遠野といえば、柳田国男の『遠野物語』を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
河童や座敷わらしがひょっこりと顔を出してくれそうな情緒豊かな風景が広がる遠野市は、岩手県南東部の内陸に位置し、盛岡市から電車では2時間、車で1時間ほどの距離にあります。「どぶろく」というお酒の醸造が特別に許されている「どぶろく特区」第一号として、全国で最初に認定されたところでもあります。
今回は、どぶろくとはどんなお酒なのか、遠野市の魅力とともにじっくりお伝えしたいと思います。
どぶろくとは
どぶろくは、米と米麹と水を原料として発酵させただけで、漉す工程を経ていない、白く濁っている状態で酒造りが終わっている状態の酒のことをいいます。
「濁酒(だくしゅ)」や「濁醪(だくろう)」と呼ばれることもあります。
「にごり酒」といわれることもあるのですが、にごり酒との違いは、どぶろくはまったく濾過をしていないこと。
一般的な酒造がにごり酒を造る場合、濾過する工程が入るために、にごり酒は便宜上は分類が「清酒」となります。それに対しどぶろくは一切の手を加えてないものを指し、税法上まったく違うものになります。
濾過をしていないどぶろくは酵母などが生きている状態なので、出荷する際に瓶内で発酵してしまうリスクがあるため、大量生産が避けられています。
飲みやすいの?
どぶろくのアルコール度数は、辛口のもので15度くらいで、甘口になるほど度数が下がり、13度から9度ほどです。
口当たりは甘酒に似ていて飲みやすく、ついつい飲み過ぎてしまうことも。初めてチャレンジされる方は、甘口のどぶろくを少量から試してみるといいかもしれません。
起源は弥生時代!?長〜いどぶろくの歴史
どぶろくの歴史は、弥生時代に始まった稲作の歴史とほぼ同起源と考えられています。
紀元280年代に編纂された『魏志』倭人伝には、「禾稲(いね)、紵麻(あさ)を植え」「人の性、酒を嗜む」「歌舞飲酒をなす」と記され、この時代には人々は酒を作り、飲酒を楽しんでいたことがわかります。
どのようにしてどぶろく造りが始まったかについては諸説あり、中国から稲作と同時に直接伝わったという説や、自然発酵によってたまたま発生したという説も。
このどぶろくが元となり現在の日本酒が誕生しますが、多くの民家や農家で手作りのどぶろくが造られ、田植えが終わったお祝いや神事にも親しまれるなど、多くの日本人にとって最も身近なお酒だった時代は長く続きます。
明治時代に入ると、酒造税(1940年以後は酒税)は国の主要な税収源となり、自家製のどぶろく製造は禁止されました。
家庭で作るどぶろくは取締りの対象となりましたが、高価な清酒を買う余裕のない庶民や農家でこっそりとどぶろくが造られ、人々の日々の慰めとなっていました。その味は地域で細々と受け継がれ、日本における酒文化の一端を担っていたと言えるでしょう。
どぶろく裁判
戦後はお酒が比較的安価に手に入るようになったこともあり、こっそりと造られてきたどぶろくは姿を消しつつありました。しかし昭和61年に、自分で飲むためにどぶろくを自家製造していた人が酒税法違反になるとして起訴された、「どぶろく裁判」と呼ばれる事件が起こっています。
この無免許でどぶろくなどの酒を造って罪に問われた人は、「食文化の一つであるどぶろく醸造は、憲法で保障された人権における幸福追求の権利である」と主張しましたが、結局、平成元年12月の最高裁の判決で「製造理由の如何を問わず、自家生産の禁止は、税収確保の見地より行政の裁量内にある」という理由で有罪判決が下されることになりました。
「どぶろく特区」と遠野市
厳しく規制されてきたどぶろく造りですが、当時の小泉首相による規制緩和の一策であった2002年の構造改革特別区域法により、やや規制が緩和されました。
これが通称「どぶろく特区」と呼ばれる制度です。
観光客の伸び悩みに頭を抱えていた遠野市では、いち早くこの制度を取り入れ、このどぶろく特区第一号となりました。
これは特区に定められた地域内で、農業と農家民宿や農園レストランなどをあわせて営んでいる者が、自己の酒類製造上で自ら生産した米などで「濁酒」を製造する場合、従来の酒類の製造免許の最低製造数量基準(年間6ℓ)に達しなくとも免許を与えられるようになったもの。
民宿や観光施設がどぶろくを自ら造ることができるようになったことで、遠野地域のどぶろくはより多くの観光客に親しまれることになり、どぶろくは、まちの振興の切り札となったのでした。
現在は全国に200か所近くのどぶろく特区がありますが、やはり地域のお祭りや特定の場所で提供されるものなど、地域振興が主な目的になっています。
遠野の「どぶろく」と「どべっこ」
遠野には、どぶろくとは別に「どべっこ」と呼ばれるお酒があります。
一般社団法人遠野市観光協会に伺ったところ、どべっこは遠野の言葉で「どぶろく」を意味し、どぶろくを民家で製造していた時代に「どべっこ」と呼ばれるようになったそうです。
その背景があるため誤解されやすいそうですが、遠野市独自の分類として、現在のどべっこは酒屋さんで製造されている濁り酒で濾したもの。どぶろくは製造する際に酒税法とは別に許可が必要なお酒、つまりどぶろく特区の制度による許可を得た酒造によるもので、濾しておらず米粒の原型をほぼ保っています。
どべっこはアルコール度数が高め、どぶろくは低めといった違いもあるようです。
なお、製造過程で火入れしてあるどぶろくは、常温、または冷蔵で持ち運びできますが、火入れしていない生のものは冷凍配送となるなど、取扱いに注意が必要だそうです。
ただし常温保存が可能なものも、暖かい場所に置いていると吹き出してしまうこともあるので、夏は注意が必要だと教えていただきました。
どぶろくは、本当に酵母が生きているお酒なのだなと改めて感じますね。
遠野市内でどぶろくが飲めるお店は?
