Culture
2020.03.21

アマビエ様お願い。江戸の人々は浮世絵で未知の病がおさまるのを祈っていた

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かわいいアマビエ様、我らをお救いください。

新型コロナウイルスが恐ろしすぎて神頼みもしたくなりますよ。感染症の歴史は人類の歴史とともにあるといわれていますが、ここは島国日本。地続きのヨーロッパのような世界規模の感染症にさほど縁がありませんでした。が、日本時間2020年3月12日未明、WHO(世界保健機関)は、流行中の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)につき、「パンデミック(世界的流行)」と宣言しました。

「アマビエの図」(京都大学附属図書館所蔵)

ネット上では、アマビエという人魚のような妖怪の絵が流行。調べると、肥後国(現在の熊本県)に現れた妖怪で、「疫病が流行したら、私の姿を描いた絵を人々に見せなさい」と述べたという伝説があるらしい。ちなみに、アマビエ様の足は3本。オートクチュール刺繍作家のアトリエアリニャンさん(ID@AtelierAliNyanは、アマビエをモチーフにこんなかわいらしいビーズ作品を発表していました。

「麻疹絵」に祈る江戸の人々

未知の病気について、「かかりませんように」「早く治ってほしい」と祈る気持ちは、今も昔も変わりません。江戸時代、麻疹(はしか)が流行したときは治療法が確立されておらず、当時の医学の範囲内で薬が用いられていましたが、効果があまり期待できなかったようです。そのため、食事療法や祈願ぐらいしか対処がありませんでした。特に、幕末の1862年の麻疹流行はすさまじく、多くの人が命を落とし、病気平癒を祈願するための「麻疹絵(はしかえ)」が出回ったそうです。

「麻疹養生之伝」(国立国会図書館所蔵)

麻疹絵の多くには、細かな文字が添えられています。

「麻疹にかからないうちに馬のたらい(飼馬桶)をかぶせるとよい」
「タラヨウ(モチノキ科の木)の葉の裏に呪文を書いて川に流せばよい」
「食べ物では焼き塩がよい、川魚はよくない」

などです。これらは、いわゆる民間療法であり、予防や心得、かかっても軽くするおまじない、病後の養生法などなどが解説されています。

自宅で鑑賞できる「くすりの博物館」の麻疹絵

大手製薬会社のエーザイ株式会社は、「くすりの博物館」(岐阜県)を運営しています。こちらでは麻疹絵を多く所蔵・展示し、サイト上でも見学可能となっています。

公式サイト:http://www.eisai.co.jp/museum/
「はしか・はしか絵」:http://www.eisai.co.jp/museum/history/b1500/0500.html

どの作品も深い祈りに満ちていますが、わたしが興味深いなと思ったのは、麻疹が流行して商売が暇になった人々が、麻疹勢と戦っている絵。寿司屋、船屋などや新吉原、かばやき屋などの人間チームと、擬人化された麻疹チームが合戦をしています。今も昔も、人の営みって同じなんですね。おもしろいやら、悲しいやらで胸がいっぱいになってきます。

あれ、学問の神様にも祈るの?

疫病退散の願いは切実でも、絵柄はクリエイティビティーにあふれています。そして、神頼みも極まれば、天神様のほか、伝説上の医薬の祖・神農(しんのう)まで登場。中国の農業・医薬・商業の神です。神農は、頭に二本の角が生えるなど、神格化された姿で描かれることがあります。また、お茶を発見したという伝説も。

麻疹絵には、病気を力強く追い払う武神がしばしば登場しますが、人々は学問の神様である天神様にも祈っています。こちらも、くすりの博物館で見ることができます。

疱瘡は赤い色でやっつけろ!

前述の麻疹と並び、疱瘡(ほうそう)=天然痘(てんねんとう)も、当時は治療法のない恐ろしい病気でした。日本に疱瘡が伝わったのは、仏教伝来時。大陸から、ありがたい仏教とともにやっかいな感染症も伝わったというわけです。疱瘡は感染すると命の危険があり、治癒しても失明などの後遺症が残ることもあったため、疱瘡絵(ほうそうえ)が制作されました。

「疱瘡には赤い色が効く」という信仰があり、「疱瘡絵(ほうそうえ)」赤色一色!

〔疱瘡に関する絵〕一、二、三(都立中央図書館特別文庫室所蔵)

モチーフは、鎮西八郎為朝(=源為朝 みなもとのためとも)などの強い武将から、羽子板、金太郎、桃太郎などの縁起物まで多種多様。子供が感染すると命に関わるため、療養中の子供の辛い気持ちを少しでも和ませようとしたからでしょうか。親心が染みてきます。疱瘡絵は、お見舞いとして贈られることもあり、無事に病気が治れば疱瘡絵は川に流したりするものでした。そのため、現存するものは少ないそうです。

疱瘡絵の数々も、くすりの博物館所蔵作品をオンラインで閲覧することができます。
「疱瘡絵」:http://www.eisai.co.jp/museum/history/0700/sub0102.html

ユーモアとテクノロジーも味方だよ

過去に和樂の漢方の記事を監修してくれた医師の木村至信(しのぶ)先生は、「自律神経を安定させることも免疫力アップにつながります。無意味に感染症を怖がり不安とともに過ごすより、マスク、うがい、手洗いと保湿、たっぷり睡眠を心がけて、しっかり予防しましょう。そのうえで、いつも通りの日常を楽しんで暮らしてください!」とおっしゃっています。

ツイッター上では、新型コロナウイルス対策で休館を発表した美術館が、

#おうちで浮世絵
#自宅でミュージアム

などのハッシュタグで所蔵作品を公開してくれるムーブメントも。絵を描ける人は、アマビエ様の絵を描いて投稿する #アマビエチャレンジ はいかがでしょうか。楽しく乗りきりましょう。

◆取材協力=エーザイ株式会社 くすりの博物館
http://www.eisai.co.jp/museum/

書いた人

出版社勤務後、編プロ「ミトシロ書房」創業。著書に『入りにくいけど素敵な店』『似ている動物「見分け方」事典』など。民謡、盆踊り、俗信、食文化など、人の営みや祈りを感じさせるものが好き。四柱推命・易占を行い、わりと当たる。