▼古美研についての詳しい内容は、こちらの記事をお読み下さい
藝大生の修学旅行?謎のイベント「古美研」ってなんだ?
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ディープな奈良の仏像巡り・東京藝術大学教員同行ツアーを密着取材!
その1・その2
「こんなにマニアックとは思わなかった」仏像巡りの2日間
第1回開催の好評を受けて開催された第2回目にも、和樂webは密着取材。今回のツアーは、古くから奈良の寺院に伝わる仏像鑑賞が中心です。
1日目は、なら歴史芸術文化村(奈良県天理市)を中心に長岳寺・當麻寺を巡るコース。2日目は興福寺早朝拝観からはじまり薬師寺・唐招提寺・西方院を巡る、古美研の王道コース。教員の解説は小型マイクを通して、1人1台ずつ配られるイヤホンから聞くことができます。美術展の音声ガイドを聞いているようで、しかも質問や会話もできるという贅沢仕様です。
「こんなにマニアックとは思わなかった」とツアー参加者が思わず感嘆の息を漏らすほど、朝から夕まで仏像を見てまわる2日間。もちろん、ただ仏像を見てまわるだけではありません。おとなの古美研は、藝大ならではの2つの視点から仏像を見ることができるのです。
おとなの古美研で学ぶ、2つの仏像の見方とは?
ひとつは、東京藝術大学美術学部教授・古美術研究施設長である松田誠一郎先生と古美術研究施設助教・荒木泰恵先生による、研究者からの視点です。仏像の造形的特質を言葉で表し、時代ごとのちがい、制作年代や制作者の特定など、美術史における仏像の見方を知ることができます。
もうひとつは、仏像を模刻(原物を真似て彫ること)して構造や素材、技法を調査・再現する、作り手からの視点です。3Dプリンタでそっくりに造るのとはちがって、模刻はできるだけ制作当時の素材や技法を用いて、作り方まで再現するというのですから、とてつもない技能や知識が必要です。今回は東京藝術大学で文化財保存学保存修復を学んだ、仏像彫刻・修復家の宮木菜月先生がツアーに同行してくださいました。
研究者と制作者。仏像への視点は違っても、実物を見ることの重要性はどちらも同じです。ツアーの中で、2つの視点の面白さをとくに感じることのできた仏像を紹介します。
その1.研究者の視点:快慶作・西方院阿弥陀如来立像
唐招提寺境内から西へ少し歩いたところにある西方院(さいほういん)。ここには、鎌倉時代の仏師・快慶による阿弥陀如来立像が安置されています。
阿弥陀如来立像の制作年を探る
西方院を訪れる前、移動中のバスの車内で、松田先生からプリントが配布されました。そこには、西方院の阿弥陀如来立像のほかに、快慶による4体の阿弥陀如来立像の図版が印刷されています。
「西方院で阿弥陀如来を拝観するときに意識してほしいことがあります」。突然車内ではじまる、仏像講義。
「それは制作年代です。快慶は、三尺(約90cm)の阿弥陀如来立像を定期的に制作しています。そのなかには制作年代が銘記されている基準作、いわばものさしのメモリになる作品が割と多くあるので、比較がしやすいのです。ここでは、制作年が1194年頃、1203年、1211年、1221年の4体と、西方院の阿弥陀如来を比べてみましょう」
「快慶に限らず、仏師の作風は年代ごとに少しずつ変わっていきます。もちろん阿弥陀如来の形自体を変えるわけにはいきませんから、衣の処理や姿勢、体型などに変化が現れます」
松田先生に示されるままに図版を見比べてみると、えりの形、衣の袖の輪郭、横から見たときの姿勢など、非常に細かい部分が、制作年によって少しずつ変化していく様子がわかります。
「では西方院の阿弥陀如来は、4つの像の、どの間に造られたでしょうか?」
図版を見ながら、右えりが直線、袖口が少し外側にはねている、姿勢は直立……と、自分なりに造形の比較をして、パズルのように組み合わせてみます。すると、1203年と1211年の像の間が、条件にぴったり合うことに気がつきました。松田先生に導かれたとはいえ、自分で答えまでたどり着けたことに心が躍ります。
「見ているものから、どれだけ正確に情報を引き出せるのかというのは、仏像の研究をする上でとても大切なことです。次は実物を見ながら、写真ではわからない部分に注目してみましょう」
「実際に見ると、胸や腹の厚みがよくわかりますね。腹が丸く膨らみ、両脇腹が奥へ入っています。脚と脚の間も深く彫られていて奥行きがありますね。両腕にかかる衣もずいぶん薄く彫られていますよね。これは一度木目に沿って割って、細部を削ってからまた取り付けているんですよ」
展覧会とちがって、ガラスケースなどの隔てるものもなく、至近距離から拝観します。思っていたよりも小ぶりなサイズに驚く参加者の方も。実際のサイズ感も、図版では決してわからない点です。
その2.制作者の視点:唐招提寺薬師如来立像
唐招提寺に伝わる木彫像・薬師如来立像。カヤという木で造られた奈良時代末期の作とされる像で、頭のてっぺんから台座までをひとつの木材から彫り出しています。現在は新宝蔵という建物の中に安置されています。
実物を前に、丸太と像の謎を解く
これぞ古美研、というべきでしょうか。なんと新宝蔵内で、実物を前にしながら宮木先生の講義を受けることができました。
宮木先生は藝大博士課程で、本像を模刻。木目などから、丸太のどの位置から像を彫りだしたのかを推測し、同じように彫りながら「どうしてこんな彫り方をしたのだろう?」「どうしてこんな形にしたのだろう?」といくつかの問題点を発見します。
「この像は、半分に割った巨大な丸太から彫り出されています。不思議に思ったのは、像の正面が、割って平らになった中央部ではなく、外側に向けられていること。これはあまり効率がよいとは言えません。なぜこのような方法をとったのか、答えは制作の過程で見つかりました」
台座の下の芯も含めると2mを超す巨大な像は、立てた状態で彫ることが非常に難しく、足場を作成する必要がありました。「そこで、横に寝かせて彫る方法をとってみました。すると、床に接する平らな面は像の背中の部分、天井を向くのは像の正面の部分で、とても作業が進めやすいことに気がついたのです」
加えて、台座の構造や背面の処理が中国の随・唐時代の石彫仏と共通していることからも、四角い石材の背面を下にして正面から彫り進めていく石彫技法に通じているのではないかと考えたそうです。
「カヤの木って、乾燥するとすごく固くなって彫刻刀で全然彫れないんです! 彫るときは、前日から濡らした布でくるんで湿らせておく必要があって」「台座に小さな穴を開ける必要があったのですが、像の衣の裾が邪魔をして錐(きり)が入らなくて道具も自作したんですよ」など、作り手にしかわからない体験談も非常に面白く、講義が終わったあとも参加者からの質問が止まりませんでした。
第3回「おとなの古美研ツアー」の実施決定!
「帰りの新幹線で、楽しかったなぁと思えたらその古美研は大成功です。見ることの楽しさを皆さんと一緒に共有するツアーにしたいです」。初日に松田先生がそう告げて始まったおとなの古美研ツアー。解散場所の近鉄奈良駅まで向かうバスの車中ですでに「楽しかった」という感想が聞こえてくるということは、この古美研は大・大・大成功ということでしょう。
今回のツアーでも数多くのキャンセル待ちが発生したことから、2024年3月に第3回を実施することも決定したそうです。詳細は決まり次第、やまとびツアーズで発信して行く予定です。
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写真協力/やまとびとツアーズ