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2021.02.27

なぜ菱形で三色なの?ひな祭りに欠かせない「菱餅」の由来と謎を調べてみた

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3月3日は桃の節句。雛(ひな)人形を飾り、女の子の健やかな成長を願う日本の伝統行事の一つです。そして、雛祭りに欠かせない食べ物と言えば「菱餅(ひしもち)」ですが、菱形という形と、上から赤・白・緑の三色であることにはちゃんとした理由があるのをご存じですか?

この記事では、菱餅の色や由来、食べ方などの謎を解読してみようと思います。

そういえば何でその3色? 気になる!

雛祭りの由来

3月3日の雛祭りは、中国から伝わった3月最初の巳の日に、人形を自分の身代わりとして川や海に流すことで厄を払うという「上巳の祓(じょうしのはらい)」という行事が日本に伝わり、貴族の女子の人形遊びと一つになったものが原型と言われています。

中国では、季節の変わり目である節句は、新しい季節を迎える準備をする時期でもあり、また、邪気が入りやすい時期とも考えられていました。そのため、様々な行事を催し、邪気祓いを行っていたのです。

確かに、季節の変わり目は体調を崩しやすいですよね。

上巳の節句に行われていた邪気祓いの風習の一つが、邪気を払う仙木とされていた桃の花びらを酒に浸した「桃花酒(とうかしゅ)」を飲むこと。そのため、上巳の節句は「桃の節句」とも呼びます。
桃は「百歳(ももとせ)」にも通じ、多くの花実をつけることから、子孫繁栄の象徴として縁起の良い木とされています。旧暦の3月3日は桃の花の開花時期。桃の霊力で健康や良縁を授かることを願って、雛祭りには桃の花を飾るのです。

江戸時代になると、雛祭りは五節句の一つになり、庶民の間でも行事として定着しました。
3月2日の夜の「宵節句(よいぜっく)」から女児は晴着を着ます。町家では親類縁者や諸芸の師へ、商家では白酒や重箱に詰めた料理を節句の祝いとして得意先へ贈ったりしました。

三代目歌川豊国「十二月ノ内 弥生雛祭」 国立国会図書館デジタルコレクション

画像は上級武家の屋敷のように思われます。左手には大きな雛壇の一部が見え、雛の道具も立派なものです。
描かれた4人の少女たちの着物も素敵です。左側の少女は咲き誇る八重桜に流水模様の振袖、真ん中の少女は秋の紅葉の振袖で、どちらも華やか! 右側の二人の少女は、子どもの健康を祈る麻の葉模様を使った着物コーデです。右側奥の少女の、菜の花色の鮮やかな帯も春らしくて素敵ですね。

本当にきれいな着物! ひな祭りがとっても大切な行事であることがわかります♪

雛人形も、慶長年間(1596~1614年)の頃までは、厄を払うための紙などで作ったものでしたが、次第に美しく高価な雛人形が作られ、飾られるようになりました。

菱餅の形は、なぜ菱形?

菱餅が、名前のとおり菱型であることには諸説あります。

一つは「菱の実の形を模したもの」という説です。
菱は、池や沼に生えるアカバナ科の一年草です。泥の中から長い茎を出して、光沢のある菱形の葉を水面に浮かべ、夏には白い花が咲きます。実には棘(とげ)があり、中の種子は食用となります。風味が栗に似ているところから、水栗とも言われます。

「菱の実」! 初めて聞きました! 

古くから食用に用いられていたことは、『万葉集』にも詠まれていることからもわかります。

君がため 浮沼(うきぬ)の池の 菱摘むと わが染めし袖 濡れにけるかも(柿本朝臣人麻呂 巻7-1249)
(あなたのために浮沼の池の菱を摘んでいるうち、自分で染めた袖は濡れてしまいました)

出典:『新編日本古典文学全集 7 萬葉集2』 小学館

菱は繁殖力が強いため、その形を模すことで子孫繁栄や長寿の願いが込められていました。菱の実はとがっているため、魔除けの意味もあります。
昔は、菱餅の白色の餅に菱の実を入れて食べるという慣習もありました。

