文様の源となる、あるがままの自然
『幸福は日々の中に。』などのドキュメンタリー作品で注目を集めてきた茂木綾子を監督にむかえ、美の瞬間を丁寧に捉えた映像に、イギリス前衛音楽家であるフレッド・フリスが手掛ける美しい音が響き合う。
和紙に文様を手摺りする“唐紙”を継承してきた、創業400年を迎える京都の工房「唐長」の手仕事の現場から、本作は始まる。植物文、雲や星を表現した渦巻や波文が刻まれた板木に泥絵具や雲母をのせ、和紙に文様を写していく。この反復によって生み出される、息をのむ美しさ。
茂木綾子監督のカメラは、あるがままの自然(=フィシス)のかたち、動き、リズム、色合いを丁寧に映し出す。祭礼や寺社・茶事の空間に息づく文様をはじめ、イタリアの岩壁の線刻、古代ローマの聖堂を飾るモザイク、アイヌの暮らしに受け継がれる文様からは、時空を超えた繋がりと、源となる自然を辿ることができる。
学者、アーティストらの語る文様
芸術人類学者・鶴岡真弓は、インドやケルトなどユーラシア文明に共通する文様が京都の祭礼に用いられてきたこと、豊臣秀吉が北と南の文明が出会って生まれた動物文様の陣羽織を愛用していた史実などから、「文様の根源的な使命は、人々に生命力を与えること」と語る。
作中には、文様に様々な視点から携わる、多様な現代アーティストも出演。先述の「唐長」11代目を継承した千田堅吉は、日々の手仕事を 「主役はあくまでも文様。思いを入れてはいけない」と評している。エルメス家の6代目にあたり、エルメス・グループのアーティスティック・ディレクターを務めるピエール=アレクシィ・デュマは、「工芸によって形を変える行為は、混沌の中に宇宙を見出すこと」であると述べた。
さらに本作には、日本のテキスタイルデザイナー・皆川明、美術家の戸村浩らも出演。彼らのデザインや造形作品をはじめとしたアウトプットからは、自然への憧れや驚きをインスピレーションに創造する普遍的な楽しさと喜びを感じ取ることができる。
人々の暮らしと文様
加えて本作は、北海道アイヌの人々の暮らしにも迫っている。密やかに行われる儀式や山の神への祈りの映像は、人と自然、文様との関係性をよりクリアに浮きあがらせる。
文様の世界を巡るひろがりは、現代に生きる私達と、全人類の古層との希薄になってしまったつながりを思い出させてくれるとともに、誰もが等しく取り戻すべき感性の在りかたを示している。
作品概要
『フィシスの波文』
2023年/85分/日本/カラー・モノクロ/1.90:1/ステレオ
4月6日(土)よりシアターイメージフォーラムほか全国順次公開