句会、という言葉にみなさんはどんなイメージをお持ちですか?俳句をたしなむ年配の男女が重々しい雰囲気の中、短冊に筆で一句をしたためる…そんな風景を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
テレビやネットに俳句の話題が上ることも多い昨今、俳句そのものは身近に感じても、実際の句会とはどういうものなのか、知る機会が少ないのが実情です。
昨年、幻冬舎文庫より刊行された堀本裕樹さんの著書『桜木杏、俳句はじめてみました』は大学二年生の桜木杏が初めて句会に参加するところから始まる青春小説です。俳句初心者である杏の目を通して、現在の句会の様子がリアルに描かれています。また俳句の作り方、鑑賞のコツが学べるだけでなく、杏の心の成長や恋の行方にもハラハラ。何かと絡んでくる個性的な句会のメンバーの言動には、思わず笑いがこみ上げます。
ここからは『桜木杏、俳句はじめてみました』のストーリーを追いつつ、現代のリアルな句会の現場をご紹介します。
句会デビュー ~基本的な句会の流れ~
「イケメンがいるわよ」そんな母・皐月の誘いにのって、初めて「いるか句会」に参加することとなった桜木杏。日々、俳句歳時記を開き俳句手帳になにやら書き込んでいる母の姿を見てはいても、特に俳句に興味があるというわけではない大学2年生。母に連れられてやってきたK庭園にある句会場の席に着いてからも、杏の心の中はこんなふうでした。
とにかく先生は思っていたよりも若いので少し安心した。
三十代後半くらいかな。芭蕉みたいな変な帽子もかぶっていない。着物でもないし、杖もついていない。仙人みたいな長いひげもない。
むしろコーデュロイのシャツをオシャレに着こなしている。目鼻立ちのはっきりした顔つきの先生は穏やかな雰囲気だけど、意志の強そうな眼をしている。なんだか大人の包容力がありそうだ。ドラマだったら、頼れる上司か正義感溢れる刑事役ってとこかな。でも、恋人候補としては、わたしにはちょっと年上すぎる。
あれ、やっぱりわたしはイケメン目当てで、ノコノコと句会まで足を運んでしまったのか。無念…わたしは自分の浅はかさを悔いた。
やはり杏にとっても俳句の先生といえば、イメージは一茶や芭蕉っぽい和服姿のおじいさんでした。現代ではそんな人を見つけることすら難しいのですが、句会となるとどうしても、私たちは古い感覚にとらわれてしまうようです。
良い意味でイメージを裏切られた杏を迎えたのは、「いるか句会」の個性的な面々。少しだけ句会のメンバーを紹介しますと…
最年長の梅天(ばいてん)さんは句歴50年。立派なあごひげをたくわえた、関西なまりの気のいいおじいちゃん。
派手な美人のエリカさんは銀座の高級クラブのチーママ。容赦ないツッコミが持ち味だけれど、細やかな気配りも忘れないシングルマザー。
すみれさんは杏と同じ歳の大学生。長いストレートヘアの理知的なタイプながら、ふわりとやさしい雰囲気を持つ寺山修司ファン。
そして…杏の最大のお目当てとなる昴(すばる)さん。すでに句歴は8年、コピーライターを目指して広告代理店に勤める社会人一年生。一見クールだけれど、時折見せる笑顔には、温かな人柄がうかがえる小顔のイケメン。
このようなメンバーに囲まれて、杏にとって初めての「いるか句会」の幕開けです。
句会にはさまざまな方法があるのですが、ここでは杏の参加した「いるか句会」のやり方を追ってゆきます。
1.出句
配られた短冊に自分の句を書く。(「いるか句会」では5句まで。)短冊はA4の白紙を細長く切っただけもの。筆記具はボールペンでも鉛筆でも万年筆でも、はっきりとわかりやすく書けるものなら何でも良い。
作者名は書かずに句だけを書き、決められた投句箱へ入れる。
2.清記
投句箱からランダムに参加者へと短冊が配られる。配られた句を書き写すのが「清記用紙」。一行に一句ずつ間違いのないよう、丁寧に書き写してゆく。
全員、清記が終わったら、参加者は時計回りに「イチ」「ニ」と号令をかけて清記用紙に番号をふってゆく。
3.選句
自分が良いと感じた句を選ぶこと。選ぶ数は句会や人数によって異なるが、「いるか句会」では五句を選んで、その中から特に素晴らしいと思った一句を「特選」とする。
まずは自分が書いた清記用紙の中から「これ好きだな」と思った句をノートなどに書き写す。終えると右隣の席の人に清記用紙を回す。左隣の人からは別の清記用紙が回ってくるので、数を気にせず、いくつでも好きな句を選んでノートに書き写す。(清記用紙の番号も忘れずに)
これを繰り返して、最後に自分の書いた清記用紙が手元に戻ってくると終了。ノートに書き写した句から五句を絞り込み、その中から特選一句を選んで選句は完了する。
4.披講(ひこう)
選句結果を参加者の前で発表すること。
「いるか句会」の場合、それぞれ自分で選句結果を披講してゆく。大きな声ではっきりと清記用紙の番号と選んだ句を読み上げる。
「杏さん、次<披講>お願いします」
鮎彦先生の声が聞こえた。
「杏、ぼーっとしないの」
母に小声で促されて、
「あ、はい。すみません。杏、いきます!じゃなくて、桜木杏選。
1番、さよならは燕が低く飛んだ朝」
「すみれです」
披講して自分の句が読み上げられた際には「名乗り」を。ここで初めて句の作者が誰なのかがわかります。
