いよいよ令和元年の大晦日。間もなく令和二年のお正月がやってきます。お正月といえばおせち料理、という人もまだまだ多いでしょう。さまざまな趣向を凝らしたおせち料理が人気を集めるなかで、変わらずしっかりと存在感を放っているのが紅白の蒲鉾です。
そして蒲鉾といえば、食べるとき以外は切り離して考えられないのが板の存在。その蒲鉾板の意味や最先端をゆく未来の木製品について、蒲鉾板などを扱う株式会社髙瀬文夫商店の社長・髙瀬加津男さんに伺いました。
木材流通の要所で生まれた蒲鉾板
大分県北西部に位置し、福岡県、熊本県と県境を接する日田市。60年近く蒲鉾板の製造・販売を行っている株式会社髙瀬文夫商店は、1961(昭和36)年、蒲鉾板製造所に勤める工員だった髙瀬文夫さんが創業しました。その文夫さんが1972(昭和47)に亡くなってからは息子の加津男さんが後を継ぎ、今に至ります。
創業から60年という長い時間のうちに、蒲鉾と蒲鉾板をめぐる環境はどのように変化したのでしょうか。髙瀬さんによれば、創業当時は杉の蒲鉾板が主流で、日田市と隣接する玖珠町(くすまち)には蒲鉾板の製造業者が40軒以上あったそうです。栄えた理由は日田市が林業の盛んな町だったことにあります。特に杉の産地として知られており、筑後川から福岡県の有明海側まで運搬していたとのこと。「蒲鉾板は白い板が好まれるので、製材所が杉材を製材した時に出る背板という白い部分を蒲鉾板にしていたんですよ」(髙瀬さん)
1963(昭和38)年に北海道の水産試験場でスケトウダラの冷凍すり身が初めて製品化。昭和40年代からは洋上で冷凍すり身を作れるようになったことで品質のよいすり身が増えていきました。それまでは地元の市場にあがった魚を各蒲鉾業者が買ってすり身を作っていたところに技術革新が起こったのです。これをきっかけに蒲鉾の生産量は激増。蒲鉾板の需要も増大し、大量生産が始まりました。それまで使用していた杉だけでは量が足りなくなったため、木材でも全てが白く、赤み部分がないモミの木を使うようになったそうです。
やがて蒲鉾の流通にも変化が起こります。流通網の移り変わりから、スーパーなどに卸す大手業者の製品が主流になり、地方の小さな蒲鉾業者は廃業を余儀なくされました。そのため、蒲鉾板製造がさかんだった日田市でも、いまは専門業者は3社を残すのみです。
蒲鉾板で蒲鉾の味が変わる!?
会社の目標は「『安全、安心』な蒲鉾板を作ること」だと髙瀬さん。「つまり、蒲鉾を食べた人が『おいしかった』と言っていただける蒲鉾板を作ることです」と話します。そうなんです、実は蒲鉾に密着している蒲鉾板は、蒲鉾の味と密接にかかわりあっているのです!
蒲鉾板と蒲鉾の切っても切り離せない関係1. におい
蒲鉾板が蒲鉾に及ぼす影響のひとつがにおい。以前は板が原因のクレームが多々あったそうです。水はけの悪い場所やドブ臭い場所など、土壌の悪いところで育った木はにおいのよくない木に育ってしまいます。原木の仕入れ時に細心の注意を払っていても、乾燥した木材はにおいが徐々に薄れてきてしまうので判断がつかないこともあるそうです。
完全に乾燥した状態ではにおいがしにくい蒲鉾板ですが、すり身が乗せられ蒸したり焼いたりされることで、水分や熱が加わってにおいが復活してしまうのです。これに気づかず包装して出荷された商品は、開封された途端に板のにおいが一気に出てクレームにつながってしまいます。
こうしたクレームをなくすため、髙瀬文夫商店では原材料となる木材が乾燥する手前で脱脂・脱臭の処理を施しています。この技術を開発して以来においに関するクレームはほとんど出なくなりました。
蒲鉾板と蒲鉾の切っても切り離せない関係2. 気泡
もうひとつの影響が、蒲鉾と板の間にできてしまうことがある気泡です。実は、寒い時期を中心に、季節によっては蒲鉾がいびつになるほど気泡ができてしまうそう。この対策が必要でした。
「蒲鉾メーカーもいろいろ手を尽していたのですが、なかなか解決せず、なんとかならないだろうかという相談を受けました。そこで林業試験場に行って杉やモミの木の電子顕微鏡の写真を見せてもらったところ、『こんなに!』と絶句してしまうほど木の導管の穴だらけだったのです。びっくりしましたが、だから蒲鉾の水分の調整がうまくできるのだということもわかりました」(髙瀬さん)
林業試験場では「水を入れた深皿に蒲鉾板を縦に入れ、思いっきり吹いてみてください」とアドバイスをもらったという髙瀬さん。言われたとおりに吹いてみたところ、ブクブクと泡が立ちました「えっ、こんなに木の中はすかすかなの!?」というほどだったそうです。しかし、この穴があるから、温度差の違いで空気が悪さをして気泡ができるのだなと身をもって知ることができたといいます。
そこで髙瀬さんは「蒲鉾板の木口両方にセロテープを貼った板」と、「なにも細工していない板」にすり身をのせ、同時に蒸して蒲鉾を作ってみました。すると何も細工していない板では気泡だらけの蒲鉾ができてしまいましたが、セロテープを貼った板では気泡がひとつもないきれいな蒲鉾をつくることができました。これ以後3年をかけて熱に強く安全なもので木口を塞ぐ技術を開発。においを防ぐ技術とともに、特許を取得しました。
髙瀨さんの努力は実り、蒲鉾市場が縮小傾向にあるにも関わらず、においや気泡の問題で困っていた蒲鉾メーカーからまた少しずつ受注が増えています。
メーカーのオーダーで200種類の蒲鉾板を製造
