Culture
2019.11.13

「皇室がまもり伝えた美 正倉院の世界」展に感化され、蘭奢待の香りを追いかけて銀座香箱へ!

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若手歌舞伎俳優・尾上右近(ケンケン)が行く!

東京国立博物館で開催中の「皇室がまもり伝えた美 正倉院の世界」展で見た正倉院宝物『黄塾香(蘭奢待)おうじゅくこう(らんじゃたい)』。普段からお香が大好きなケンケンは、蘭奢待の香りを追い求めて、日本香堂にやってきました!

足利義政や織田信長など時の権力者たちが熱望した香木、蘭奢待。基原植物はジンチョウゲ科ジンコウ属の樹木。長さ156㎝の香木の沈香で、樹脂や精油が沈着しています。黄塾香の外面は黒褐色、内面は黄褐色、内部はほとんど空洞にもかかわらず、11.6kgもあります。

もともとは仏教儀礼で仏前を清める目的で東大寺に伝わりますが、その後、正倉院の宝庫に納められた経緯などは明らかではありません。そういう意味ではとてもミステリアス。有名な「蘭奢待」という別称は「東」「大」「寺」の三文字を組み込んだ雅名で、室町時代に名付けられています。さて、どんな香りなのでしょう。

◆「皇室がまもり伝えた美 正倉院の世界」展を詳しく知りたい方はこちら!
歌舞伎俳優・尾上右近さん、東博の「正倉院の世界−皇室がまもり伝えた美−」を行く!

天下人が切望した蘭奢待って、どんな香りなの?

東博の「皇室がまもり伝えた美 正倉院の世界」展で展示中の正倉院宝物『黄塾香(蘭奢待)』

右:歌舞伎の中でも、『加賀見山旧錦絵』のお家騒動のアイテムとして「蘭奢待」が出てきたり、『仮名手本忠臣蔵』の<大序>では新田義貞の兜にたきしめた香りとして蘭奢待の名が登場します。どうしてここまで高貴な香りとして扱われるようになったんでしょう? お香のそもそもの起源というのはどういったものなんですか?

日:もともとはインド発祥で、日本に伝来したのは仏教と共に538年。仏教の文物の一つとして、香りが一緒に来ました。インドは世界の香料倉庫と言われるほど東南アジアの香料が集積していて、仏教が発祥のときにはそういう環境が整っていました。当時は、僧侶たちが同居生活をするなかでお互いの体臭を気にしたり、仏様に身を挺するときにお清めの証(あかし)として香を焚いて仏様と対峙をするという儀式のために、日本に伝わりました。仏教の儀式にはなくてはならない香りとして、香文化が根付きました。

実はシルクロードを伝って流れ着いた香木や香料は、ゴビ砂漠もそうですが、かなり灼熱地帯、乾燥地帯というのもありまして、そこでは香りというのはほとんど飛んでしまうわけです。暑いときはレモンとか軽い香り、トップノートが飛びやすいんですね。しかし、日本のように、温暖で湿った気候は実は香木の香りを空気中に漂わせるのに格好の場所だったのです。極東の地に流れ着いた香木は、自分の持っている魅力を最大限に発揮する境遇を得たというのも、日本に香文化が成り立ったひとつの背景じゃないかなと思います。

さらに、全部インポートもので、権勢者でなければ持てないわけです。遣唐船も廃止され、インポートが入ってこない中、いかにそれを抱え込んでいるかということが財の証となります。香料を持っていること自体が雅で高貴な人の証というふうになってきたのです。平安時代は暗がりで、香りが自分の雅な身元を保証する証となり、自分が持っている香料を練り合わせて独自の香りをつくり、雅な遊びの香りという文化が平安時代に花開いたのです。

香りに聞く——都びとが言いそうなことだなあ

「銀座香箱」のある日本香道の本社ビル4階にある和室にて。

右:そもそも「お香を聞く」という表現が前から気になっていたんですが、これは何故ですか?

