいうえの

――私のようにうまく子供の興味を拡げてあげられるか心配な親には、ミュージアムデビューのきっかけをくれる「あいうえの」はまさにピッタリだと思いました。

ミュージアムをどうやって子供と一緒に楽しんだら良いのか、よく分からないという人は案外多いと思います。「この日、あいうえののリピータープログラムがあるから美術館に行ってみよう! 」と誘ってみたり、プログラムに参加して「この見方だったら家族でもできるな。」という“ヒント”を持って帰ってもらえれば、親子でのミュージアム体験がより楽しくなると思います。

実は「あいうえの」の前にある「Museum Start」という言葉には、あいうえのでデビューして、その先は親子でミュージアムをどんどん楽しんで欲しいという願いが込められています。

「Museum Start あいうえの」に参加すると配られる、ミュージアム巡りを楽しくしてくれるミュージアム・スタート・パック

「Museum Start/ミュージアム スタート」というのは「ブックスタート」からヒントを得ています。ブックスタートというのは、乳幼児検診のときなどに「絵本」と、絵本を開く楽しい「体験」をプレゼントする活動です。

ブックスタートのウェブサイトには、“books with your baby! ”とあります。赤ちゃんと絵本を読む“read books”ではなく、共にするという意味の“share books”なんです。このブックスタートの活動のように、すべての子供たちにミュージアムでの体験を届けたいという思いから「Museum Start」という言葉が付けられました。

鑑賞体験の充実は、準備段階で7割が決まる


画像提供:Museum Start あいうえの

――実際、ミュージアムに行くときには親の役割みたいなものがあると思うんですが、子供と一緒にまわるときの注意点や声かけのコツなどはありますか?

まず「最初から最後まで、全部を同じペースで見ない」ということでしょうか。

大人は、入口から出口までひとつひとつ作品を見る人が多いように思います。でも子供は、全部見ると疲れてしまいます。必ずしも全部に興味があるわけではないからです。

これは家族で訪れるときにも使えると思うのですが、「あいうえの」の学校向けプログラムで子供たちが美術館に来るときは、まずは最初から最後の部屋まで一気に歩いてしまいます。これは、作品の数がどのくらいあるのか、展示室の広さはどれくらいかなどを子供と一緒に確認するためです。同時に、歩きながら「あ、見たいのがあった! 」「あれ、なんだか気になったな。」と、チェックをしておきます。

そして、そのあと子供が一番気になった作品に戻るんです。「自分が見たかった絵、出会いたかったもの、気になった作品」を選んで、じっくり見てみるというのがポイントです。

――なるほど、確かに終わりが見えないと不安というか、これいつまで続くの? と大人でも感じるときがあります。

実は、全部を見なくても1作品か2作品を楽しんでくれれば、もうそれで充分なんです。子供たちの心にもそれで充分に残るはずです。

そして、もうひとつ重要なのが美術館に来るまでに親子で過ごす時間です。「今度の日曜日、◯◯美術館にこんな作品を見に行くよ! 」ということを子供と話す時間で、当日の充実度の7割くらいは決まります。

――え! 真っ白な状態で見せてあげた方が良いのかと思っていました。初めて作品に出会ったときの感動を大切にする、というような。

そうではないんです。事前準備こそが大事なんですね。旅行と同じで、行き先を一緒に話し合って決め、見たいものをじっくりと調べる時間が、当日を豊かなものにしてくれます。

当日をさらに充実させるコツを伝授!


上野公園の地図や各ミュージアムの見どころ満載の「ビビハドトカダブック」

例えば「あいうえの」プログラムで配布している“ビビハドトカダブック”というのがあります。美術館についての見どころや上野の地図が掲載されているのですが、そういったものをあらかじめ親子でじっくり見て当日を迎えるのは良いと思います。

ほかにも、見に行く展覧会や展示作品について、ウェブサイトで検索するとたくさんの情報が出てきます。そういったものを一緒に見て「この作品は江戸時代に描かれたものみたいよ。」というような話をすることで、例えば歴史好きな小学生男子の興味をひくことができますよね。低学年なら「この展覧会では、妖怪みたいなのが描かれてるそうよ。」と、作品にまつわることを導入にして興味を拡げて行く。

子供たちがそういう会話にドキドキワクワクして当日を待ってくれていればいるほど、ミュージアムを訪れる当日の体験がすごく充実します。美術館に行くのを楽しみにしているかどうかで全然違うんですよ。

そして当日は、ミュージアムの中に入ったら、先ほどお話したように展示室の広さを確認するように歩き、一番気になったものやウェブサイトなどで見つけたお気に入りの作品を探して、そこから見始めます。

――いきなりですか?

