秋が深まるこの時期は、手帳選びのシーズンでもあります。
パソコンやスマートフォンの普及で、スケジュールをデジタル管理する人も増えていますが、紙の手帳の人気は衰え知らず。文具店や書店では、専門のコーナーを設けて様々な種類の手帳を提案・紹介しています。
ビジネス系の雑誌には、手帳の選び方・使いこなし術の特集が組まれるだけではなく、手帳の活用術の本も人気です。
この記事では、日本における手帳の歴史を探っていきます。
世界初の手帳は、イギリスで誕生
世界で初めて手帳を製造し販売したのは、イギリスのレッツ社(Charles Letts & Co Limited)で、1812年のことです。
1796年、レッツ社の創業者であるジョン・レッツ(John Letts)は、イギリス・ロンドンで文具商を始めました。店の顧客であった商人たちから
「日々の商品在庫や帳簿の記録を書き留められるようなものはないか」
という声が多く聞かれたことから、手帳(ダイアリー)を作りました。
この手帳は、カレンダーに日記の要素をプラスしたものでした。具体的には、左ページに月、火、水曜日、右ページには木、金、土曜日と1ページを三等分に分け、曜日が縦に流れるレイアウト。休日である日曜日の記入欄はありませんでした。巻末のインフォメーションページには、ロンドンの船の運航スケジュール、波の状態を表す潮汐表(ちょうせきひょう)などもありました。
これは、「見開き1週間で週6日」の祖であり、現在の手帳のフォーマットの原型となりました。
1820年代には、サイズやフォーマット違いがリリースされるようになりました。
レッツ社の手帳は、ロンドンの経済発展とともに多くの人達に使われるようになり、現在でもイギリスにおけるレッツ社の手帳のシェアは40%に上ると言われています。
日本の手帳のはじまり
日本の手帳の最初のものは、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の時代に役人が農地の検地に携行した「野帳(のちょう)」と言われています。
江戸時代、検地を実施する際、田畑一筆ごとの地目、地位、面積、石高、所有者の別を詳細に記録するために、地方(じかた)役人が携行した、半紙四つ折り30枚1冊の手控えを手帳と呼びました。また、俳諧師や戯作者などがいつも手もとに置いて、心覚えのためにいろいろな事柄を書き込む帳面も手帳と呼びました。
日本の近代化ともに、手帳が普及
現在の形に近い手帳が登場するのは、明治時代になってからです。
そもそも「手帳」という言葉は、「ポケットに入る小型の本」を意味します。
初めて手帳を使った日本人は福沢諭吉!
文久2(1862)年、欧州使節団の一行に加わった福沢諭吉(ふくざわゆきち)がパリで購入して持ち帰った『西航手帳』が、日本に手帳がもたらされたルーツだと言われています。
『西航手帳』あるいは『西航記』とも呼ばれるこの手帳は、フランス・パリのポルタン文具店で購入したもので、縦17㎝、横7㎝くらいの大きさの黒革表紙。中は無地で、見返しと三方の小口がマーブル模様。
福沢諭吉は、この手帳にヨーロッパ旅行中の見聞を克明に書きとめました。その内容は、『西洋事情 初編』として出版したほか、慶應義塾の創業へと結実したのです。
最初の手帳は、「警察手帳」
日本における手帳の歴史は、明治元(1868)年、政府の印刷局が、末尾に関連法規や心得などを付した警察官や軍人用の手帳を製造したことから始まります。
「警察手帳」は、身分証明書を兼ねるものとして、全国の警察官が所持しています。
現在も続く「懐中日記」
初めて本格的に作られた手帳は、明治12(1879)年に大蔵省印刷局が発行した「懐中日記」です。フランスの日記を参考に作られた「懐中日記」は約200ページ。記入面は1ページにつき2日分で、現在の手帳にかなり近いものとなっています。
大正6(1917)年になると、「懐中日記」の小型版が販売されます。これを背広のポケットに入れて持ち歩くことが、当時のサラリーマンたちの、ちょっとしたステータスとなりました。
「懐中日記」は、現在も博文館新社から発売されています。
手帳はもらうもの:年玉手帳
明治13(1880)年には、民間初の手帳が登場。当時の住友銀行が、横浜の馬車道にあった文具店・文寿堂(ぶんじゅどう)に依頼して作製した社名入りのもので、のちに文寿堂は「日本洋手帳開祖」を名乗り、広く受注生産を開始します。
企業が年末年始に配る「としだま」としての手帳である「年玉(ねんぎょく)手帳」には、社名が刻印され、社是・社訓のほか、年齢早見表や度量衡(どりょうこう)一覧などの情報が掲載されており、企業への帰属意識を高める役割も果たしていました。
やがて、「年玉手帳」は、自社の社員のみならず、取引先や顧客にも贈答用として配られるようになります。この慣習は、バブル崩壊に伴う経費節減の憂き目にあうまで続きました。
そして、「手帳は “買うもの”ではなく、“もらうもの”」という認識を多くの日本人に植え付けたのです。
ビジネス手帳の普及は戦後になってから
日本で初めて本格的なビジネス手帳が作られたのは、戦後になってから。
