ぎょろり!この妖怪の正体はなーんだ?浮世絵妖怪コレクション 〜月岡芳年編〜【誰でもミュージアム】

この美術館の館長

一見すると美しいのに、意味を知るとゾクッ。幕末から明治にかけて活躍した絵師、月岡芳年(つきおかよしとし)は、夢幻の世界にダイナミックな構図、そして残酷で過激な表現で人々の心を鷲掴みにしました。そんな芳年の描く妖怪は「妖艶」の言葉がぴったり。うっとりと惹きつけるものの垣間から、凍りつくような恐怖がちらりと覗くのです。この記事では、妖怪好きのスタッフ鳩が、選んだ芳年の妖怪にまつわる9作品をご紹介します。記事の最後に、タイトルの答えも公開! それでは最後までじっくりご鑑賞ください。

相撲を挑む河童と伝説の最強力士

月岡芳年『和漢百物語 白藤源太』

日本と中国の怪奇談や英雄にまつわる伝説をテーマとした連作「和漢百物語」。全26図からなる作品のひとつ「白藤源太(しらふじ げんた)」がこちらです。白藤源太は、歌舞伎や謡曲の題材となった伝説上の最強力士。

一見すると、夏の川岸で涼んでいる源太と目の前で繰り広げられる河童の相撲する様子を描いた、ほほえましい作品です。しかし、作品右上の解説文には「河童が力比べをしたがるので、源太はすぐに河童を投げ殺した」と書かれています。たしかに、そういわれて見ると源太の表情は、楽しげではないかも……? このシーンのあとに河童を投げ殺したのかもしれない、と思うとゾクゾクします。

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不気味な妖怪?源頼政の鵺退治

月岡芳年『新形三十六怪撰 内裏に猪早太鵺を刺図』

鵺(ぬえ)は『古事記』や『万葉集』にも登場する古い妖怪です。『平家物語』では「不気味な声で鳴く得体の知れないもの」と書かれていますが「鵺」という表記はありません。他の書物にある記載と結びつき、この得体のしれないものが鵺だとされるようになり、『平家物語』に登場する妖怪として知られるようになったのでしょう。

この作品に描かれているのは、そんな『平家物語』のワンシーン。平安時代の末期、天皇の住む御殿に、毎晩黒煙と共に不気味な鳴き声が聞こえるようになりました。その不気味な声に、天皇は恐怖し、ついに病にかかってしまいます。しかしどんな薬や祈祷をもってしても病は治りません。そこで側近たちは、弓の達人である源頼政に鳴き声の主の妖怪の退治を命じました。頼政は、先祖の源頼光より受け継いだ弓を手にして妖怪退治に向かいます。夜になると、みるみるうちに御殿に不気味な黒煙が現れ始めました。頼政が矢を射ると、悲鳴と共に妖怪が落ちていきます。すかさずとどめを刺すと、御殿に静けさが戻り、天皇の体調もたちまち回復したという伝説です。

作品に描かれた鵺の見た目は、猿の顔に狸の胴体、さらには虎の手足に尻尾は蛇。書物により違いはありますが、まるでギリシャ神話のキメラのような姿をしています。

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伊賀局と成仏できない天狗の話

月岡芳年『月百姿 吉野山夜半月 伊賀局』

月をテーマとした全100点にもおよぶ連作「月百姿」。そのひとつ、鎌倉前期の女性、伊賀局(いがのつぼね)をモデルにした作品がこちら。伊賀局は、後醍醐天皇の女院である阿野廉子(あのれんし)に女官として出仕し、楠木正成の三男・楠木正儀の妻となった女性です。