なるほど。とっても縁起の良い実なのですね。

また、「菱餅は、菱葩餅(ひしはなびらもち)を簡略化したもの」とも言われています。
菱葩餅は薄くのばした白餅の上に赤い菱餅、白味噌餡、ゴボウの砂糖煮などをのせ、二つ折りにした和菓子です。「花びら餅」ともよばれ、宮中では新年の祝いに用いられました。

このほかにも、

  • ・仙人が食べ、不老長寿を得たという菱の実をモデルにした
  • ・心臓をかたどったもの
  • ・四角を伸ばすことで長寿を祈願した
  • ・「大地」を表現している
  • ・竜に襲われそうになった娘を、菱の実で竜を退治して救ったことから

などの諸説がありました。どうやら、菱餅には「災厄を除く」「娘の健康を願う」といった意味が込められていることは共通しているようですが、菱形になった、はっきりとした理由は不明です……。
なお、菱餅が桃の節句に用いられるようになったのも、現在のような菱形になったのも、江戸時代になってからと言われています。

江戸時代から! 意外と最近だったんだ!

菱餅の色は二色だった!?

現在、菱餅は上から赤・白・緑の三段重ねが一般的です。
実は、江戸時代までは菱餅の色は三色ではなく、白と緑の2色だけ。菱の実を入れた白い餅と蓬(よもぎ)を入れた緑の餅を三段から五段に組み合わせていたようです。

一竜斎国盛「雛人形」 国立国会図書館デジタルコレクション

安政4(1857)年に描かれた錦絵の、雛壇の中央に菱餅があります。赤い餅はなく、白・緑・白と餅が三段に重ねてあるのがわかりますか?

ほんとだ~!! ピンクがない!!

明治時代になって、クチナシの実を混ぜた赤色の餅が加えられ、現在のような色鮮やかな三色になりました。
なお、菱餅の大きさは均等にする場合と、上の重ねほど小さくする場合があります。また、菱餅の重ね方や色の合わせ方は、地方によっても異なっていると言われています。

赤(クチナシ)

赤色は太陽の色に通じ、魔除けを意味します。赤はおめでたい色であること、また、雛祭りに関わりの深い、桃の花を表現しているとも言われています。
クチナシが持つ「解毒作用」の効果も期待されていたようです。

鳥居清長「子宝五節遊 雛遊」 シカゴ美術館

白(菱の実)

白色は清浄・純白の雪を表現しています。菱の実にあやかり、子孫繁栄も表現しているのだとか。
菱の実には、血圧を低下させる効果もあるそうです。

緑(蓬)

緑色には、健康・強い生命力への願いが込められています。
緑は蓬餅です。蓬は邪気を払う薬草と言われ、昔から漢方薬のほか、強壮、消毒、止血にも使われてきました。

全ての色にちゃんと意味が込められている。カラフルで「映える」から、じゃないんですね! 

上巳の節句で草餅を食べたり、親しい人たちに配ったりする風習は、平安時代にはすでにあったと言われています。
かつて、草餅は母子草(ははこぐさ)を使って作っていました。母子草は、黄色い花をつけるキク科の越年草で、春の七草の一つである「御形(ごぎょう)」とも呼ばれます。「母と子が健やか過ごせるように」との願いが込められたものとされ、中国から日本に伝わりました。
しかし、日本では母子草ではなく、蓬が用いられるようになります。「母子草を餅に入れると、母と子を一緒について餅にするようだから、縁起が悪い」とされ、母子草から蓬に代わったという説がありますが、信憑性は定かではないようです。
現在、草餅と言えば、蓬を使った餅を指します。

三色の組み合わせにも意味がある!

一般的に、上から赤・白・緑の餅が重ねられる菱餅。菱餅の三色の色の組み合わせや順番にもちゃんとした意味があるのです!
赤い餅は「桃の花」、白い餅は「雪や残雪」、緑の餅は「新緑」を表現し、「雪の中から新緑が芽吹き、桃の花が咲く」という春の訪れをイメージして重ねられたものなのだとか。三色の菱餅には、冬の寒い季節から雪(=白)が溶け、新芽(=緑)が出て、美しく香り高い桃の花(=赤)が咲くように、「立派な女性になるように」との願いが込められているのかもしれません。

なるほど。3色の菱餅にこんなに色々な意味があるなんて、めちゃくちゃ面白い!!