いきなりです。展示室の入口から親の後ろを自分の意図しないペースで歩き続けて、絵を「次~、はい次~」と見るのでは、さすがに子供たちは疲れます。目的の絵をめがけて、まずはそこに行ってみるので良いんです。

あるいは、例えば高学年くらいだと、お気に入りを親子で一点ずつ探して紹介し合おうという見方も面白いですね。低学年だと好きな絵があったら教えてね! と言って、絵を教えてもらったら「どうしてこれが気になったの? 」と聞いてみる。

いずれも子供たちが「美術館に連れてこられた感」のないようにするというのは、大事なポイントのひとつですね。

鑑賞ツールを活用して、作品をじっくり味わう


画像提供:Museum Start あいうえの

――例えば、東京都美術館で言うと入り口で貸し出される「とびらボード」という鑑賞ツールがあります。消したり描いたりが自由にできる磁気式のお絵かきボードですが、そういった鑑賞ツールがあるだけでも子供たちの食いつきが違うと感じました。

とびらボードは長い子だと30分くらいかけて描いているんですよ。大人がひとつの作品をどれだけじっくり見ていても30分かけて見るということはあまりないのですが、子供はそういったツールがあるだけで、長い時間でも作品と向き合えるんです。

――そういうとき、親は見守る方が良いのでしょうか?

子供のペースで子供の関心に寄り添うのは、やはり大事ですね。見たもの以上のことは描けないので、描いてあること全てが子供の言葉でもあります。ぜひ描きあがるまで、つまり子供が作品と対話し終えるまで、じっくりと見守ってあげてください。

親は大変ですけどね(笑)。


「あいうえの」で配布される「冒険ノート」

――「あいうえの」プログラムでは、自由に感想や模写を描くことができる「冒険ノート」をいただきました。上野を飛び出して、ほかの美術館や博物館に行くときにもノートがあれば作品への向き合い方が違いそうですね。

展示室の中では、描くのが好きな子はノートでも良いですし、話すのが好きな子ならマナーに気を付けつつ絵の前でぜひ親子で会話してもらえたらと思います。

また、自宅に帰ってからその日感じたことをメモしたり、チケットを貼っておくだけでも、時間が経って見返したときにその子にとって大事な一日になって残って行くと思いますよ。

 

――「あいうえの」では冒険ノートをWebサイトで見せ合える仕組みになっています。今までたくさんノートをご覧になっておススメの書き方などはありますか?

展覧会のチラシなどを切ったり貼ったりなどして楽しんでくれればと思いますが、みんな本当に個性的で、おすすめの書き方というよりは、その子ごとの使い方が一番良いと思います。

どの子供もよく作品を見ていて、ただただ本当にスゴイな! と思います。 ノートを見ていると、その絵を見たことやノートを描いているときは楽しかったんだろうなあというのがとても伝わってきて、きっとこの日は良い思い出として残っているんだろうなと感じます。

――それだけでも来たかいがあった! と親は嬉しくなりますね。

デビューのその後、ポイントは親の伴走


画像提供:Museum Start あいうえの

――最後になりますが「あいうえの」のWebサイトの中に過去の参加者の“その後”を紹介しているページがありました。ミュージアム巡りを続けていくために大切なことやコツなどはありますか?

やはり、カギとなるのは親の伴走ですね。子供たちの動機だけでミュージアムに来ることはなかなかできません。

だとすると、その日一日が子供たちにとってはもちろん、親にとっても充実した一日になり“教える側、教わる側”という関係ではなくて、“大人も一緒に学び合う”ことができると、ミュージアムへのお出かけも続けていけるようになるのではないでしょうか。

毎回たくさんの応募があるという「Museum Start あいうえの」。2019年度にはプログラムが新しくなるそう。さらにたくさんの子供たちにミュージアム体験の楽しさを伝えていって欲しいと思います。大変貴重なお話しをありがとうございました。

【伊藤達矢】

東京藝術大学美術学部特任准教授。1975年生まれ。東京藝術大学大学院芸術学美術教育後期博士課程修了(博士号取得)。上野公園内に集積する9つの文化施設を連携させたラーニングデザインプロジェクト「Museum Start あいうえの」及び「とびらプロジェクト」では、プロジェクトマネージャを務める。また、全国の文化施設等で市民参加や教育に関する多様な文化プログラムのアドバイザとして活動している。共著に『美術館と大学と市民がつくる ソーシャルデザインプロジェクト』(青幻舎)。

【Museum Start あいうえの概要】

公式サイト

Museum Start あいうえの運営チーム(東京都美術館×東京藝術大学)

主催:東京都、東京都美術館、アーツカウンシル東京、東京藝術大学

共催:上野の森美術館、恩賜上野動物園、国立科学博物館、国立国会図書館国際子ども図書館、国立西洋美術館、東京国立博物館、東京文化会館(五十音順)

 

写真/木村一実

 

書いた人

関西と中部の両文化が入り乱れる伊賀地方の出身。1年間の放浪生活を送ったオーストラリアで良き日本を再認識。広く浅い知識を頼りに活動中。子のためなら鬼にでもなると2人の男児を溺愛するも、その子どもから鬼と呼ばれている。好きなものは道具、模様、コーヒー、プリン、深夜ラジオ。