Culture

2026.06.10

上から下から流しこまれる塩、塩、塩!江戸時代の罪人を震わせた塩漬けの刑とは?

前々から、これを超える残酷な刑はそうないだろう、と思っていたのがある。江戸時代に行われた「塩詰」である。口と肛門、ときにはえぐり出した目玉の穴から塩を詰めこみ、死体を塩漬けにするのだ。漬物みたいに人間を塩に漬けるなんて、とんでもない所業に思えるが江戸時代にはしばしば見られた。
いったいどんな罪を犯せば、塩漬けにされるのか。そもそも、なぜ塩なのか。大量の塩を詰めこまれた肉体は、どうなるのか。塩漬け死者が目を覚まさないように、すこしだけ記録を掘り起こしてみたい。

塩漬けの大塩平八郎

塩詰のことを知りたければ、塩漬けの死体を見たことのある人に話を聞くのが確実だ。そんな都合のいい史料が、幸運なことに、残されている。

代表的(?)な塩漬け死体のひとりが、大塩平八郎である。
江戸時代、飢饉があった。大阪でも大勢の人が苦しんでいた。この状況に、東町奉行所の元与力・大塩平八郎は救援を提言。しかし意見は受け入れられず、彼は私塾の門人や民衆たちと蜂起。その後、潜伏していたところをとり囲まれ、自ら火を放って自害した。
さて、彼の死体はその後、門弟たちの死骸と一緒に塩詰にされた。その後、重罪人として引きまわされ、磔にされた。まるで刑罰のフルコースである。

塩漬け死体も焼死体もこの目で見たことがないが、ただれて、ぐったりとした屍が引きまわされている様子には目をそむけたくなるようなおぞましさがある。大塩平八郎の死骸は無残なありさまで、どれが当人の死体かは判別できなかったらしい。
その名に「塩」とありながら、まさかほんとうに塩に苦しめられることになるとは本人も思わなかっただろうに。

江戸時代の随筆集『甲子夜話(かっしやわ)』に、大塩平八郎らの死体が刑場へ赴くのを見ていた相撲とりの証言がある。

「何(いず)れが平八かも分ち難く有しが、皆塩詰めの枯骸を早桶の中に入れて、腰より上見ゆる如くして、棒を以て二人して荷(かつ)ぎ行たり」

というのがその内容で、証言によれば塩漬けにされた屍は棺桶に入れられ、腰から上が聴衆によく見えるようにして刑場へ運ばれていったという。

「記事条例」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/2548890)

同時代の史料『記事条例』には、塩漬け死体は「御仕置場所」に運ばれたあとで手足を結わい付けられ、槍で数十回ほど突かれたともある。
大塩平八郎の屍も、そんなふうに槍で突かれたのだろうか。燃やし、塩漬けにし、磔にされ、つつかれる。こういう言いかたは大変失礼だけれど、まるで魚かなにかみたいだ。人間もまた肉の塊にすぎないということを、否応なしに思い出させる。

肛門から内臓を引き出された男

高橋作左衛門景保の死骸を塩漬けしている大瓶のようす
『蛮蕪子』
出典:国立公文書館デジタルアーカイブ
(https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/hatamotogokenin2/contents/photo.html?c=1&m=29&i=2)

文政十二(1829)年二月。小伝馬町の獄中で病死した高橋作左衛門景保(さくざえもんかげやす)は、塩漬けになった。
塩が詰められるまでは、順風満帆な人生だった。幕臣で天文学者。父親は伊能忠敬の天文学の師だった。才能と人脈に恵まれた人生だったが、海外への持ち出しが禁じられていた地図を提供したことで重罪人として逮捕される。
獄中で亡くなった高橋作左衛門景保もまた、塩詰にされた。その方法というのが、なんとも凄まじい。

まず、竹を細かく割って束ねた道具を肛門から挿入し、内臓を掻きだす。そして肛門と口から、お馴染みの塩を大量に詰めこむ。眼球をえぐり出し、その穴からも塩を詰める。高橋作左衛門景保の死体は、死から一年後、ようやく判決がくだったのち、葬られた。

重罪人は塩漬けにかぎる

「御定書百ヶ条」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/2937120/1/74)

ほかの死体たちのことも紹介しておく。なにせ罪人はたくさんいるし、よって塩漬け死体もたくさんあるのだ。

元禄十四(1701)年七月五日、不倫関係にあった女を殺した男の死骸が女の死骸もろとも塩漬けにされた後、磔にされた。
翌年八月、百両の借金を断られたことに逆上して友人を切りつけた男が足軽に叩き殺され、その後、塩詰。
宝永三(1706)年、女を殺して逃げていた藩士が自殺。その後、塩詰。
享保七(1722)年三月、乱心して主を切りつけ死亡させた女が塩詰。当時、主殺しは磔になるので、女も磔にされた。じつは事件の後、女は兄によって刺し殺されたが藩は許さず、死骸を「塩詰」にするように命じていた。