昭和24(1949)年、日本能率協会の理事(当時)であった大野巌(おおのいわお)が、「時間目盛り」が付いた手帳を誕生させました。タイムマネジメントが行える日本の最初の手帳が、「能率手帳」なのです。
初年度に3,000冊を法人会員に配布したのが評判となり、昭和28(1958)年からは市販されるようになりました。
「能率手帳」を原型として、ビジネス手帳が普及していったのです。
平成25(2013)年5月22日、日本能率協会マネジメントセンター(JMAM)は、「能率手帳」の名称を「NOLTY(ノルティー)」に変更すると発表しました。
現在も、様々な種類の「NOLTY」ブランドの手帳が販売されています。
システム手帳の大流行
バブル経済真っ盛りの昭和59(1984)年、日本の手帳市場に「黒船」が襲来。それは、イギリス・ファイロファックス社製システム手帳の日本発売です。
ファイロファックス(Filofax)は、大正12(1921)年にイギリス・ロンドンで設立されたシステム手帳のパイオニアブランド。映画監督のスティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)、俳優のウッディ・アレン(Woody Allen)、デザイナーのポール・スミス(Paul Smith)など、多くの著名人がファイロファックスの手帳を愛用しているそうです。
その特徴は、縦170㎜、横95㎜の「バイブルサイズ」とリフィルを自由に抜き差しできる6穴リング。これらは、事実上、システム手帳の標準規格となっています。
なお、「バイブルサイズ」は日本での呼び名で、日本以外では「パーソナルサイズ」と呼ばれています。
このほか、「スモール(ミニ6穴)サイズ(縦120㎜、横81㎜)」「A5サイズ」「A4サイズ」の4種類があります。
リフィルは、定番のスケジュールやノートのほか、方眼紙、アドレス帳、To Doリスト、ジッパー付きクリアポケット、カードホルダーなど、多種多様なものが用意されており、自由に組み合わせて自分だけの手帳を作ることができます。
機能性とファッション性で、またたく間にブームとなったシステム手帳は、当時、「デキるビジネスパーソン」の必須アイテムでもあったのです。
システム手帳の大流行は、「もらうもの」だった手帳が「買うもの」になった一大転機とも言えるでしょう。
あの手帳は、いつから?
1990年代に入ると、システム手帳ブームは一段落しましたが、学生からビジネスマンまで、それぞれが好みの手帳を買って使うというスタイルが根付きました。
一方で、パソコンが世の中に定着し始めたのもこの時期です。
電子手帳やPDA(Personal Digital Assistant:情報携帯端末)が産声を上げ、ビジネスマンやガジェット好きな人々の支持を得ましたが、一般にはまだ敷居の高いものでした。
平成19(2007)年にiPhone、平成22(2010)年にipadをアメリカ・アップル社が発売。これにより、スマートフォンやタブレット端末を使ってスケジュール管理をする人が増えたと言われています。
そんな中、使い勝手に工夫をこらした紙の手帳も数多く登場しています。
ほぼ日手帳
コピーライターの糸井重里(いといしげさと)さんが主宰するサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」発のオリジナル手帳「ほぼ日手帳」は、平成14(2002)年に発売されました。
1日1ページのスペースという自由度の高さ、180度開く丈夫で使いやすい製本のほか、ユーザーの声を取り入れた使いやすい仕様が満載です。現在では、世界中に78万人ものユーザーがいるとか。様々な素材やデザインのものが毎年、約80種類ほど登場するだけではなく、アーティストやブランドとのコラボレーションアイテムも話題になっています。
ジブン手帳
横に1週間の日付、縦に時間の目盛りをとった手帳が「バーチカル」と呼ばれる手帳です。
バーチカル手帳の中でも注目度が高いのが「ジブン手帳」。
「ジブン手帳」は、広告代理店のクリエーター・佐久間英彰(さくまひであき)さんが手がけたもので、「一生使える」手帳がコンセプトになっています。1年分の「DAIARY」、一生ものの記録を残す「LIFE」、グリッド罫の入ったメモ帳「IDEA」の3冊セットになっているのがポイント。また、縦軸が24時間になっており、深夜から早朝をフォローしているのも特徴です。
進化する手帳の魅力は、色あせない
スケジュールの管理だけではなく、ビジネスツールや自己実現のツール、人生のパートナーとして活躍する手帳。
手帳の魅力は、予定をぱっと一覧できること、大事なことを手書きで書き残すことができるということではないでしょうか。デジタルツールがどれほど普及しても、年々進化をしている手帳の魅力は色あせません。
主な参考文献
- 『世界大百科事典』 改訂新版 平凡社 2007年9月 「手帳」の項
- 『日本大百科全書』 小学館 1985年 「手帳」の項
- 『文房具の解剖図鑑』 ヨシムラマリ,トヨオカアキヒコ著 エクスナレッジ 2018年6月
- 『ときめく文具図鑑』 山崎真由子文、今野光写真 山と渓谷社 2017年2月
- 『文具の流儀 ロングセラーとなりえた哲学』 土橋正著 東京書籍 2011年8月