信長と秀吉の密接な関係を示す、大徳寺 総見院
戦国の世を揺るがした大事件、本能寺(ほんのうじ)の変で明智光秀(あけちみつひで)に討たれた織田信長の大葬礼はその100日後、信長の遺児であり豊臣秀吉の養子・秀勝を喪主として、大徳寺で執り行われました。その後、信長の一周忌に間に合うように秀吉が建立したのが総見院(そうけんいん)です。
総見院で創建当時の姿を残している境内の正門と土塀。南側土塀の外にある鐘楼(しょうろう)と鐘も創建当時のもので、往時の堂宇がいかに豪壮で美しかったのかを今に伝えている。
明治時代に廃寺となるも、見事に再興された総見院
開祖は千利休を通じて秀吉の尊信を得ていた古渓宗陳(こけいそうちん)。江戸時代は広大な境内に豪壮な堂塔が立ち並んでいましたが、明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって廃寺となり、大正時代に再建を開始。
昭和3(1928)年に本堂を再興し、昭和36(1961)年に本山に移されていた『織田信長公木造坐像』を再び迎えて信長三百八十年忌を行い、現在の姿をよみがえらせたのです。
本堂仏間の『織田信長公木造坐像』は天正11(1583)年の作。香木で2体制作され、1体は遺骸(いがい)の代わりに火葬され、市中には芳香がたちこめたと伝わっている。
広々とした墓所には織田信長を中心に濃姫(のうひめ)ら一族の五輪石塔7基が並び、無念の最期を遂げた信長の菩提が手厚く弔われています。
また、境内の庫裏の前には秀吉遺愛と伝わる樹齢400年を数える侘助椿(わにすけつばき)が残っており、加藤清正が朝鮮より持ち帰った石でつくられた掘り抜き井戸とともに、栄華の歴史を知るよすがとなっています。
織田信長を中心に7基並んだ織田信長一族の五輪石塔の墓と、今も毎朝のお供えに水が使われている加藤清正ゆかりの掘り抜き井戸。
大徳寺 総見院と黄梅院の秋の特別公開
総見院は非公開塔頭ですが、秋の特別公開が10月8日から始まります。
そして、春の特別公開をご紹介した黄梅院(おうばいいん)でも、同じ日から12月4日まで秋の特別公開が行われます。
10月から11月にかけて、紫野(むらさきの)の古刹(こさつ)・大徳寺では公開塔頭(たっちゅう)の龍源院(りょうげんいん)、大仙院(だいせんいん)、瑞峯院(ずいほういん)、髙桐院(こうとういん)のほかに、非公開塔頭の興臨院、総見院、黄梅院の特別公開が加わります。これは決して見逃せないニュースです!
期間/
総見院:10月8日(土)~11月30日(水)
黄梅院:10月8日(土)~12月4日(日)
公開内容/
総見院:本堂(重文)、木造織田信長公坐像(重文)、信長公一族の墓、お茶室
黄梅院:千利休作庭「直中庭(じきちゅうてい)」、武野紹鴎(たけのじょうおう)好み茶室「昨夢軒(さくむけん)」、方丈庭園「破頭庭(はとうてい)」、雲谷等顔(うんこくとうがん)筆 本堂障壁画(重文・複製)、庫裡(重文) ※本堂屋根の修復中のため、期間中、方丈庭園は鑑賞できません。
拝観時間/10時~16時(最終受付)
拝観料/大人600円 中高生400円 小学生300円 ※黄梅院では10名以上の予約で、お抹茶付き拝観(2,000円)を受け付けている。
連絡先/京都春秋事務局 Eメール
写真/小西康夫