一見、どれも同じように見える蒲鉾板ですが、実はその種類は多様で、おいしい蒲鉾の下支え役として、細かな対応が必要です。
大きくわけるとすり身を蒸すタイプの蒲鉾に使う「蒸し蒲鉾用の板」とすり身を焼くタイプの蒲鉾に使う「焼き抜き用の板」の2種類の板があり、蒸し蒲鉾用の板はにおいや灰汁(あく)、ヤニ、節などを気をつける必要があります。焼き抜き用の板は蒲鉾板の下からガスや遠赤外線で焼くと乾燥してきて板が乾燥してきて板が反りやすくなるので、においや灰汁、ヤニ、節などに加えて反らない板を使わなければなりません。
また、メーカーによっても違いがあります。メーカーの名前を板に焼印する場合もありますし、ビニール包装した蒲鉾を板に乗せる「ケーシングタイプ」もあります。たくさんの種類の蒲鉾を作っているメーカーがほとんどのため、もちろん大きさも製品ごとに違います。板の厚みは5~14ミリまでと幅広く、髙瀬文夫商店の場合、現在は約200種類を取り扱っています。通常の板から高級蒲鉾用の柾目(まさめ、まっすぐに通った木目のこと)の板まで、板の品質もさまざまです。
今後、蒲鉾板はさらに進化するのでしょうか?「非常に難しい質問です。まず、蒲鉾の為に板がありますので、おいしい蒲鉾をそのままおいしく食べていただくための板作りに努力し、板が原因でおいしさを損なわないようにしています。板は蒲鉾の主役ではないので何とも言えませんが、今後も、蒲鉾屋さんにおいしい蒲鉾を作って頂くことを願います」(髙瀬さん)
木のストロー「itaTTe tsutsu straw」ができるまで
現在、髙瀬さんは蒲鉾板ではない、未来を見据えた木製品を開発、すでに販売が始まっています。いったいどのようなものなのでしょうか。
昨年(2018年)、ヨーロッパでプラスチックごみによる海洋汚染の問題が大きく報道されたことをうけ、髙瀬さんは「木のストローはできないものか」と考え、木の丸棒に穴を開けてみました。しかし、これは難しい作業で、当時は開発をあきらめたそうです。しかし、数か月たって5月の出張中、外食産業の大手がプラスチックストローの使用をやめるというニュースが飛び込んできました。
ニュースを聞いて再び木のストローへの思いが強まったとき、髙瀬さんの頭にひらめいたのが松の薄板です。「松は粘りのある性質ですから、ストロー状に巻けるだろう」と直感が働きました。「はやる気持ちで出張から帰り、その足で松の薄板を作っている友人のところへ行きました。そして巻いたらすぐにストローができたんです!」(髙瀬さん)
けれども、松の原木は減少しているのが現状で、量産は難しいという課題がありました。しかし、日田は全国でも有数の杉の産地で大量の杉があることから、髙瀬さんはすぐに杉での製作に切り替えました。白い部分と赤い部分がある杉の木を薄板に加工し、巻くと木目の非常に美しいなストローが完成! 日田の新たな工芸品が誕生した瞬間だったといえるでしょう。なお、 この薄板は木目のきれいなコップやケースも生み出し、今後更なる活用が期待されています。
「木のストローは新しい発明ですから、これを作る機械はまだありません。そこで、いまは機械の開発にも取り組んでいます」(髙瀬さん)
木製ストローが地球を救う
実は、蒲鉾板は上に直接すり身を乗せるために基準が厳しく、たくさんの板が端材になっています。「itaTTe(イタッテ)」は、そんな端材を救う形で杉を使ったストローやコップを商品化するためのプロジェクト名です。大分在住のメンバーで、杉の木を使って創作している造形作家の有馬晋平さんの命名した「itaTTe」は、蒲鉾板の「板」とポジティブな「至って」という言葉を組み合わせた言葉。「至って自然」「至ってシンプル」「至って楽しく」「至って良いもの」…これらを作ろうという思いが込められています。
「木の薄板に携わるようになって気づいたことがあります」と髙瀬さん。「薄板でものを作ることが、こんなにシンプルで環境にもよいということです。これまで、わっぱなどを除き、たいていの木の器を作るときは、くりぬくこととイコールで捨てる部分がどうしても出ていました。しかし、木のストローを作るとき、木材には捨てるところがありません。たとえば130×130×3000ミリの角材を使って0.15ミリの厚さのストローを作ると、約17,500本のストローができます。紙は安価な素材ですが、紙製造に必要なエネルギー、薬品、水、薬剤、水などはかなりの量にのぼります。これにくらべると、蒲鉾板のように木材を直接薄板にスライスしてものをつくる/使うという先人の知恵はすごいと思いました」(髙瀬さん)
さらに、髙瀬さんは薄板を通しておもしろい展開ができると感じているそうで、薄板の利用方法をさらに考えていきたいとのこと。
これまで、蒲鉾板といえば食べる時にはがす存在としか思っていませんでしたが、実はかまぼこをおいしく食べるためには欠かせず、日々進化していることがわかりました。よい蒲鉾板があるからこそ、おいしい蒲鉾をたべることができるのです。また、蒲鉾板の原料である木材は「プラスチックごみ」という社会問題を解決するエコなストローになるのです。このストローを見て「蒲鉾板ってすごい!」と初めてわかり、感動しました。蒲鉾板は単なる板ではなく、立派な木製品。これを生み出した日田の林業とプロジェクト「itaTTe」の今後に要注目です。
株式会社 高瀬文夫商店
https://kamabokoita.com/