日本文化の入り口マガジン和樂web
12月9日(木)
考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく(ゴッホ)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
12月9日(木)

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく(ゴッホ)

読み物
Travel
2021.03.15

勝海舟や岸駒も訪れた?江戸から続く地域の拠点「長浜 文泉堂」が考える書店の未来

この記事を書いた人

滋賀県長浜市のメインストリート「長浜大手門通り商店街」。その一角に1877(明治10)年からつづく書店「長浜 文泉堂(以下、文泉堂)」があります。明治時代の創業で、ルーツは江戸時代の両替商です。その後文具や教科書の販売、新聞配達業などを経て現在の書店に至っています。全国的に書店の数が減少し続けている中、形態を変えながらもこれだけ長く続いているのには何か理由がありそうです。店主の吉田豊さんに、町の書店としての役割や未来についてお話を伺ってきました。

長浜大手門通り商店街の今と昔

長浜といえば、明治期の旧第百三十銀行を改装した「黒壁ガラス館」が観光のひとつとして有名です。「長浜の観光客は年間数百万人と言われているけど、一時期は商店街は廃れていくばかりで『犬猫二匹におばあちゃんしか通らん商店街』って言われとった」と吉田さん。黒壁ガラス館が商店街東側の入り口近くにできてから観光客は倍増し、今では店に訪れる人の7割が観光客なのだといいます。

アーケード街を西へ進むと文泉堂はある。商家の佇まいを残した建物で、商店街に並ぶ店の中でも特に存在感を放っていた

江戸時代は「銭作(ぜにさく)」という両替商だったこの場所。店に入ると古時計や骨董品などが目に入り歴史を感じさせる。勝海舟の書と伝わる扁額などもかけられていた…!

長浜では毎年春に長浜曳山(ひきやま)祭りが開催されます。祭りの中で行われる注目の催しが1700年代から続く「子ども歌舞伎」。5歳から12歳くらいの男の子が衣装を纏い、街中を巡行しながら歌舞伎を披露します。かつては、その見物に彦根藩井伊家の若殿も訪れていたとか。「店の前に子ども歌舞伎が通ることから、昔はここで枡席を用意して人々が観劇しとった。井伊直平も訪れとって、この場所は井伊家のお孫さんを見るための上席やった」。昨年はコロナの影響で祭りの開催はありませんでしたが、今でも祭りの日には店の前に用意された桟敷席で人々が観劇するそうです。

またこの場所は長浜町(現在は長浜市)の初代町長の住まいでもあり、吉田さんは4代目を継いでいます。

半纏を着ているのが店主の吉田豊さん。曳山祭りの総当番も務めている

うどん屋はコシや味。書店は何を追求する……?

「商店街が衰退して経営も苦しかった35年程前、一度郊外に出て『The Book』という書店を開いたことがあった」と吉田さんは話します。日本にコンビニができたばかりの頃で、時代の変化に即したビジネスによって売り上げは5倍に跳ね上がったそうです。
「郊外型の書店は利便性の勝負で、立地、売り場面積、駐車場の広さ、営業時間で売り上げが決まってくる。『The Book』の売り場面積は100坪やったけど、200坪の書店ができていたら物流の点で負けてしまう。書店にとって利便性の追求は経営の根本やった」

書籍や雑誌などの著作物には再販制度(正式名称は書籍再販売価格維持制度)があり、出版社で決定された定価を書店は守らなければなりません。そのため販売している本の価格は全国どの書店でも同じ。他店との差別化を図るためには第一に利便性を追求しなければいけない、そう考えていたそうです。

しかし、その考えを翻すような出来事がありました。郊外に出たあとの文泉堂を1人で営んでいた吉田さんのお母さまのお話です。

「1日に3、4人しか来んような書店やったけどそのお袋がすごい人でな。星野富弘さんの『愛、深き淵より』という本があるんやけど、読んだら涙流して感動しとって、そのことを来るお客さん全員に何回も話しとった。そうしたら1カ月にその本を100冊も売ってしもた。ふつう、平積みされている本でも月に100冊なんてとても売れない。お袋の商売は自分が感動したものをいっぺん読んでみって伝えるようなものやった。僕が郊外に出しとった店は利便性の商売で、自分の感性で物を売るような商売をしてへんかった」

たとえ立地が悪くても、うどん屋であれば麺のコシや味のようにそこにしかない何かを追求すれば書店として生き残れるのではないか、そう考えた吉田さんは27、8年営んでいた郊外の書店をたたみ文泉堂へ戻ることに。当時レンタルビデオなどを扱う複合型書店が登場し、町の書店の存在価値が薄くなっていた中で、それにあえて対抗しようと思い立ったと話します。「やっぱり物は人を介さな売れん。品揃えのええ大型書店では、自分が求めているものをすぐに提供してくれるけど、感動したり涙したりする本を求めているときは大型店ほど見つからへん。書店の必然性を追求したいと思った」

今ではあまり見かけない蔦谷喜一の『きいちのぬりえ』。文泉堂で最も多く売れているのがこの本なのだそう

現在店に置いてある本は息子さんのセレクト

書店は出会いや楽しみの場

もともと町の書店の本業は、地域の人のために専門書や教科書を売ることでしたが、多くの観光客が訪れるようになったことで文泉堂も従来の役割を変えていきました。例えば、趣味の世界に触れられる本を中心に扱ったり、旅行雑誌に掲載されている商品を本と合わせて販売したりなど、出会いや楽しみを提供する場として少しずつコンセプトを変えていったといいます。

