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2022.05.17

将軍に愛されなかったら一生禁欲?「大奥」禁断の恋愛と大スキャンダル

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江戸城の大奥に勤めていた奥女中は、将軍のお手が付こうが付くまいが、ほかの男性との恋愛なんてもってのほか。ちょっとした外出さえ自由にはできませんでした。
一方で当時の江戸は女よりも男の人口が多い、男余りです。「お城には欲求不満の女が大勢いるのに、もったいねえ!」と叫んだかどうか、江戸っ子たちが妄想半ばで噂の種にしたのが、奥女中たちが身を焦がした禁断の恋でした。そのお相手と、驚きの密会事情とは?

「そもそも大奥ってどんなところ?」という方は、まずはこちらの記事をチェック↓↓

大奥での性行為は見張り付き!?徳川幕府を支えた“女たちの最前線”を3分で解説

お風呂も一緒、寝るのも一緒……はダメよ、職場恋愛の禁止

女ばかりの大奥で当り前のようにあっただろうと噂されていたのが、職場恋愛。つまり奥女中同士の恋です。住み込みですから、朝から夜までずーっと一緒。そりゃ恋のひとつも芽生えるでしょう。
仕事が終われば、夜は合い床。ひとつお布団にもぐってイチャイチャできたらいいけれど、御年寄(おとしより)などの重役でもなければ、奥女中は相部屋で寝起きするのが基本です。人の目が気になりそう。

恋仲になった奥女中同士がふたりきりになりやすかったと思われる場所に、お風呂があります。奥女中のお給料は米、衣装代、お風呂を沸かすための薪(湯の木)、灯火に使う油などで支給されたので「薪を節約するため」という建前で一緒にお風呂に入ったというわけ。合い風呂に隠れて、こっそりと肌を合わせていたのかもしれません。

そんな妄想は江戸時代の男性もしていたようで、葛飾北斎も春画として描いていました!

「好色なことをするな」と大奥女中誓詞

奥女中が大奥に入るときに誓う、いわゆる『大奥女中誓詞』には「後ろ暗いことはするな」「陰口で人の中をさくな」といった項目があり、内容の曖昧さがかえって抑止力になったといわれています。将軍のお世継ぎを設けるための大奥なのに「好色がましいことをするな」という項目もあって、どうやらこれには合い床合い風呂での奥女中同士の色事を戒める意味もあったよう。

一、好色がましき儀は申すに及ばず、宿下がりの時分も物見遊山へまいるまじき事

『大奥女中誓詞』より抜粋

禁止されると、かえって…ねぇ。

奥女中も愛用した「四ツ目屋道具」とは

さて、奥勤めの恋人たちがひいきにしていた……かもしれないのが、江戸の両国にあった四ツ目屋(よつめや)という小間物屋さん。男性器を模した張形(はりがた)などの、いわゆる大人のおもちゃを扱っていたお店です。
当時のそれは水牛の角やべっ甲素材ですから、高給取りだった奥女中がお得意さんだったというのはうなずける話。女性ふたりが同時に使える互形(たがいがた)という商品まであったりして、江戸のアダルトショップはなかなかに品ぞろえが豊富でした。

人目をはばかる四ツ目屋でのお買い物は、通販なら「箱に入れて封をしてお届けします」という配慮がにくい
江戸買物独案内(国立国会図書館デジタルコレクションより)
お客の心をわかってる~!

上級の奥女中は御宰(ごさい)という下働きの男性を雇っていて、プライベートなお使いを頼むことができました。同じ値段なら大きいサイズのほうを、と頼んだとかどうとか「四ツ目屋道具を愛用する奥女中」は川柳や落語にもよく登場するネタです。江戸っ子たちがおもしろおかしく想像力を働かせた創作ではありますが、女性にも性的な欲求があって当然、満たされるべきものと江戸時代にあっけらかんと語られているのが、ちょっとおもしろいところ。

しかしその欲求に火がついて、大きな事件になったこともありました。

役者と密会。大スキャンダルは「推し活」から始まった!?

江戸時代に大ブームとなった娯楽といえば、歌舞伎や浄瑠璃などの芝居です。巷の女性がこぞって夢中になったのが、舞台で活躍していたスター役者たち。
浮世絵の定番だった役者絵を眺めてうっとり……なんていうのは序の口で、着物やかんざしなどの小物に推しの紋(家や個人を判別する模様)を入れたり、舞台衣装と同じ柄の着物をあつらえたりするのも流行ったそう。「推し活」って、江戸時代からあったんですね。
本人に会えた暁には、手ぬぐいなどに一句書き付けてもらって後生大事にしたとか。今も昔も、推しへの愛は尊い!

芝居のパンフレットのようなものを手にして、うきうきとした表情の女性。髪型からどうやら奥女中らしいとわかります 
二十四好今様美人 芝居好(国立国会図書館デジタルコレクションより)
ちなみに江戸時代の芝居小屋は、朝6時頃からオープンしたそうです。早いッ!!

