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2021.11.23

縄文SDGs!?タイムカプセル遺跡は語る「コメがなくても、ナッツと果実があるさ」【北本奥の細道】

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5,000年の時をさかのぼるみたいな、縄文銀座ぶらり旅。
今回は東京から電車で1時間弱の場所にある、埼玉県北本市の縄文遺跡へ。北本出身の和樂webスタッフとま子さんとともに、縄文のタイムカプセルといわれるデーノタメ遺跡と、巫女土偶が出土したパワースポット高尾氷川神社周辺を歩きます。

まるでタイムスリップみたい! 楽しみ♡

東京から一番近い “縄文銀座” 北本市

大宮台地の高台に位置している北本市は、たくさんの縄文遺跡が密集している“縄文銀座”。荒川が近く、湧水(ゆうすい)も多くて、豊かな水に恵まれていたので、きっと縄文時代から暮らしやすい土地だったのでしょう。

水は、豊かな緑も育みます。縄文人の狩猟と採集の場だった森林。市内には今も湿地を中心とした緑地や多くの雑木林が保存されていて、貴重な動植物たちの楽園となっています。

今回訪れるデーノタメ遺跡も、北本の豊かな雑木林とともに守られてきました。写真は芽吹き頃のデーノタメの森
縄文時代の恵みが、今も受け継がれているのですね。

特別公開!デーノタメ遺跡を歩く

100年に1度の大発見といわれているデーノタメ遺跡は、北本の下石戸というエリアにある、大きな雑木林の下に眠っています。普段は立ち入りができませんが、特別に許可を得て見学させていただきました。

雑木林に足を踏み入れると、やわらかな土に足の跡がつきます。人が踏みしめた道はありません。すぐ近くに住宅地があるはずですが、鳥のさえずりが聞こえるだけ。
生い茂る草木の間に、ときどきぽっかりと開けた場所があるのが、発掘調査のあとです。縄文時代にはここにたくさんの竪穴式住居が並ぶ、大きな集落がありました。

森の西側には縄文時代中期(約5,000年前)の環状集落があり、その規模は南北210mと関東最大級です。東側には縄文時代後期(約4,000年前)の集落があり、約1,500年もの長期間にわたってここに集落があったことがわかります
北本市教育委員会『デーノタメ遺跡の世界』より

発見された竪穴式住居には、中央の炉の跡に土器が据えられていました。土器を作って煮炊きをはじめた縄文時代の人々は、どんな食生活を送っていたのでしょう 
北本市公式サイト『デーノタメ遺跡総括報告書 写真図版2(図版22)』より

デーノタメ遺跡がある雑木林には、ドングリやクリの実があちこちに。野生のヤマグリなので、小粒です。たしか縄文人も森で狩りをしたり、木の実を拾ったりして暮らしていたのでしたよね
宝さがしみたいで楽しそう!

低湿地から見つかったタイムカプセル

デーノタメ遺跡で発見されたのは、環状集落だけではありません。遺跡の名前の由来にもなった水辺の低湿地からは、驚くような大発見がありました。

低湿地の発掘調査風景。ここには昭和40年代半ばまで、地元の人がデーノタメと呼ぶ池がありました 
北本市公式サイト『デーノタメ遺跡総括報告書 写真図版5』より

低湿地の泥が空気や微生物を遮断して天然のタイムカプセルとなり、約5,000年も前の人々が食べたクリやクルミの殻が腐敗することなく、漆塗りの土器は鮮やかな色のままで出土したのです。

黒漆をベースに、ヘラや刷毛のような道具で赤漆を施した漆塗土器のかけら 
北本市公式サイト『デーノタメ遺跡総括報告書 写真図版7』より
縄文の人々の息遣いを感じる。まさにタイムカプセル!

縄文人はナッツとベリーがお好き?

遺跡から発見された遺物や、土壌の花粉を分析したところ、デーノタメ遺跡で暮らしていた人々はクルミやクリ、ナラガシワという大粒のドングリなどを好んで食べていたもよう。
集落の下の低地に生えていたハンノキを、クルミへと植え替えた形跡もありました。水辺にはトチの実を水にさらすための木組が作られ、丁寧にアク抜きをして利用していたことがわかっています。

約5,000年前のクリ 北本市公式サイト『デーノタメ遺跡総括報告書 写真図版7』より

また、甘酸っぱいベリー類を絞ったカスも見つかっているとのこと。もしかしたら北本の縄文人はナッツを食べながら、果実酒を飲んでいたのかもしれません。

おっしゃれ~!

土器からは、大豆や小豆のあとも見つかっています。しかも野生のものよりも大粒で、人が栽培をすることによって大きな豆になっていったと考えられているのだそう。

北本の縄文人が食べていた、ヒメコウゾ(写真左)やヤマグワ(写真右)などの甘酸っぱい果実

縄文時代の食生活って、思っていたよりもバラエティ豊か。コメはまだ登場していませんが、畑作の兆しがしっかりと見えます。

ゴミ捨て場じゃないの?「クルミ塚」

また、低湿地からはクルミの殻がまとまって大量に見つかっています。「クルミ塚」といって、単なるゴミ捨て場ではないのです。祭祀の道具であるクルミ形土製品が出土していることから、森の恵みに感謝して、また来年も大きなクルミが採れますようにと祈りを捧げていたのではないでしょうか。

直径5センチほどもあるクルミ形土製品 北本市教育委員会「デーノタメ通信 vol.3」より

縄文時代の人々の心には、もう神様がいたのでしょうか?
北本随一のパワースポットで、縄文人の精神世界をのぞいてみましょう。

縄文のパワースポット 高尾宮岡

やってきたのは北本市の北西部にある、高尾宮岡というエリアです。とても美しく貴重な自然が残されている景観地としても有名なところ。その要となるのはコンコンと湧き出す水が台地を削って作った、谷津と呼ばれる低湿地です。
谷津を見下ろす高台に、縄文時代後期~晩期(約3,000年前)の遺跡があるのですが……。