菱餅を飾る意味

菱餅は、雛人形へのお供え物になります。
本来、雛人形は女の子の厄災を身代わりとして引き受けてもらうために飾るもの。つまり、雛人形に対する畏敬の思いを込めた感謝の気持ちの表れが、菱餅を飾ることにつながったとされています。

菱餅を飾る際には、白い和紙を敷いた菱台(三方ともいう)の上に置きます。男雛、女雛のそれぞれに供えるものなので、一対で飾ることが基本です。七段飾りの雛人形にお供え物とする場合、雛段の上から数えて4段目、右大臣や左大臣がいる中央部分に飾ります。

菱餅の食べ方には決まりがある?

雛道具の菱餅は、木製や樹脂製で食べることができませんが、本物の菱餅の場合、食べ方に決まりはあるのでしょうか?
「菱餅の角には魔除けの意味があるので、角をちぎりながら食べると良い」とか、「菱餅の角をなくすように切って丸くして食べると家庭円満になり、人の輪も広がり、縁起が良い」とも言われていますが、特に決まりがあるわけではないようです。

自由に食べていいんですね。

雛霰も忘れずに!

雛祭りでは、菱餅と一緒に飾られていることが多い雛霰(ひなあられ)。雛霰は、米粒を熱してふくらませ、紅白の糖蜜をまぶしたもの。
雛霰は、菱餅を外で食べやすくするように砕いて作られたものが由来という説が有力です。

雛の国見せ

江戸時代、家の中に飾ってある雛人形を屋外に持ち出して、外の景色を見せてあげる「雛の国見せ」と呼ばれる風習がありました。

三代目歌川豊国「十二月ノ内 弥生」 国立国会図書館デジタルコレクション

その際に持っていくお菓子として、菱餅を砕いて持ち運びしやすくしたのが雛霰と言われています。その名残から、雛霰と菱餅がセットで飾られるようになったようです。

お人形に外を見せてあげる!? 昔の人々は、ひな人形を本当に大切にしていたんだなぁ。私もやってみよーっと!

雛霰の色の意味

雛霰には、三つの色がつけられたものと、四つの色がつけられたものがあります。
三色の雛霰は赤・緑・白で、それぞれ、菱餅の色と同じ意味を持ちます。四色の場合は、赤・緑・白の三色に黄色が加わります。この四色は四季を意味し、赤が春、緑が夏、黄が秋、白が冬を表すと言われています。このことから、雛霰を食べることで、季節が放つ自然のエネルギーを体内に取り込むことになり、「一年(四季)を通し、娘の健康や幸福を祈る」という意味に繋がるそうです。

お家で楽しむ雛祭り

今回、雛祭りに欠かせない菱餅についていろいろ調べてみましたが、菱餅の由来、形の秘密、三色に込められた意味には様々な説があり、残念ながら、確実なものを見つけることはできませんでした。

文化って時代や場所によって変わるものなので「これだ!」ってハッキリした由来はないのかもしれませんね。

そもそも雛祭りとは、縁起の良くない「節句」の災いを避けるためのもの。そのため、菱餅だけではなく、雛祭りで使われる道具や花は、女の子の健康と成長を願ったものであり、魔除け効果などを持っていると信じられてきたものなのです。

お家時間が増えたことで、日本の伝統行事が見直されています。日本の伝統行事には様々な言い伝えがありますが、その一つ一つに人々の願いが込められており、少しでもご利益が得られることを願って行われてきました。すべては難しくても、できることだけでも取り入れてみるのはいかがでしょうか?

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主な参考文献

▼参考文献はこちら
食で楽しむ年中行事12か月

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書いた人

秋田県大仙市出身。大学の実習をきっかけに、公共図書館に興味を持ち、図書館司書になる。元号が変わるのを機に、30年勤めた図書館を退職してフリーに。「日本のことを聞かれたら、『ニッポニカ』(=小学館の百科事典『日本大百科全書』)を調べるように。」という先輩職員の教えは、退職後も励行中。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。