「4番、春の夜のジュレ虹色に崩れをり」
「皐月」
「特選5番、遠足の声堤防で海を向く」
「梅天」
なにっ!これ、まさかの梅天さんの句だったのかっ!ありえない…昴さんの句を狙いにいったのに。ぜったい、昴さんの句だと思ったのになあ。もう~、よりによってバイテンって…。
やたらと悔しがる杏ですが、句の作者が思っていた人とは違う…これは「句会あるある」です。だからこそ句会は面白いのですね。
5.選評
ひと通り披講と名乗りが終わったところで、「いるか句会」では「どうしてこの句を特選に選んだのか」を一人ずつ述べてゆく。鑑賞すること、また鑑賞されることで、自分では気付かなかったことを学べる場となる。これが句会の醍醐味で、俳句が「座の文学」と呼ばれる所以。
「意味はわからなくても何となく好き」という場合でも少しずつ言葉にしてゆくことで、どこがどう好きなのかが見えてくることがある。
「では、すみれさん、お願いします。」
「はい、私の特選は、<風光るデッドヒートのベビーカー>です。デッドヒートするベビーカーって、何か恐ろしい感じがあって、ベビーカーのなかにいる赤ちゃんは大丈夫かなと心配にもなったのですが、そのブラックユーモアに惹かれました」
「わしも佳作に選んだんやけど、おもろい句やなと思ったなあ。発車寸前の電車かバス目指して何台かのママ友のベビーカーが、えらい勢いで走ってるみたいな映像が浮かんできたんや、必死の形相とともに。そやけど、季語が<風光る>やさかい、不思議に穏やかな感じもあんねん。ちょっと変わった句やな」
「ああ、なるほど。お二人の鑑賞を聞いていると、この句、すごくよく見えてきましたね。取ればよかったかな」
「先生、今からでも遅くないですよ~、特選にしてくださ~い」
作者のエリカさんが、ウィンクして甘ったるい声を出したので、みんなが笑った。
「いるか句会」での講評はこのように和やかな雰囲気です。しかも句のどこに惹かれたのかを具体的に語ってくれるので、読者にも俳句の鑑賞点がわかりやすく伝わってきます。
正直なところ、私には最初、このベビーカーの句の良さがわからなかったのですが、すみれさんの「ブラックユーモア」という言葉から、新しい視点に気づくことができました。
梅天さんの講評からは<風光る>の季語が句全体を包み込んでいることがわかりました。<デッドヒート>に相反するのではなく、すべてをふわっとまとめてしまう力を持った季語として<風光る>が置かれているのですね。講評のシーンでは、さまざまな切り口での発見があって楽しいです。
また、この句のように現代風の片仮名を詠み込んだ俳句も、小説では多く取り上げられています。片仮名は何もかも良し、というわけではなく、新しいものをどう効果的に取り入れているのか、誌上での「いるか句会」を体験することで、私たちも現代の新鮮な俳句の作り方に触れることができます。日本の伝統的な文化であるとはいえ、俳句も時代に合わせて変化しているのですね。
ちなみに杏の提出した一句も先生と昴さんに選ばれており、どこがどう良かったのか丁寧に講評されています。
以上が句会の流れです。思いのほか、自由でカジュアルな感じではないでしょうか。
俳句は季語を使って十七音にまとめるというだけのルールですが、人それぞれ驚くほど多様な句が生まれます。
四季のどの「材料」を使い、どのような思いをこめて一句に仕上げたのか、句会の場でそれを聞いたり話したりすることで、また自分自身の視野が広がってゆきます。
吟行形式の句会も
『桜木杏、俳句はじめてみました』には句会でのもう一つの楽しみ「吟行」の場面も描かれています。
句会のメンバーで沼津御用邸記念公園から駿河湾、千本松原、三嶋大社までを小旅行し、それぞれの地で句を詠み、その日のうちに旅先で句会、という少々スリリングな催しです。
同じ風景を見て同じ時間を過ごすことで、メンバーの気持ちの距離が近くなります。もちろん、杏と昴さんの関係も…。
もっとも、俳句も恋も、何の困難もなくというわけにはゆきませんよね。そのあたりはぜひ、じっくりと本を読んでいただければと思います。
実在する「いるか句会」
最後に著者の堀本裕樹さんのご紹介です。
堀本裕樹さんは1974年和歌山県生まれ。國學院大學卒。俳句結社「蒼海」主宰。句集『熊野曼陀羅』で第36回俳人協会新人賞受賞。著書に『芸人と俳人』(又吉直樹氏との共著)、『短歌と俳句の五十番勝負』(穂村弘氏との共著)、『ねこもかぞく ほんのり俳句コミック』(ねこまき氏との共著)、『俳句の図書室』『NHK俳句 ひぐらし先生、俳句おしえてください。』など。
実は「いるか句会」は堀本裕樹さんが指導している、実在する句会です。『桜木杏、俳句はじめてみました』はフィクションですので、もちろん句会には杏も昴さんもいませんが、本の中の句は「いるか句会」参加者が実際に詠んだものがそのまま使われています。巻末には句と作者名の一覧が付されています。
「いるか句会」にご興味のある方は、下記のサイトをご覧ください。
*堀本裕樹Official Site http://horimotoyuki.com/
俳句は世代や性別に関係なく皆で楽しめるものです。四季折々、美しい風景に恵まれた日本で俳句に親しみ、ぜひ一度、句会を体験されてはいかがでしょうか。