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2021.12.20

埼玉唯一の「森林セラピー基地」季節の移ろいを北本自然観察公園で体感【北本奥の細道】

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子どもの頃に森林や野原を駆け回っていた人でも、成長するにつれ自然に触れる機会が減ることが多いでしょう。しかしたまには緑を眺めたくなることもありますよね。そんな時は、東京の都心部から電車に揺られて1時間程度の埼玉県北本市へ足を延ばすことをおすすめします。
JR北本駅西口からバスで15分程度、最寄りのバス停から公園正門まで徒歩1分の北本自然観察公園は、様々な動植物が生息しているばかりでなく、埼玉県で唯一「森林セラピー基地」に認定された場所でもあります。今回は、そんな北本自然観察公園の魅力をご紹介します。

赤で囲んでいるのが今回訪ねた主な場所です。全体図はこちら

北本自然観察公園ってどんな場所?
雑木林と草原と湿地があり、きれいな湧水が流れる公園

北本自然観察公園に入ったら、まず園内の「埼玉県自然学習センター」に足を運ぶのがおすすめです。こちらでは公園の自然や生態系について学ぶことができ、季節ごとの観察のポイントも解説されているので、散策を楽しむヒントになります。またセンター内には展示室や展望室、図書スペースもあるので、歩き疲れた時に一休みするのにもちょうどいい場所です。

北本自然観察公園の入り口。門の外からも溢れんばかりの緑が見えますね。

北本自然観察公園は、もともと国立農事試験場に隣接する谷津(やつ)※でしたが、試験場跡地に北里メディカルセンター病院が建設されると、ここを自然公園として整備し、1994年にオープンしました。この公園は面積約30ヘクタールと、およそ東京ドーム6.4個分に該当する広さを誇り、雑木林や草原や湿地、きれいな湧水などの豊かな自然の姿を見ることができます。

谷津…台地や丘陵地などが浸食されて形成された谷状の地形のことで、谷・谷戸・谷地などとも呼ばれる。東日本の台地・丘陵地で多く見られる。

湿地の水は澄み渡り、青い空が映りこんでいました。

園内には、北本市の天然記念物「エドヒガンザクラ」の巨木があったのですが、残念ながら2019年の台風19号によって倒伏してしまいました。しかし残った部分から枝が伸び、2020年から春には花を咲かせています。倒れた木を見ると細い枝がいくつも伸びていて、強靭な生命力を感じました。現在、春先の花芽をバイオで培養し、育った苗をここに植えるという計画を進めているそうです。

倒れる前は見事な巨木だったことが偲ばれる、エドヒガンザクラの倒木。輪切りにする話もあったそうですが、生態系への影響を観察していくという意味でもそのままにしたとのこと。枝がいくつも生えています。

園内の多様な生態系
ホタルやカワセミ、トンボたちが飛び交う楽園

北本自然観察公園では、夏の夜にヘイケボタルが姿を現し、幻想的な光景を見せてくれます。そのため近年では、遠くから見学に来る人も増えました。

ヘイケボタルの光の軌跡。黄緑ががかった鮮やかな色が幻想的ですね。ヘイケボタルはゲンジボタルよりも小ぶりで光り方も異なります。なお、北本自然観察公園で鑑賞できるホタルは、すべてヘイケボタルです。

この公園にはホタル以外にも、青い衣のルリビタキが飛来したり、「飛ぶ宝石」とも形容されるカワセミが巣をつくる年があったりと、普段あまり目にしない生きものたちもしばしば出現するとのことです。ちなみに、北本市では市制50周年を記念し、市の昆虫にヘイケボタル、野鳥にカワセミが選ばれたとのこと。

「美しい鳥コンテスト」があれば、間違いなく上位に入るであろうカワセミ。凛とした佇まいです。出会えたら、とてもラッキーですね。

ホタルやカワセミといったスターばかりではなく、身近な動植物たちも魅力的です。園内には「とんぼ池」「めだかのT字路」「かわせみ池」など、生きものに由来する地名がところどころに登場するので、該当の場所についたら生きものたちを探してみるのも楽しいですね。

鮮やかな色味のアキアカネ。「赤トンボ」といってまっさきに思い浮かぶアキアカネは、秋の季語でもあります。

湿地には、今や絶滅危惧種になってしまったメダカの姿も。園内にはミナミメダカが生息しており、よく目を凝らすと半分透き通った小さな姿を見ることができます。
水面をすいすいと進むアメンボは、表面張力で水に浮かぶ足先が、大きな丸い影をつくります。アメンボの影は角度によっては幾何学模様にも見えて、とてもユニークです。

アメンボの影にご注目。幾何学模様が面白いですね。こちらは流水性の珍しいシマアメンボで、園内ではこの他に色々なアメンボが見られるそうです。

草原を歩くと、花と実りの季節が過ぎたツルマメの姿もありました。茶色く乾燥したツルマメはくるくると捻じれており、人の手による工芸品のようにも見えます。ツルマメは豆が大きくなって熟すると、パチパチという音をたてて鞘からはじけます。豆は縄文人も食べており、味は枝豆そっくりでおいしいとのことです。

花と実りの季節が過ぎたツルマメ。縄文人が食したという豆を、いつか味見してみたいですね。

園内の生きものは季節を反映しており、黄色く色づきはじめたクヌギの葉などで秋の到来を感じます。なお、クヌギは雑木林の中では一般的な木で、葉が細長くて縁が針のように尖っており、幹が黒っぽくてごつごつしているのが特徴です。

クヌギの木。尖った葉は黄色く色づいていました。

こちらはコナラの実。同じドングリでも、クヌギの実が丸いのに対し、コナラの実は細長い形です。帽子の部分は殻斗(かくと)というそうで、コナラの殻斗はベレー帽に似ていますね。