せっかく遠野に遊びに来たら、現地で味比べしてみたいですよね。
遠野市内でどぶろくとどべっこを飲むことができるお店がそれぞれ掲載されているのがこれ!
どぶろくの飲める店MAP
このMAPを頼りに遠野のお店をたくさん巡ってみたくなりますね。
どぶろくを買って帰ろう
どぶろく特区により、遠野市ではいくつかの団体がどぶろくを作っていますが、現在、商品として販売されているのは次の4つの団体のどぶろくです。
・「遠野どぶろく(辛口)(甘口)」農事組合法人宮守川上流生産組合
・「開拓」「開花」「五穀」農家民宿MILK-INN江川
・「遠野どぶろく河童の舞」(一社)遠野ふるさと公社たかむろ水光園
・「とおのどぶろく」民宿とおの
どぶろくが購入できるところ
遠野市内でこれらのどぶろくをお土産として購入できる場所は次の通りです!
とおの物語の館
「むかーし、あったづもな」から始まる、数々の遠野の民話が聞ける「遠野座」もあります。おみやげ屋さんで「遠野どぶろく」、「河童の舞」などを買うことができます。
たかむろ水光園
広大な敷地内にはお風呂や宿泊施設も完備した自然エネルギーを活用したたかむろ水光園では、施設内でどぶろく「河童の舞」が造られ、お食事処で飲んだり、おみやげとして購入ができます。
伝承園
遠野物語に出てくる娘と馬の悲恋の物語、「オシラサマ」千体を展示している御蚕神堂(オシラ堂)は必見。「河童の舞」をお食事処で飲んだり、購入することができます。
道の駅「遠野風の丘」
大きな風車が目印の道の駅。ここでは3団体のどぶろくを購入できます。
旅の蔵遠野(観光案内所)
遠野駅前にある観光案内所です。おみやげ屋さんで3団体のどぶろくの扱いがあります。
他にも、「民宿とおの」のどぶろくは遠野市内のファミリーマートにも卸しているそうです。
また「MILK-INN江川」と「民宿とおの」は地方配送も受け付けていますので、まずは問い合わせてみるのが良さそうですね。
どぶろく飲み比べ
もともと日本酒が好きな私ですが、遠野で造られるどぶろくを初めて飲んだ時はその美味しさにびっくりしました。
それぞれに特徴があり、どれもとても風味豊かで美味しいのですが、個人的に特に女性におすすめしたいのが農家民宿MILK-INN江川さんの「開花」です。
農家民宿MILK-INN江川さんのどぶろくは3種類あり、あくまで個人的な感想ですが、最初に作られたという「開拓」は、甘みと辛みのバランスがとれたまろやかな味。「五穀」はそれよりもやや甘口で、米の粒々感をより感じました。
「開花」はもっとも甘味が強く、しかし少し舌にピリッと酸味も感じられ、独特の豊かな香りはぜひ一度味わっていただきたいです。
遠野のどぶろくイベント
遠野市のどぶろくにまつわるイベントをご紹介します。
年間を通して造られるどぶろくですが、イベントは秋冬に多く行われています。体のあったまるどぶろくを楽しむにはこれからがベストシーズンなのですね。
遠野ふるさと村の「どべっこ祭り」
最も近い日程では11月23日(土・祝)から始まる、「遠野ふるさと村」で行われる「どべっこ祭り」があります。
遠野ふるさと村で仕込んだ「どぶろく」と地元造り酒屋の濁り酒「どべっこ」を楽しめる、毎年多くの人でにぎわうお祭り。遠野の郷土料理を堪能したり、遠野郷に伝わる神楽を観たり、遠野の言葉で昔話を聞いたりと、遠野を満喫できるイベントです。毎年訪れるリピーターもいるのだそう。
今の時期から2月いっぱいくらいまでがどぶろくイベントの季節です。私も情報を見逃さないよう、こまめにチェックしたいと思います。
古くから地域の人に親しまれてきた遠野のどぶろく。
季節によって温度や湿度の影響で味も変わるため、時期を変えてまた飲んでみたくなってしまいます。
まだどぶろくを飲んだことがないという方、いつか遠野に行ってみたいと思っていたという方、ぜひこれからのシーズンに遠野を訪れ、美味しいどぶろくを味わってみてはいかがでしょうか。
取材協力
・一般社団法人遠野市観光協会
参考
・「農家が教えるどぶろくの作り方」農文協編、発行
・『酒類総合研究所情報誌「お酒の話」平成18年3月29日第9号』
・岩手県遠野市公式Webサイト「日本のふるさと再生特区」