江戸時代の事件やうわさ話をまとめた『藤岡屋日記』にも、塩詰の記録がある。哀れな罪人の名は、米次郎。当時、二十四歳だった。
米次郎は煙草屋を営む養父母を殺害したのち、自ら首を吊った。家庭内の惨劇にもまして驚くのは、米次郎の死体が塩漬けされたこともそうなのだけど、死後一年半過ぎてからようやく磔の刑に処された(引きまわしのあとで)ということ。
一年半の塩漬けである。そんなに漬けておいて大丈夫なのだろうか。白菜の塩漬けだって一ヶ月もしたら傷むというのに。なんというか、その、内臓の状態とかが気になる。

とにかく主だろうが愛人だろうが親だろうが、人を殺せば塩詰、である。江戸時代、罪人は一年以内には必ず死ねる牢屋に入れられ、死体は塩に漬けられた。刑の宣告を受けるのは、死んでからだった。判決がでると、生きている罪人にするように刑が執行されたという。

戦慄の塩漬け死体

塩作りをしているようすを描いた絵
歌川広重「播磨國赤穂塩濱之図」
出典:東京都立図書館
(https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00233865)

もうこれで塩漬け死体は勘弁してほしい、という声が聞こえてきそうだけど本題はここからだ。わざわざ手の込んだことをするのには、ちゃんと理由がある。

天下の重罪人たちを塩に漬けたのは、いわば見せしめのためだ。そして、もうひとつ理由がある。それは、腐敗を遅らせるためだった。
幕府の検死役が到着するのを待っていたら、死体はどんどん腐っていく。死体をできるだけ良い状態で保存しておくのに、塩に漬けるのは好都合だった。とはいえ、たとえ塩漬けしたとしても夏の真っ盛りには腐乱していくのを止められなかっただろう。

塩漬けにするといってもキュウリや白菜を漬けるのとはわけがちがう。大きさも重さも、人間の場合はまるでちがうはずだ。それに、こんなにしょっちゅう漬けていたら塩がいくらあっても足りないのではないか。塩漬けする予定の死体はないけれど、作り方が気になる。

「死んだ肉」の保存方法

「死骸塩詰壱人分(ひとり分の塩詰め死体)」の分量は、以下のとおり。

屍一体に費やされる塩は七俵。お値段は銀五十六匁七分。塩漬けに使う大瓶は金一分二朱。これは牢屋敷から発注できる。塩漬けするには、塩と蓋つきの容器で、だいたい金一両以上かかるらしい。

なるほど。塩詰にはお金もかかるが、手間もかかるということか。

作り方は、いたって単純。まず、死体に塩を詰める。人体の穴の数は限られているので、人間に開いているいちばん大きな穴、口と肛門から大量の塩を詰めこんでいく。死体だけでなく瓶のなかにもみっちりと塩を詰める。
これが、塩詰が塩漬けと呼ばれる所以である。肉の中も外も、余すところなく塩に漬けなくてはいけない。想像しただけで大変な作業だ。
これで完成、と思いきや、漬けたあとにも、やるべきことが残されている。
ときどきは瓶の上の石をよけて、蓋を開け、中を確認しなくてはいけない。死体はたっぷりの塩に埋まっているから、なかを覗いただけでは状態までは分からない。
てっぺんの塩をさっさっと取り払う。死体の頭頂部がちらりと見える。すると黒々とした死体の髪の毛が出てくる。その下に埋まっているはずの、黒ずんだ皮膚も見えてくる。

塩を詰めこまれた肉体はどうなるか。
塩漬けされた死体を見たことのない人のために解説すると、まず内臓が腐る。やがて塩と混ざり、液体が瓶の底の穴から染み出る。すると死骸の中の塩が減ってくるので、塩を追加する。
こうして塩を足していくと、やがて死体は骨と皮ばかりの、固まった塩魚のようになる。臭気もない。

おわりに

ひと口に漬物といってもいろんな種類があるように、死体の塩漬けにも簡単なものから手の込んだものまでいろいろあると分かっていただけたと思う。
ちなみに死体の保存方法には塩のほかにも、砂糖や糠(ぬか)が使われることがあった。こうなると白菜の浅漬けではなく、ピクルスか糠漬けである。人間とはなんだろうか、と遠い目をしたくなる。
それについても詳しく紹介したいけれど、死体の話はいったんこれで終わり。書いていて、お腹がいっぱいになってしまったので。

【参考文献】
氏家幹人「大江戸残酷物語」洋泉社、2017年
「蛮蕪子」国立公文書館蔵
松浦静山、中村幸彦、中野三敏「甲子夜話続編・三」平凡社東洋文庫、1980年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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