全国のサイトウさん、名字の漢字は斉藤・斎藤・齋藤・齊藤のどれですか。あるいはそれ以外? 「武士の家系だから一番難しい漢字」「うちは先祖がせっかちだったので簡単な漢字」など、代々の言い伝えがあるかもしれませんが、実はルーツは全部一緒なんですって! 名字研究家の森岡浩先生に聞いてきました。
そもそも名字ってなんだろう?
名字。そういえば、氏や姓などという言葉もあるけど、何が違うんだろう。今回の取材にはなんと、和樂web編集部の「齊藤」直子さんが同行してくれたので、2人そろっていろいろと森岡先生を質問攻めにしちゃいました。
先生、そもそも名字ってなんでしたっけ?
森岡先生「名字と氏や姓について、現代ではほぼ同じ意味のように扱われていますが、本来の意味は異なります。
歴史の教科書に、物部とか蘇我とか出てきたのを覚えていますか? あれは氏(うじ)で、先祖が同じ一族を指す言葉です。氏の名前は、その集団の性格を表します。この氏には、ある地域を支配する氏と、宗教や軍事などの職業を名乗る氏の二通りがあります。前者は地名がついた久米やアベ(※漢字が多様のためカナ表記にしています)など、後者は軍事を担当する物部など。
それが、大化の改新後に事情が変わってきます。天皇家ができて日本が統一された国になると、天皇家から分家された一族に、平(たいら)、源(みなもと)などの姓が与えられ、氏は姓に統合されました。ところが、日本は非常に人口密度の高い国。同じ姓ばかりになったため、家単位で区別しようということになり名字が生まれました」
なんと壮大な物語。物部氏の時代にさかのぼるとは思いませんでした。
いざ本題、サイトウさんの謎!
では、本稿の主題たるサイトウさんの謎に迫りましょう。先生、サイトウさんという名字は、なんであんなに多いんでしょうか?
森岡先生「結論からいうと、どの漢字のサイトウさんもルーツは同じです。日本人が名字を名乗るようになってから、家のある場所の地名や風景、本家からの方位、職業にちなんだ名字が誕生しました。
斉藤や伊藤などの藤(とう)がつく名字は別ルートで、平安時代に朝廷を席けんした藤原氏に由来します。当時の先進国といえば中国。公家の間で中国風に一文字の呼び方が流行しました。藤原氏は藤家(とうけ)、菅原氏は菅家(かんけ)、大江氏は江家(ごうけ)などです。
そこで、藤原氏の一族であることを示す『○藤』という名字が生まれました。サイトウ姓のルーツは、伊勢神宮に奉仕する斎宮寮(さいくうりょう)です」
(さまざまなサイトウさんの顔を思い出しながら)サイトウ姓のルーツが伊勢神宮だなんて! さて、サイトウをはじめ、おなじみ「○藤」姓は意識的につけられただけあって規則性がおもしろい。先生が教えてくれた「○藤」のルーツをまとめます。
・伊藤…伊勢守などの役職に就いた藤原氏
・加藤…加賀の藤原氏
・近藤…近江の藤原氏
・佐藤…左衛門府の役人となった藤原氏
・工藤…木工寮の官僚となった藤原氏
・武藤…武者所に仕えた藤原氏
サイトウさんの漢字バラエティーの話
ところで、サイトウさんといえば、漢字がいろいろあって難しいですよね。「私はなんでもいいですよ」と、和樂編集部のサイトウさんはおおらかですが、サイトウさんあてのメールを書くときにドキドキしている人は多いのでは。
森岡先生「サイトウの名字は、もともと旧字体の齋藤(※Yのような字が入る齋)でした。『齋』は宗教的な意味合いのある神聖な漢字です。この『齋』の新字体が『斎』で、上部分が簡単になって下部分がそのままです。さらに、形は似ているけど違う漢字の『斉』が登場。ややこしいのは、『斉』の旧字体である『齊』までが使われるようになったことです。
キクチさんには菊池、菊地と2種類がありますが、ルーツは同じです。サイトウさんも同様といえます。アベさんは漢字が入ってくる前からある名前で、後から漢字を当てたため阿部、安倍、安部などのさまざまな名字が生まれたというわけです。名前って、意外と当て字が多いですよ」
ちなみに、先生の著書『名字でわかる あなたのルーツ』(小学館)には、サイトウ姓には85通りの漢字があったと記されています。現在では、簡単な「斉藤」は西日本、斎藤は東日本に多いそうです。やっぱり、関西人はせっかちで合理的だから? なんて考えるのもおもしろいかも。
サイトウさんにいろいろ聞いた
サイトウさんで人生やっていると、漢字を間違えられることは多いはず。サイトウさんでない人間が、「あの人は斉藤、あの人は齋藤」など、人ごとの漢字の違いを覚えられません。サイトウさんの苦労とこだわりについて聞いてみました。
会社経営者の齋藤さん「間違いには敏感ですね。漢字については齋藤が本物で、斉藤、斎藤はその略字、齊藤とかは役所が間違って登記したのがそのままになったと聞いています」
齋藤姓へのプライドが感じられるナイスコメント。齋の漢字についてはだいたい合ってて、やや惜しい!
イラストレーターの斉藤さん「よくある名字だけどやたら漢字は多いよね。だから、間違えられても気にならない。うちは斉藤と書くけど、戸籍上は齋藤。齋の字が特殊でYを了にする。クルマの免許を取ったとき、この漢字が印字できず手書きだったよ。その後印字になった。なんでこの漢字なのかは不明。届出のときに間違えたんじゃないかな?」
斉藤さんと思い込んでいたのに、齋藤、さらにその異字体だったとは知らなかった。ご先祖様が「了」で個性を主張したかったのでしょうか。
和樂ライターの齋藤さん「藤原氏の末裔で武士の家系だったと聞かされていましたが、日本屈指のよくある名前なので、眉唾物だなと思っていました。間違えられたらすぐ気づきますが、むしろ一番簡単な『斉』でいいよと思っています。でも、なんでこんなにサイトウという名字は多いのでしょうか!」
ホント、なんでこんなにサイトウさんって多いんでしょうか。さらに、東日本には斎藤、西日本では斉藤が多いと聞き興味が尽きません。サイトウ姓の世界、奥深い……。
取材協力:森岡浩先生
高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。姓氏研究家。学生時代から名字研究をはじめ、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな角度から追究している。野球史研究家でもある。
公式サイト オフィス・モリオカ(https://office-morioka.com/)
イラスト寄稿:斉藤ロジョコ
東京都生まれ・宮城県在住。主に学参系媒体でイラストや漫画を描く。サケ・エキスパート取得の日本酒を愛す「イラ酒トレーター」でもある。著書に『今日は家メシ!』。※インタビュー2人めの斉藤さん。
公式サイト 斉藤ロジョコのサイト(https://rojyoko.com)