「代参」にかくれて奥女中も芝居見物へ

江戸っ子たちの役者熱はやがて大奥にも蔓延。御目見え以下といわれる下級の奥女中や、奥女中が私的に雇っていた部屋子という雑用係は、宿下がりといってときどき実家に帰ることができたので、芝居小屋では休暇中の奥女中をターゲットにした演目を打つこともありました。

けれども上級の奥女中は一生奉公が原則で、基本的に宿下がりはできません。彼女たちにとって貴重な外出の機会となっていたのが、代参です。代参というのは歴代将軍の忌日などに御台所(将軍の正室)に代わって奥女中が寺に参詣することで、その帰りには芝居小屋に寄ることも黙認されていたのだそう。

2階の桟敷席を予約して、仕出しを食べながら芝居見物をしていく奥女中は、興行する側にとっては上客です。舞台の後で役者が挨拶に訪れることもあったでしょう。そのまま秘密の逢瀬へと発展することも……。
役者にとってはもしかしたら接待の一環で、いわば疑似恋愛かもしれません。でも、男女の心のうちなんて誰にもわからないものですよね。

仕組まれたスキャンダル「絵島生島事件」

1714(正徳4)年の「絵島生島(えじまいくしま)事件」で失脚した絵島(江島とも)は、7代将軍徳川家継(いえつぐ)の母、月光院(げっこういん)に仕えて、奥女中の実質的なトップである御年寄まで出世をした女性です。
増上寺へ代参した後に大勢の奥女中を従えて派手に芝居見物をしたこと、人気役者の生島新五郎(いくしましんごろう)と密通したことを咎められて、信州(長野)の高遠(たかとお)へ流罪となりました。

生島新五郎との関係については最後まで黙秘を通したと伝えられていますが、そもそも密通などしていなかったという見方もあります。
この事件では絵島に同行していた奥女中に限らず、江戸城の役人など総勢1,500人もが処罰されているのがきな臭いところ。当時、力を伸ばしていた月光院派を一掃しようとする、政治的に仕組まれた事件だったのです。

くつろいだ姿で奥女中らしき女性と過ごしている生島新五郎
新撰東錦絵・生嶋新五郎之話(国立国会図書館デジタルコレクションより)
恋愛スキャンダルは真偽を確かめるのも難しいですもんね……。

長持に隠れて大奥を抜け出し……僧との禁断愛

芝居見物のきっかけになった寺院への代参そのものも、奥女中の恋の舞台となりました。寺院によってはわざわざ食事の膳を若い僧に運ばせて、代参に訪れた奥女中たちを手厚くもてなしたのです。いわば出会いのセッティング。街コンならぬ、寺コンでしょうか。

宗派にもよりますが女性と性的な関係を結んだ僧侶は女犯(にょぼん)の罪に問われた時代のこと。僧侶と奥女中の恋は、お互いに禁を犯した関係です。秘密の逢瀬がどのように行われていたかというと、奥女中が長持(ながもち)という大きな箱に入って、寺でお払いをしてもらう人形に扮して会いに行っていたという噂も。

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イケメン僧侶・日道が関係を持った女性の数、なんと59人⁉︎「寺社奉公24時」事件ファイル

美僧接待疑惑の「中山智泉院事件・鼠山感応寺事件」

中山智泉院(なかやまちせんいん)と鼠山感応寺(ねずみやまかんのうじ)はいずれも、11代将軍徳川家斉(いえなり)が支持していた日蓮宗の寺院です。1841(天保12)年に家斉が亡くなると、すぐに取り壊されて住職らが処分される事件になりました。

どちらの寺院も奥女中たちが熱心に参詣に訪れていて、若い美僧をそろえて接待をさせていると人々の噂になっていたのです。背景には家斉の側室として大奥で権力をふるっていたお美代(みよ)の方が、親族を住職などの要職につけた上で、上野寛永寺や芝増上寺のような将軍の菩提寺となることを狙っていたようです。

天保の改革を行った時の老中水野忠邦(みずのただくに)らによって寺は廃されたものの、幕府の威信を保つためか大奥の関与はうやむやにされ、奥女中が処罰されることはありませんでした。

奥女中は欲求不満だったから、禁じられた関係におぼれたって?

政治と色(性)とが複雑に渦巻く江戸城・大奥で働いていた、大勢の奥女中たち。

上級の奥女中は結婚するまでの腰掛け奉公が多かった下級の奥女中とは違って、一生奉公を覚悟していました。御目見え以上の幕臣の家に生まれながら、家族にも自由に会えないことを納得して奉公に出るのですから、何らかの苦しい事情があったとしても不思議ではありません。お金に困っていたのかもしれないし、嫌な結婚相手から逃げたかったのかも。

見とれるような役者や僧に接待をされて、中には愛欲におぼれた奥女中もいたのでしょう。でも、諦めていた恋に出会って、ただ落ちてしまったのだとしたら? それが仕組まれた恋でも、ほんの火遊びのつもりが火事になっても、恋は思惑の外。

恋は「落ちる」ものですもんね。

参考書籍:
大奥101の謎(河出書房新社)
江戸城大奥ガイドブック(新人物往来社)
女の世の中 鳶江戸ばなし3(河出文庫)
御殿女中(青蛙房)
男と女の江戸川柳(平凡社新書)

▼気になる!!参考文献はこちら

新書717男と女の江戸川柳 (平凡社新書)

書いた人

岩手生まれ、埼玉在住。書店アルバイト、足袋靴下メーカー営業事務、小学校の通知表ソフトのユーザー対応などを経て、Web編集&ライター業へ。趣味は茶の湯と少女マンガ、好きな言葉は「くう ねる あそぶ」。30代は子育てに身も心も捧げたが、40代はもう捧げきれないと自分自身へIターンを計画中。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。