水源を守る高尾氷川神社

そこはちょうど谷津の水源にあたる場所。平安時代創建の古社、高尾氷川神社が鎮座している場所でもあります。すぐ隣には厳島神社(弁天社)、向かいには須賀神社と神社が集中しているかなりのパワースポット。神様同士でケンカになったりしないのか、ちょっと気になるくらいです。

高尾氷川神社は平安時代の869(貞観11)年創建と伝えられる古社。辺り一帯に縄文時代の遺跡があります

「きたもっちゃん(仮)」も祈ってた

しかもここは、約3,000年の昔からずっと祈りの場所でした。高尾氷川神社周辺の縄文遺跡(宮岡氷川神社前遺跡)からは、巫女土偶の「きたもっちゃん(仮)」をはじめ、土製耳飾(ピアス)、土版、石剣、ヒスイ製小玉など、祭祀の道具がたくさん出土しています。

宮岡氷川神社前遺跡の発掘調査風景 北本市教育委員会『きたもとの縄文世界』より

いろいろな土製の耳飾(ピアス)。耳たぶにピアスホールを開けて、最初は小さなものから順に大きなものへと装着していったと考えられています 北本市教育委員会『きたもとの縄文世界』より

透かし彫りに朱を塗った土製の耳飾は、径3.8センチ。もっと大きな径7.7センチもある耳飾も見つかりました 北本市教育委員会『きたもとの縄文世界』より

縄文時代の人々はこうした道具を用いて、自然そのものに祈っていたのでしょうか。神様がいたとしたら、どんな姿をしていたのでしょう。縄文時代には謎が多くて、興味が尽きません。

それに縄文時代から現在まで、ずっと同じ場所で祈っていたなんて。
縄文人の暮らしや精神世界というのは思っていたよりもずっと、今の私たちの暮らしに影響しているのかもしれません。

巫女土偶の「きたもっちゃん(仮)」。土偶の体の一部が欠けているのは、病気やケガの治癒を祈ったのでしょうか 北本市教育委員会『きたもとの縄文世界』より
この姿、娘が生まれた瞬間を思い出しました!

自然と共に生きる、縄文サスティナブル

縄文時代にはまだ、支配者や権力者が登場していません。だから人々は、そこにある自然の恵みを大切に、仲間と分け合って暮らしていました。それって今、私たちが目指しているサスティナブルな社会にも、通じる部分があるのかも。

現代の私たちは、ものに溢れすぎているのかも。

甦るか、デーノタメ遺跡

縄文遺跡は全国に9万カ所も登録されていますが、そのほとんどは土の中。でも、そのまま保存しておくことができれば、技術の進歩とともに明らかになることがたくさんあると考えられています。

デーノタメ遺跡では、2000(平成12)年の第1次発掘調査から、これまでに4回の発掘調査が行われてきました。タイムカプセルのような低湿地遺跡が見つかったのは、2008(平成20)年の第4次発掘調査でのこと。しかし、デーノタメ遺跡がある土地は、公共事業の予定地だったのです。

現在のデーノタメ遺跡(2021年10月撮影)。ここには大きな道路が作られる計画があり、市ではその計画の見直しをすすめています

遺跡をこのまま残すべきか、記録を残したうえで予定していた工事を進めるべきか、長い間意見がまとまることはありませんでした。
けれども2020年、正式に日本考古学協会から「国指定遺跡を目指してほしい」という要望書が届いたことを受けて、北本市はデーノタメ遺跡の保存へと大きく舵を切ることになりました。

もしかしたら遠くない未来、デーノタメ遺跡は史跡公園のように整備されて、誰でも見学ができる場所になるかもしれません。甦ったデーノタメの水辺に人が集まって、そこはきっと人と自然とが共生する、心地のよい空間になることでしょう。

赤で囲んでいるのが今回訪ねた場所です。全体図はこちら
*デーノタメ遺跡は現在、一般公開はされていません

高尾氷川神社 基本情報
住所:北本市高尾7-31
電話番号:048-592-0821(高尾氷川神社)
アクセス:JR北本駅西口から衛生研究所・荒川荘行きバスで4分、「石戸三丁目」バス停下車、徒歩5分
拝観自由

取材・写真協力:磯野治司(埼玉県北本市役所 市長公室長)

「連載 北本奥の細道」

第一回 東京へ向かうのになぜ“下り”?埼玉県北本市「中山道」謎を紐解くぶらり旅
第二回 0歳の赤ちゃんが富士山にのぼる?江戸時代から続く初山参りと浅間山信仰
第三回 武蔵国を駆け抜けた鴻巣七騎とは?岩付太田氏と家臣団をつなぐ岩槻街道を歩く
第四回 塩(しょう)がなかったら高尾へ行け。関東ローム層、大宮台地の最高地点はここだ
第五回 源範頼は伊豆を逃れて生き延びた?日本五大桜「石戸蒲ザクラ」伝説
第六回 縄文SDGs!?タイムカプセル遺跡は語る「コメがなくても、ナッツと果実があるさ」

書いた人

岩手生まれ、埼玉在住。書店アルバイト、足袋靴下メーカー営業事務、小学校の通知表ソフトのユーザー対応などを経て、Web編集&ライター業へ。趣味は茶の湯と少女マンガ、好きな言葉は「くう ねる あそぶ」。30代は子育てに身も心も捧げたが、40代はもう捧げきれないと自分自身へIターンを計画中。