Craftsmanship

2023.04.28

彫金によって”命を刻み起こす”。金工作家・吉田泰一郎が生み出すポケモンたち

2023年6月11日(日)まで国立工芸館(金沢市)で開催中の「ポケモン×工芸展 美とわざの大発見」。日本を代表するさまざまな工芸作家が、ポケモンの世界観をそれぞれの作品に表現しています。 世界に誇る日本の技が、ポケモンたちと起こす化学反応はどのようなものなのでしょうか。そして作家たちはそこに何を表現しようとしたのでしょうか。 出品した20人の作家、72作品の中から、ここでは金工作家・吉田泰一郎さんとその作品を紹介します。

「生き物」としての存在感

「ポケモンたちが実際に生活の中にいたら僕らはどんなふうに感じるのか、彼らの『存在』を確かに感じさせる作品を作りたいと思ったんです」

東京都荒川区。住宅街の一画にある民家を改造したアトリエには、作品のスケッチとともに大きな銅板やガスバーナー、ハンマーや鏨(たがね)などが並びます。

「銅板を鏨で打ち抜いて小さなパーツをつくり、それらを理想の形になるように型に押し当てて打ち出します。そうしてできたパーツを着色し、一つずつ重ねていくことでモチーフ全体をかたちづくっていくので、手間がかかる仕事だと、自分でも思います」

金工作家・吉田泰一郎さん。ハンマーは重く、鏨で銅板を打ち抜く作業はかなりの重労働。

そう言って笑う吉田さんの立体作品の特徴は、金属を多彩な形や色に加工する日本の伝統技法「彫金」を駆使し、極限まで緻密に形成された金属のパーツの組み合わせから生まれる、動物たちの躍動感でしょう。「生き物」としての存在感を確かにまといながらも、その存在感が数ミリから数センチの繊細な金属片の組み合わせによって生み出されていることが、作品に不思議な佇まいを与えています。

吉田泰一郎作「シャワーズ」2022年

道具の制作から始まる作品づくり

こうした独自の技法を用いて、ポケモン×工芸展のために今回制作されたのは、「イーブイ」とその三つの進化形である「ブースター」「サンダース」「シャワーズ」の計4体。子供の頃、どの進化形を選ぶか頭を悩ませた、思い出深いポケモンだと吉田さんは語ります。

吉田泰一郎作「サンダース」2022年

イーブイ以外の3体はいずれも体長約1メートル以上。1体につき数千個から1万個以上に及ぶという金属パーツは、すべて大きな銅板を鏨(たがね)という金属の工具で打ち抜いたものです。吉田さんの作品づくりはいつも、この鏨を手づくりするところから始まるといいます。

「鏨は炭素鋼という硬い金属を削り出していて、大きい鏨だと一つつくるのに半日以上かかります。でも、この鏨づくりが何より楽しいんです。イーブイやサンダースなど、今回出展した4体を制作するために計80本ほどの鏨をつくりました。大変だったという感覚はなく、『こんなかたちのパーツがほしい』と試行錯誤しているうちに鏨の数も増えていったという感じですね」

ブースターをつくるために制作した鏨(たがね)の一つ。ポケモン工芸展で作品とともに展示されている。

大きな丸太に埋め込まれた座金の上に銅板を置き、大きなハンマーを打ち下ろす。すると鏨の形に銅板がくり抜かれます。よく見ると打ち抜かれた銅片には模様が。鏨で金属板を打ち抜いて加飾する技法は彫金の伝統技法ではありますが、打ち抜くと同時に多彩な模様を刻むこともできる吉田さんの鏨は非常に特殊なもので、機械をつかった大量生産ができません。

そのため、声をかけた学生たちの手も借りながら、一枚ずつ打ち出していきます。銅板はもともと畳1畳ほどの大きさ。4体の制作のためにそれらを50枚以上使用し、約1年をかけて数万個のパーツをつくっていきました。

サンダースのたてがみの一部。細い金属線を溶接し、それを生け花のように一つ一つ隙間なく差し込んでいくことでモチーフ全体をかたちづくっている。

世界唯一の技法を用いた瞳

打ち出した銅片は、さらに型に押し当てて立体感を出し、そこへ体に差し込んで固定するための細い金属線を一つずつ溶接。その後、着色していきます。たとえば、サンダースが持つ輝きは金メッキによるもの。メッキ液にプラスとマイナスの電極を入れ、その間に電流を流すと、銅板の表面に金属イオンの還元反応が生じ、金色の輝きを生み出すことができます。

一方、ブースターの肌の赤色は「緋銅」という技法によるもの。緋銅は江戸時代に発明されたとされる銅の着色技法で、磨いた銅を限界まで熱し、適切なタイミングでホウ砂水溶液の中で急冷することで、銅本来が持つ特殊な緋色の被膜をつくりあげています。
また、シャワーズの青は、銅片を特殊な水溶液に漬けて化学反応を起こし、錆の一種である緑青によって鮮やかな青を発色させているのだそう。