ある夏の日の夜、伊賀局が廉子の御所の庭で涼んでいると、松の木に何かがいるのをみつけます。よく見ると、大きな羽にクチバシを持つ妖怪ではありませんか。彼女は少しも恐れる様子なく、その妖怪に名を尋ねました。「私は藤原基任(ふじわらのもととう)と申します」さらにこう続けます。「廉子さまのために必死で働いていたのですが、死後を弔ってもらえず、このような姿になってしまいました。浮かばれないので、恨みを言おうと思っていたのです。どうか私のことを廉子さまに伝えてください」。伊賀局はこのことを廉子に告げ、供養を行いました。そのおかげか、妖怪も姿を現さなくなったそうです。

天狗の伝説はさまざまなものがありますが、この話の天狗は「成仏できなかった人間が化けた姿」として描かれています。顔色が赤く鼻の長いおなじみの姿ではなく、幽霊のように描かれているのもそのせいでしょう。

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延暦寺の経典を食い荒らした鉄鼠

月岡芳年『新形三十六怪撰 三井寺頼豪阿闍梨悪念鼠と変ずるの図』

なんだか長いタイトルですが「三井寺(みいでら)頼豪(らいごう)阿闍梨(あじゃり)悪念(あくねん)鼠(ねずみ)」と読みます。こちらの作品は『源平盛衰記』の伝説をもとに描かれました。

平安時代中期の天台宗の僧・頼豪は、白河天皇と「皇子の誕生を祈祷し、それが叶ったら褒美をもらう」という約束をしました。頼豪は皇子の誕生を祈祷し続け、見事天皇の願いを成就させます。約束通り、頼豪は褒美として「園城寺の戒壇創設」を申し出ました。しかし、園城寺の対抗勢力である比叡山延暦寺の横槍のため、叶えられることはなかったのです。

このことを怨んだ頼豪は、祈祷で誕生した皇子を魔道に落とそうと、断食を決行します。100日後、頼豪は悪鬼のような姿で命を断ちますが、不思議なことにその頃から皇子の枕元に白髪の老僧が現れるようになったのです。白河天皇は頼豪の呪詛を恐れて祈祷にすがりましたが、結局その効果はなく、皇子はわずか4歳にしてこの世を去りました。その後、頼豪の怨念は巨大な鼠の妖怪「鉄鼠」となって延暦寺の経典を食い荒らし、延暦寺は頼豪の怨念に怖れをなして社を築いて頼豪を神として祀り、その怨念を鎮めたといわれます。

余談ですが、鉄鼠にまつわる本といえば、なんといっても京極夏彦先生の『鉄鼠の檻』です。この小説のタイトルで「鉄鼠」の知名度がかなり上がったと思われます。かなりの長編ですがここまで読んでくださっている方には自信を持っておすすめできる傑作ミステリーです。

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老狐が僧に化けた姿、白蔵主

月岡芳年『月百姿 吼噦』

作品のタイトル「吼噦」は「こんかい」と読み、狐の鳴き声のことを指します(現代では「コンコン」といいますね)。芳年が描いたこの絵は、狂言の作品「釣狐」をもとに描かれたといわれます。

「釣狐」は、仲間たちを殺された老狐が、仇である猟師の伯父である僧に化けて殺生を止めようとする物語。物語の最後、化けた老狐「白蔵主」は正体を見破られて、巣穴へ帰る途中に猟師の仕掛けた罠にはまってしまいます。
芳年の描いた、後ろを振り返る白蔵主は、巣穴へ帰る途中の姿。その表情は、仲間を殺された恨みと悲しみ、どうすることもできない諦めが漂っています。

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女性の寝息を吸う、謎の黒坊主

月岡芳年『郵便報知新聞 第663号』

明治初期に描かれた浮世絵新聞。そのひとつ、郵便報知新聞で報じられた衝撃のニュース(というよりも、今でいうところの都市伝説)が、神田で女性を襲った黒坊主の事件です。

深夜、東京神田のとある民家で起こった出来事。寝室で眠っていた女性が、誰かに寝息を吸われる気配を感じて驚いて飛び起きました。灯りを点けると、ぼんやりとした黒い坊主のような妖怪が現れたのです。恐怖に慄く間に妖怪は姿を消しますが、部屋には異常な生臭さが漂っていました。