ハガキや便箋などの雑貨類も取り扱っている

「ただ、この話をするとみんな面白いとは言うんやけど、最後にひと言『儲からんよ』と言われる。自分の話は理想論で終わってしもて、そこは虚しいところでな。だから徹底してやらなあかん」。うまく商売にのらず理想と現実の違いに苦しんだ吉田さんは数年前、長浜市の市議選に立候補。市民の代表として積極的に町づくりにも関わるようになりました。自分の立場を少し変えて物事を見つめることで新しい発見も見つかるのかもしれません。

また、店に人を集めるために絵画展やコンサート、手芸教室などのイベントを開催。あるときは長浜にゆかりのある国友一貫斉の末裔をよんで、鉄砲にまつわるワークショップを行うなど、地域コミュニティを活かした取り組みによって商店街の集客に一役買っています。

イベントは店内右側の喫茶スペースで開催

文泉堂のような老舗で楽しみを提供している書店は珍しいような気がします。「『老舗』というのは書店にとって大きな武器で、幸いここには古い建物や歴史あるものが残っている。それらを活かしていきたい」と吉田さん。

例えば、庭にある梅の木。これは大通寺(長浜御坊)の襖に梅の巨木を描いた狩野派の絵師・岸駒(がんく)とゆかりがあるそうです。

庭に植えられている梅の木。樹齢400年(伝)

まずは2つの写真を見てみてください。こちらが大通寺の襖に描かれた岸駒の『金地墨画梅之図』

『金地墨画梅之図』

そして、こちらがこの家の襖に描かれたという岸駒の梅の巨木図です。『金地墨画梅之図』の下絵に描かれたともいわれており、この絵のモデルになったのが文泉堂の庭にある梅の木なんだとか。

現在襖は取り外され、曳山博物館に所蔵されている

梅の巨木図は岸駒がこの場所に宿泊し、そのお礼に描いたのではないかといわれているそうです。一説によると、大酒飲みだった岸駒は大通寺の仕事の疲れで酒をたくさん飲み、その勢いで一夜にして描いてしまったとも。この場所に岸駒がいたとは……驚きました。

「結局は人との出会いやな。たまたまコーヒー飲んだらおじさんが1時間話したとか、しょっちゅうあるんや(笑)お袋もおしゃべりだったけど僕も話すの好きやで」と気取らず気さくに話す吉田さん。書店は本だけでなく人との出会いの場でもあることを気づかされました。

時代が変わっても町の役割を担い続けたい

ネット書店や電子書籍の普及、そしてコロナ禍によってリアルな書店の苦境は続いています。2024年には小学校にデジタル教科書が導入されることが決まり、町の書店の在り方が今後どのように変わっていくのか考えさせられます。

「今でも地元の小中学校、高校に教科書の卸しをやっているけど、将来的に紙の教科書がなくなる可能性もある。たくさんの在庫を抱える書店がこれからの将来の形とは思わへんけど、僕らもわからんしな。ただ、原点はお袋みたいに自分の感性で気に入った本を紹介すること。最近は『本屋大賞』やら、書店員推薦の本の方が売れている。だから将来的には、ただ本を区分けして売るのではなくて、本を熟知して提案することが書店の役割になっていくのやないかと思う」

昨今、時短や手軽さといった利便性を強く求められますが、一方で「偶然」という大切な要素が忘れ去られているような気がします。最初にお話していたように利便性だけが書店を選ぶ基準とは限らないことや、リアルな書店だからこそ得られる価値を、購入者側の私たちが見直さなければいけないときが来ているのかもしれません。

「書店の将来の見通しは暗いけど、地域の人との接点は僕ら町の書店やな。例えばAmazonで本を買ってコンビニで受け取るサービスがあるけど、僕らの方が地元のお客さんを知っているんやったら、その役割だけでも担わせてもらえたら」と吉田さん。町の発展を見守り続け、地域や人との接点を大切にしてきた文泉堂。吉田さんの頼もしさと、町を支える安心感がこの場所に備わっているからこそ、文泉堂は長く愛されているのかもしれません。

「この半纏着て店に立ったら下足番やんけ。まあ、楽しみにやってますってな」

吉田さんいわく「観光は自慢や!」その言葉もきっと郷土愛あってこそ。ちなみに半纏は明治時代のもの

「長浜 文泉堂」の御書印

文泉堂は御書印プロジェクトに参加しています。御書印プロジェクトとは、現在250店以上の書店が参加している書店と人を結ぶプロジェクト(詳しくはこちらの記事をご覧ください)。

気になる文泉堂の御書印はこちら! 「本は心の糧」の力強い文字は吉田さん筆。まるでパワーがみなぎってくるかのような御書印です!

最後に余談ですが、雑誌『和樂』が定期購読のみで販売していた約10年前、文泉堂では『和樂』のバックナンバーを集めて展示するフェアを開催したこともあったとか。何年も前から『和樂』に興味を持ってくださっていたとは。何という出会い……!

「長浜 文泉堂」情報

住所:〒526-0054 滋賀県長浜市大宮町5−14
営業時間:9時30分〜17時30分
休業日:火曜日
公式サイト:https://www.bunsendo.info/

書いた人

1995年、埼玉県出身。地元の特産品がトマトだからと無理矢理「とま子」と名付けられたが、まあまあ気に入っている。和樂編集部でアルバイトしていたところある日編集長に収穫される。MBTI性格診断ではINFP型。検索するとサジェストに生きづらい、社会不適合者と出てくる。睡眠と甘いものが好き。