日:香炉で香りをたたせると耳を傾けるような仕草をするとか、いろんな説があります。一つは、沈香は日本では産出しないので、東南アジアから日本に流れ着きます。かつては産地が香りの特徴を表すのではないかと思われていて、木所(きどころ)と言って、香木の産地をどこから来たの?というふうに当てるのがいわゆる香道の組香(くみこう)というゲームですが、そういう木所をたずねるという意味合いがあるんじゃないかというふうに言われています。が、聞香(もんこう)という熟語は古くから中国にあるので、もしかするとそれ以前に中国での解釈かもしれません。今は、日本が香道の発祥地になるほど飛び抜けた文化地になっているので、香道は日本独自の文化と言って差し支えないかと思います。

右:「香りに聞く」という発想自体が、いかにも都びとが言いそうなことだなという印象がありますね。

もともと水に沈むから沈香というんです

今回は略式だが、基本は志野流。香道には志野流と御家流の二通りの流派があり、御家流は公家系、志野流は武家系。志野流は全部沈香だが、御家流は1つも当たらずに恥をかかせてはいけないと白檀をまぜる。

日:香木、沈香というのは、これ自体が木になっているわけじゃなくて、ある種類の木が、環境下において樹脂が固まり、その樹脂の部分がいわゆる香りのする香木になるんです。生木の部分は水っぽくてぶよぶよとして何の香りもしない木なんです。が、そこに雷が落ちて傷ついたり、鳥や虫が傷つけたりした部分を自ら細菌の繁殖から守るために樹脂化していくんです。生木は全部倒れるとバクテリアが分解しますが、樹脂は虫にも食われずに残るんです。さらに樹脂は比重が木よりも重いので、池に倒れると浮かび上がらず池の底に眠っているんです。それをたまたま掘り出したのが香木で、蘭奢待ほど大きく樹脂化するというメカニズムが今は想像がつきません。もともと水に沈むので沈む香、沈香というんです。正式には沈水香(じんすいこう)です。

右:なるほど、なぜ沈香と言うのかなと気になっていたんです。ロマンあふれますね。

日:香道の香木は沈香だけなんです。沈香のわずかな香りの違いを嗜んで聞き分けることに、香道の組香の妙技があると言われています。今日は、佐曾羅(サソラ)、伽羅(キャラ)、黄塾香(オウジュクコウ)と3種類の香りを聞いていただきます。

加羅はぴたっと粘膜にくっついていくような感じです。

一応、志野流の型で香りを聞くケンケン。

日:今日は香道とは離れて、佐曾羅(サソラ)、伽羅(キャラ)、黄塾香(オウジュクコウ)の香りを聞いていただきます。

右:はい。吸って吐いて…。

日:というのを3回やっていただくかたちで、それが聞き方になりますね。

右:まず佐曾羅は、ものすごく甘いんだけど、くどくない。

日:インドの白檀なので、非常にいい白檀です。ほのかな感じがものすごく上品ですね。

右:なんだかこう、大幹部俳優の楽屋にスーッと暖簾を開けて入っていったような感じがします(笑)。上を覗いているような感じで、香りを嗅いだだけで、世界がワッと広がります。

日:次は伽羅です

右:こちらのほうが強いです。すごく後に残りますね。もうさっきの佐曾羅が思い出せないくらい。やっぱり伽羅は全然違う。

日:次は、蘭奢待のくくりに入る黄熟香(おうじゅくこう)です。

右:へえー。いちばんほのかですね。あ、でも変わってきた。これが蘭奢待にいちばん近いものなんですか?

日:そうですね、大きく言うと。

右:これ、甲乙つけるものじゃないですよね。でも、僕はやっぱり伽羅が僕はいちばん好きだなあ。伽羅はぴたっと粘膜にくっついていくような感じです。

日:いちばん高価です(笑)。黄熟香自体はそんなに高いものじゃない。

右:なかなか採れないものがやはり高価で、その高価な香りがいちばん印象に残るというのがすごいですね。気持ちが落ち着くということだけじゃなくて、気分がいちばん高揚するような感じですね。御家流は、最後に「香満ちました」という言葉で終わるんですね。香満ちました、ありがとうございました。

カフェ感覚で香りを楽しめるスペース「銀座香箱」

「銀座香箱」地下1階の「座 香十」で香りを選ぶケンケン。

香十本の店内にある全5席のバーカウンター「座 香十 楽」では、カフェ感覚でカジュアルに香りを楽しむ空間。香木3種類を電子香炉で楽しめる香木体験コース(会費/2,000円〜)、炭団を使って灰点前で香木3種の季節メニューなどから香木を選んで本格的な聞香炉で香りを楽しめる聞香コース(会費/3,000円)、11種類の香原料と7種の精油を混ぜ合わせてオリジナルの「香り袋」をつくれる調香コース(2,500円)が楽しめます。

香十 日本香堂ホールディンングス本社ビル「銀座香箱」

書いた人

東京都港区在住。2001年『和樂』創刊準備号より現在に至るまで、歌舞伎及び、日本の伝統芸能を主に担当してきた。プライベートでも、地方公演まで厭わず追っかけてしまうほど歌舞伎や能・狂言、文楽が大好き。