さて、このあと妖怪はどうなったかというと「自然消滅した」とだけ書かれています。もしかすると、現代に生き続けているのかもしれません……。

田原藤太の大百足退治

月岡芳年『和漢百物語 田原藤太秀郷 瀬田之竜女』

百足(ムカデ)といえば、鎖のような体に無数の足がある姿を思い浮かべますが、この絵に描かれた大百足は、まるでドラゴンのような顔に着物を纏った怪しい姿をしています。大百足の伝説は日本のみならず中国などにも伝わりますが、芳年の描いたこの作品は、御伽草子『俵藤太物語』の百足退治伝説がベースになっているようです。

遠い昔の近江国(現在の滋賀県)、瀬田の唐橋に蛇が横たわっていました。たまたまそこを通りかかった田原藤太(たわらのとうた)が踏みつけて渡ると、なんと蛇が人間の娘に姿を変えたのです(彼女こそ、タイトルにある「瀬田之竜女」です)。娘は「一族が三上山の巨大な百足に苦しめられていて困っているのだ。そなたの腕を見込んで、どうか助けてくれないか」と藤太に懇願します。これを藤太は快諾。弓を持って大百足退治にでかけます。

三上山にたどり着いた藤太は大百足の前に立ち矢を放ちます。ところが硬い肌に弾かれてびくともしません。そこで藤太は百足が人の唾液を嫌うことを思い出しました。残った矢に唾をつけて射ると、ついに百足は倒れました。

小さくても十分不気味な百足が見上げるほどの大きさだとしたら……ゾッとするほど恐ろしいです。

笑う見越し入道にふーっと息をかける横綱力士

月岡芳年『和漢百物語 小野川喜三郎』

江戸時代のヒーローである力士と得体の知れない不気味な妖怪。最初に紹介した河童を描いた作品に続いて、こちらも力士と妖怪の構図です。

横綱・小野川喜三郎が、お抱え主である久留米藩の有馬家の屋敷にいたときのこと。藩主の部屋で夜になると頻繁におかしな出来事が起こるというので、喜三郎は、部屋の近くで見張りをすることにしました。夜が更けた頃に、突然現れたのは、なんと大入道! にゅるりと伸びる首で喜三郎を見下し、からからと不気味に笑うのです。喜三郎が大入道を押さえつけると、その正体は老いた狸でした。

道端を歩いていると突然僧が現れて、見上げれば見上げるほど大きくなる……いわゆる「見越し入道」と同じタイプの妖怪だったのでしょう。それにしても、見越し入道の顔にタバコの煙をふーっと吹き出す喜三郎の余裕ぷりったら。入道も煙たそうに顔をしかめています。

ぎょろりとした目の妖怪。その正体は……

月岡芳年『新形三十六怪撰 源頼光土蜘蛛を切る図』

いよいよ最後の作品です! タイトルの答えは……巨大な蜘蛛の妖怪「土蜘蛛(つちぐも)」でした。蜘蛛、というよりも猫のような目や表情ですよね。この作品は、『平家物語』に登場する伝説「源頼光の土蜘蛛退治」をモチーフにしています。

頼光が病のため長い時間寝込んでいたときのこと。どこからともなく、頼光の前に怪しげな様相をした僧が現れました。縄で捕まえようと迫ってくるので、頼光はとっさに枕元の刀を抜いて僧を斬りつけます。その音に驚いた家臣たちが、逃げた僧の血の後を追うと、そこにいたのは巨大な蜘蛛でした。

土蜘蛛の容姿は、鬼の頭に虎の胴体、蜘蛛の手足を持つともいわれています。前半で紹介した鵺や、牛の頭と鬼の体を持つ妖怪「牛鬼」と似たタイプですね。

個人的にはこんなにかわいい蜘蛛であれば、夜に現れても大歓迎。みなさんは、どの妖怪が気になりましたか?

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