お腹の中には虫がいて、その虫たちがあらゆる病気を引き起こしている――。現代ではファンタジーのようなお話ですが、戦国時代には本気でそう信じられていました。
今でも、腹の虫がおさまらない、虫の居どころが悪い、癇の虫、といった表現をしますよね。現代社会にも、こうした考え方の名残は見られるのです。
ユルくてかわいいお腹の中の虫くんたちに、ちょっと会いにいってみましょう。
「針聞書」のハラノムシ
お腹の中の虫は、九州国立博物館所蔵の「針聞書(はりききがき)」に記録されています。戦国時代の永禄11(1568)年、大坂の茨木二介(いばらきにすけ)によって編まれたこの書物は、江戸時代には医学書として実際に医師の間で使われていました。もちろんこれらは想像図ですが、当時は誰もが実在すると信じていた生き物です。
虫、といっても今の私たちが思うような昆虫の姿ではありません。馬や牛のようなもの、人の顔のようなもの、トカゲやヘビのようなもの……でも、どれもユーモラスで親しみの湧くユルさなのは、現代日本のキャラクターたちにも通じる感覚かもしれません。
お腹の中の五臓六腑に宿るハラノムシ、名付けて「スタマック・モンスター」くんたちは、人の体内で悪さをして、様々な病気の原因になると考えられていました。しかしその生態を見ていくと、なんだかくすっと笑ってしまうものが多くあるのです。
針聞書には63体が収録されていますが、その中から10体を厳選し、「針聞書」を元に作成したイラストでご紹介します。
馬癇(うまかん)
心臓に棲んでいる、馬のような見た目でとても足の速い虫。強い光や火事などを見ると暴れだします。現在でいう、てんかん症状の原因の1つと考えられていたようです。別名「心の聚(しんのじゅ)」。
鬼胎(きたい)
左の脇から生まれる、イライラの虫。大きめの盃くらいの血の塊がだんだん大きくなり、やがて中心部に牛のような顔ができます。脇腹から子宮に向かって非常にゆっくりと移動し、その間じゅう、取り憑かれた人間はイライラしやすい状態になります。女性のメンタルリズムのようなものだったのでしょうか。
脾臓の虫(ひぞうのむし)
脾臓に棲んで、肝臓や筋肉に悪さをする虫。現代でも毎年夏に問題になっている、熱中症によく似た症状を引き起こします。漢方薬のモッコウとダイオウで消えるといいますが、この虫くん自身も目を回してふらふらしています……
悪中(あくちゅう)
脾臓に棲んで、人のご飯(炊いたお米)をお腹の中で横取りする虫。たくさん食べても太らない人に取り憑いているとされましたが、こんな虫なら大歓迎!?
肺虫(はいむし)
こちらもご飯を横取りする虫。肺に棲んでいますが、この虫がどこかへ行ってしまうと、取り憑かれた人は死んでしまい、虫は人魂に変わってしまいます。出ていってほしいのか、行かないでほしいのか……
腰抜の虫(こしぬけのむし)
ぎっくり腰の虫。トンボのような姿と鋭い尾を持ち、腰の辺りに入り込みます。汗が垂れて嘔吐を引き起こし、息苦しくなるやっかいな虫で、モッコウとカンゾウが効果的とされました。西洋でも「魔女の一撃」といいますし、ぎっくり腰をいきなりやってくる暴徒と捉えるのは、洋の東西を問わないようです。
小姓(こしょう)
この虫に取り憑かれると手の打ちようがありません。「病膏肓に入る」つまり、名医でも手の施しようがない、の語源の中国故事から生まれた虫ですが、その症状は「おしゃべりになる」。井戸端会議のような場で多数見られそう……? 小姓とは「子供」の意味で、甘酒を好みます。
悩みの虫(なやみのむし)
肺に棲み、落ち込ませる虫。些細なことにも悲しんで、世の中が嫌になってしまうやっかいな代物です。しかし物憂げな表情を見ていると、どうにもこの虫の好きな酸っぱいものをあげて慰めたくなってしまいます。まあレモン酎ハイで今夜1杯やりましょうよ。
鳴き寸白(なきすばく)
お腹をごろごろ鳴らすだけの、なんとも無害な虫。仲間には、腹部などに激痛を引き起こす凶暴な「寸白虫(すばくちゅう)」や「噛み寸白(かみすばく)」もいますが、蛇のような姿の両端とも頭になっているこの虫は、どうやら平和主義者のようです。
大酒の虫(おおざけのむし)
取り憑かれると大酒飲みになる虫。現代社会でも現役バリバリです。年末年始は特に元気に活動しそうです。楽しそうに隣と会話していたり、酔い潰れたように寝ていたりするのがけっこうリアル。
風邪もハラノムシの仲間?
風邪は最も身近な病気で、しょっちゅう見かけますよね。けれど、実は現代医学でもよく分かっていないものの1つなのです。
風邪の正式名称は「風邪症候群」。感冒とも言いますが、その原因はウイルス、細菌など特定が難しく、原因の9割を占めるとされるウイルスだけでも200種類以上が確認されています。
中国医学で風邪の原因と考えられてきたのが、「風邪(ふうじゃ)」と呼ばれる、風となって体内に侵入する邪気。この風邪(ふうじゃ)が体の中で起こすとされた様々な病気のうち、現在も原因が判明していないものの総称が「風邪(かぜ)」なのです。ハラノムシのお仲間、まだまだ現役です。
※「針聞書」にも風邪の虫がいますが、現在の症状とは少し異なるようです。
キューハクの人気者!
実はスタマック・モンスターたち、「針聞書」の所蔵館である九州国立博物館の人気者なんです。ぬいぐるみやTシャツ、クリアファイルをはじめ、いろいろなグッズが販売されていて、自宅に連れ帰って可愛がる人も多いとか。
博物館内にもあちこち潜んでいるそうなので、九州国立博物館に行った時には、ぜひかわいいスタ・モンたちを探してみてくださいね!
九州国立博物館 基本情報
住所: 〒818-0118 福岡県太宰府市石坂4-7-2
開館時間: 火~木、日:9時30分〜17時(入館は16時30分まで)・金、土:9時30分〜20時(入館は19時30分まで)
休館日: 月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は翌日)
問い合わせ: 092-918-2807(代表)
https://www.kyuhaku.jp
「戦国時代のハラノムシ」
国書刊行会からは、スタマック・モンスター全63種類を紹介した本「戦国時代のハラノムシ 『針聞書』のゆかいな病魔たち」が刊行されています。九州国立博物館の元学芸員、東昇(ひがしのぼる)さんと、鍼灸師の長野仁(ながのひとし)さんが編集していることもあり、スタ・モン愛に溢れた1冊となっています。厚さやサイズは絵本くらいですが、中身のぎゅっと詰まった濃厚な図鑑なので、大人も子供もぜひ本棚に加えてみては。
国書刊行会公式サイト
参考図書:長野仁、東昇・編「戦国時代のハラノムシ 『針聞書』のゆかいな病魔たち」国書刊行会 2007年
図は「針聞書」を元に筆者が作成