子どもたちのお正月の楽しみは、なんといってもお年玉でしょう。
いつもは買えないあれを買ってみようか、欲しいあれのために、貯金の一部にしようか……。
そんなお年玉ですが、江戸時代の子どもたちがもらっていたのは、お金ではなかったのだとか(一部の地域を除く)。
え、じゃあ何だったの? そういえば、「年」の「玉」って何だろう?
お年玉についてのあれこれ、一挙にご紹介いたします!
お年玉はお金だけじゃない
もともと「年玉」は、年始に贈る品物全般を表す言葉でした。
宮中では古くから行われていた習慣で、広く盛んになった室町時代には、太刀、お金、硯(すずり)、酒、毬(まり)を打つ道具、羽子板、紅箱(口紅を入れる箱)などいろいろなものが贈り物とされていました。
特に金銭を指す場合には、「年玉銀(としだまぎん)」という名称が付けられていましたが、子どもたちがもらうことは稀だったよう。ただ、一部の地域では子どもを福の神とみなして施しをすると幸福が訪れる、と、古くからお小遣いをあげていたといいます。
江戸時代の主なお年玉は、餅。これを食べることで、弱った霊力や活力を復活させると考えられており、「フクデ」「タマシイ」「ミイワイ」という別名で呼ばれることも多くありました。
現在でも、鏡餅はじめ、家族の人数分に小分けした小餅を神棚に上げ、その後雑煮にする、といった餅にまつわる年始の風習が残っている地域は多いようです。
また、江戸時代の町家では、ホタテ貝など平べったい貝がらに持ち手をつけた「貝杓子(かいじゃくし)」、ねずみ色の半紙「鼠半紙(ねずみばんし)」、塗り箸、簡素な扇などの質素な品々が広くお年玉として贈られていたといいます。
その他、武士では太刀、商人は扇、医者は丸薬など、職業や身分ごとに品物が決まっていた場合もありました。
お年玉ってどんな「玉」?
今も昔も、お年玉は目上の人からもらうものです。
語源にはいくつか説がありますが、年神(としがみ)様からの賜物(たまもの)である、という考え方が根本にあるため、という説が有力です。
お年玉は「年」神さまからの「たま」もの、だったのですね。
参考文献:
・『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館
・『世界大百科事典』平凡社
・『日本国語大辞典』小学館
アイキャッチ画像:岳亭春信『焼き餅』メトロポリタン美術館より
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