赤いヤブコウジの実や青いリュウノヒゲの実を見られるのも秋や冬ならでは。それぞれ宝石のカーネリアンやラピスラズリにも似た鮮やかなカラーリングです。誰かがデザインしているわけでもないのに、自然の中にはこれほど美しい色があるのだと驚嘆させられます。

濃緑の葉と真っ赤な実のコントラストがおしゃれなヤブコウジは、『万葉集』の中で山橘(ヤマタチバナ)の名で詠まれています。お正月飾りとしてもお馴染みですね。

リュウノヒゲ。鮮やかな瑠璃色の実は、「龍の玉」として冬の季語になっています。

雑木林では鳥たちの声が響き、中にはウグイスの「チャッチャッチャッ」という鳴き声も。有名な「ホーホケキョ」という声は、春の繁殖期のオスによる「さえずり」で、「チャッ」という短い声は、年間を通して聞くことができる「地鳴き」(通常の鳴き声)です。ウグイスは笹藪や茂みなどの暗い場所を好み、彼らの地鳴きは特別に「笹鳴き」という雅な名前がついています。鳥の声で季節の移り変わりを感じられるとは風流ですね。
なお、園内ではメジロやシジュウカラ、ジョウビタキ、ヤマガラといった手のひらサイズのかわいらしい小鳥たちのほか、アオサギやトビなどの大きな鳥も雄大な姿を見せてくれます。

実は、こちらの湿地の写真のどこかにアオサギがいます。

木漏れ日の光や土のにおい、鳥の声や水のせせらぎ
歩いているだけでリフレッシュできる環境

園内を歩いていると気持ちが穏やかになり、たくさん歩いているにもかかわらず、あまり疲れないように感じました。それもそのはず、北本自然観察公園は、2019年に森林浴効果がある森として、埼玉県で初めて「森林セラピー基地」※に認定されており、リラックス効果は科学的にも実証されているのです。なお、埼玉県内で「森林セラピー基地」に認定されているのはここだけです。

見渡す限りの豊かな緑。空気もおいしく感じました。

森林セラピー基地…森林セラピー(科学的な裏付けがある森林浴のこと)に適した道として認定された「森林セラピーロード」が2本以上あり、健康増進やリラックスを目的とした包括的なプログラムを提供している地域を指す。なお、基地として認定を受ける際は、心拍変動性(HRV)や血圧・脈拍数、ストレス度の評価などを実験し、結果を踏まえて審査される。

園内の道を歩いていると、視覚や嗅覚、聴覚などの感覚も鋭くなるように思いました。木漏れ日の光やみずみずしい植物の色、しっとりとした土のにおい、鳥の声や落ち葉の音、湧水のせせらぎなどは、鼻や耳への滋養たっぷりのごちそうです。せわしない日常に疲れたら、この公園に来ると元気になれるでしょう。

赤と紺の色味が鮮やかなクサギ。葉のにおいからこの名がついたそうですが、嗅いでみたところ、ゴムに似た不思議な匂いがしました。自然に近づく体験ができるのも、この公園ならでは。

北本自然観察公園は、森林浴でリラックスでき、昆虫や植物などを観察できる場所です。行きかう人々は、散歩をしたり、絵を描いたり、バードウォッチングをしたりと、様々な楽しみ方をしていました。
園内では絶滅危惧種の動植物たちものびのびとした姿を見せてくれますが、それは湧水などの水がきれいで豊かな生態系が保たれているためです。この公園は、人がリラックスできる環境と他の生きものがリラックスできる環境が結びついている、貴重な場所なのです。
都心に比較的近く、大人も子どももそれぞれの体験ができ、生きものたちの命を守っている北本自然観察公園に、ぜひ足を運んでいただければと思います。

こちらはタコノアシ。名前の由来は、赤い実をつけた姿がタコの足に似ているから。ユニークな植物ですが、実は絶滅が危惧されているそうです。こうした生きものが住める環境を大切にしたいですね。

北本自然観察公園・埼玉県自然学習センター 基本情報
住所:北本市荒井5-200
電話番号:048-593-2891
アクセス:JR北本駅西口から北里大学メディカルセンター行きバスで15分、「自然観察公園前」バス停下車、センターまで徒歩3分
料金・営業時間・休日:見学無料
北本自然観察公園・埼玉県自然学習センター トップページ
北本市公式HPより

取材協力:磯野治司(埼玉県北本市役所 市長公室長)

「連載 北本奥の細道」

第一回 東京へ向かうのになぜ“下り”?埼玉県北本市「中山道」謎を紐解くぶらり旅
第二回 0歳の赤ちゃんが富士山にのぼる?江戸時代から続く初山参りと浅間山信仰
第三回 武蔵国を駆け抜けた鴻巣七騎とは?岩付太田氏と家臣団をつなぐ岩槻街道を歩く
第四回 塩(しょう)がなかったら高尾へ行け。関東ローム層、大宮台地の最高地点はここだ
第五回 源範頼は伊豆を逃れて生き延びた?日本五大桜「石戸蒲ザクラ」伝説
第六回 縄文SDGs!?タイムカプセル遺跡は語る「コメがなくても、ナッツと果実があるさ」
第七回 北本自然観察公園は生きものたちの楽園!鳥の声や黄葉で季節の移り変わりを体感

書いた人

哲学科出身の美術・ITライター兼エンジニア。大島渚やデヴィッド・リンチ、埴谷雄高や飛浩隆、サミュエル・R.ディレイニーなどを愛好。アートは日本画や茶道の他、現代アートや写真、建築などが好き。好きなものに傾向がなくてもいいよねと思う今日この頃、休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。