緋銅は、江戸時代前後に発明されたとされる伝統技法。バーナーで数秒熱した後、急速に冷却することで鮮やかな緋色が生まれる。

サンダースの電気、ブースターの炎、シャワーズの水、というそれぞれの特徴が、着色の技法にも反映されていることに、吉田さんは「狙ったわけではありませんが、どうすればそれぞれの色を表現することができるかと考えた結果、自然にそれぞれの特徴が現れたのかもしれません」と話します。

吉田泰一郎作「ブースター」2022年。瞳の部分は七宝焼の技法による。

また、4体の瞳にも大きな特徴があります。円形の銅板の上に瞳孔をかたちづくり、その周りを七宝焼の技法でつくった色鮮やかな虹彩が囲む眼球は、半球状のガラスによって覆われています。ガラスに着色するのではなく、七宝焼で目をつくってガラスで覆うのは「瞳孔と虹彩の境界線をくっきりさせるため」。

こうした技法は七宝焼の世界にも存在せず、独自に研究を重ねて編み出したものだといいます。火・水・電気というそれぞれの属性、色合いを生かす虹彩が、潤いすら感じさせる瞳の奥で光ります。

作品の奥にある「深み」を求めて

吉田さんがこうした彫金の技法にたどり着いたのは、美術学科で彫刻を学んだ高校生活を経て、東京藝術大学に進み、同大大学院に在籍していたころのことでした。「彫金は、いわば金属を用いて何かを表面的に加飾する技法です。もしその『表面』だけを集めてモチーフ全体をかたちづくったらどんなものが生まれるのだろうと感じたのが、きっかけでした」。

東京藝術大学大学院時代に制作した作品。「このころは主に花のかたちのパーツによってモチーフをかたちづくっていました」。

当初は花をかたどった金属パーツで小動物などのモチーフを制作することが多かったといいます。そうした作品は徐々に人気を集め始めたものの、「かわいい」という言葉が評価の多くを占めていたことに対し、「作品への評価はもちろん自由ではあるけれど、かわいいの奥にある『深さ』のようなものをどうすれば伝えられるだろうと自問していました」と振り返ります。

作品の「深さ」。それは作品がまとう「余白のようなもの」だと吉田さんは考えます。動物たち——たとえば犬と戯れるとき「かまれるんじゃないか」と感じたり、近づいて観察してみると案外牙が鋭いことに気づいたりするように、実感や発見を通して築かれていく人間と作品の間の関係性こそ、モチーフに「余白」を与え、「深さ」をもたらすのではないか——。一つの作品を仕上げると「しばらくは何も手につかなくなってしまう」と語るほど、常に全身全霊で制作に取り組み続ける若き金工作家は、たぐり寄せた自身の中の答えをそのような言葉で語ります。

出展した作品の構想スケッチ。

金属片から生まれる命の精妙さ

今あらためて吉田さんの作品たちに目を凝らしてみましょう。サンダースのたてがみの輝き、ブースターの牙の鋭さ、シャワーズの瞳のきらめき。思わず目を瞠(みは)るそれらの精緻さ、そこから生まれる迫力は、動物の体を間近に観察したときに感じる命の精妙さ、あるいは生命の神秘にさえつながっているようにも感じられます。

微細かつ膨大な数の金属片によって表されているのは、すべての生命が持つ、人知を超えた精妙さなのかもしれません。だからこそ、金属という無機質な物質から成る架空の生き物でありながら、私たちはこのポケモンたちに生き物としての存在感を、生命としての深さを感じるのでしょう。

吉田さんは言います。「未加工の金属は、素材としての魅力を十分に発揮できていない状態。彫金の伝統技法は、そこに金属が本来持つ魅力を生み出し、引き出すもの。それはまるで生命を刻み出すような作業だと感じます」。金属の肌をまとったポケモンたちは今、若き金工作家の手によって生命を与えられ、確かにこの世界に「存在」しているのです。

(取材・文=安藤智郎 写真=篠原宏明 | Text by Tomoro Ando, Photo by Hiroaki Shinohara)

ポケモン×工芸展——美とわざの大発見——開催概要

会期 2023年3月21日(火・祝)〜6月11日(日)
場所 国立工芸館(石川県金沢市出羽町3-2)
休館日 月曜日(ただし5月1日は開館)、5月14日(日)
開館時間 午前9時30分-午後5時30分 
※入館時間は閉館30分前まで
※4月29日(土)~5月7日(日)は午後8時まで開館(入館時間は閉館30分前まで)
公式サイト https://kogei.pokemon.co.jp/

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和樂web編集部

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