寄席に通うのは、ツウの大人が多い。そんな固定観念を打ち砕く寄席があるのを知りました。大人は立ち入り禁止の、子どもだけが楽しむ『子どもだけ寄席』。一体どのようなものなのだろう? 気になって調べてみると、入ることが可能なのは子どもと落語家とニンジャだけらしい。随分と大人になってしまったし、今から入門しても間に合わない。ニンジャならもしや……。強く念じると、奇跡が起こってニンジャに変身!! いざ『子どもだけ寄席』へ潜入!
受付にはニンジャが一杯!!
今回の『子どもだけ寄席』の会場は、大阪市にある上方落語専門の寄席小屋・天満天神繁昌亭(てんまてんじんはんじょうてい)です。私と同じように黒装束のニンジャたちが、開場の準備をしていました。リーダーとおぼしき赤い仮面をつけたニンジャから、「好きなニンジャの名前を書いて」と言われたので、『ミーハーニンジャ』と名札にマジックで書いて胸につけました。そうか、私は今日はこの名前なんだと身が引き締まる思いです。
先輩ニンジャに聞くと、『子どもだけ寄席』を楽しむことができるのは、小学校1年生から6年生まで。中学生のニンジャは、以前は観客として楽しんでいたけれど、今ではニンジャとしてお手伝いしているのだそう。
そうこうしていると、子どもたちがやってきました。友だちと連れだってやって来た男の子は、リーダーのニンジャと世間話をして、慣れている感じです。初めて来た様子の女の子は、ちょっと不安そう。でも中学生や高校生のニンジャが優しく説明すると、安心して会場へと入って行きました。付き添いで来た保護者とは、ここでお別れ。終演時間になると迎えに来てもらうことになっています。
子どもたちを自然に集中させる技にビックリ!
新人ニンジャの私は、ひたすら邪魔にならないようにと、その1点に集中していると、何だか会場がざわめいています。覗いてみると、まだ寄席が始まっていない中、女性の演者が会場の子どもたちとゲームのようなことをして盛り上げていました。「落語があればだいじょうぶ」と言いながらポーズを取ると、景品がもらえる様子。大人がいなくて、子どもだけで埋め尽くされた会場は独特の雰囲気で、とっても楽しそう! 何だろう、この懐かしい感じ。幼い頃に、子どもだけで秘密基地を作って遊んだ記憶がよみがえってきました。子どもたちからは普段とは違う、スペシャルな場にいる高揚感が伝わってきます。
いよいよ『子どもだけ寄席』の始まりです! あれ、私や他のニンジャに指示を出していたリーダーのニンジャが高座(こうざ・寄席の舞台)に上がっています! なんと、出演者だったのですね。「ラクゴニンジャ」と名乗ってから、会場の子どもたちにざっくばらんに話しかけると、子どもたちは好き勝手に言いたいことを叫び始めました。こんな状態の寄席に立ち合うのは初めてです。大丈夫なのだろうか? 保護者がそばにいれば「静かにしなさい」と注意するだろうけれど……。
ちょっとオロオロしながら様子をうかがっていると、ラクゴニンジャは素知らぬ顔で進行していきます。落語の楽しみ方のレクチャーが始まり、扇子を使ったお酒を注ぐ仕草を演じ始めました。あれ、あんなに大きな声で口々に話していた子どもたちが、いつの間にか静かになっている! それも自然な感じで。これも忍術なのか? あまりの見事さに唖然としてしまいました。
最後には『つる』という言葉遊びが面白い落語も一席。鳥の鶴はなぜツルと呼ばれるようになったのか、おっちょこちょいの男が聞きかじって、他の人に話して聞かせるけれどうまくいかない内容です。子どもたちは、落語の登場人物に感情移入して、楽しんでいます。しかも、しっかりウケて爆笑している! 古典落語の面白さが伝わっていることに感動しました。
この日だけの自然発生的なギャグが誕生
続いて登場したのは、開演前に会場の空気を温めていた女性の演者。露の瑞(つゆのみずほ)という名前の落語家だそうです。子どもたちはすっかり寄席モ—ドに入っているので、マクラ(本題の落語に入る前にする、世間話や短い落語のこと)から反応が良くて、よく笑っています。落語は『書き割り盗人(かきわりぬすっと)』という演目。盗人がある家に忍びこむと、その家は驚いたことに室内にある物は全て絵に描かれた『書き割り』だった。やけになった盗人は「盗んだつもり」と言いながら、書き割りの品々を想像で盗んでいきます。間抜けな住人とのやりとりも愉快な内容です。
終演のあとは「仲入(なかい)り」の休憩タイム。ここで思わぬ出来事がありました。子どもたちが口々に「トイレに行ったつもり」とふざけ始めたのです。ニンジャたちはすかさず「つもりじゃなくて、トイレは行かないと!」と、応酬。この日初めて出会った子どもたちがほとんどなのに、会場全体がギャグ漫画のような世界に変貌していました。
スリル満点の太神楽曲芸と落語の緩急!これぞ寄席の醍醐味
仲入後に始まったのは、豊来家大治朗(ほうらいやだいじろう)さんによる太神楽曲芸(だいかぐらきょくげい)。「何が始まるのだろう?」と子どもたちは興味シンシンです。太神楽曲芸とは、伊勢神宮熱田神宮の神事に始まったとされていて、厄払いの獅子舞や、縁起物の曲芸を中心に演じられる400年以上の歴史を持つ芸能です。傘の上で色々な物を回す傘回しの芸を披露し、続いては、口にくわえたバチの上に物をのせていき、絶妙なバランスを保つ「くわえばち」の芸。これだけでもスゴいのに、フィニッシュは紐の上にのせて回転させる超絶技で、会場は大拍手でした。
最後に行われたのは、8本の剣を刺した輪をくぐり抜けるとても危険な芸。刃が本物だと知らしめるために、バナナが切り落とされると、子どもたちからはどよめきと悲鳴が……。大治朗さんが衣装を整えて、いよいよくぐるとなった時には、会場から「がんばれー!」の声援が飛びました。手に汗を握るとは、まさにこのこと。結果は大成功で、「スゴかったなぁ」と感動と安堵の声がもれ、大拍手で芸を称えていました。
寄席のトリに登場したのは、落語家の桂福丸さんです。「あれー、ラクゴニンジャは?」「声似ていない?」と口々に声が飛びますが、福丸さんは動じることなく「よく似ていると言われるけどね」とにこやかに応対。リピーターで来ている子どもたちにとって、福丸さんは親しみやすい存在なのでしょう。
マクラで短い落語を演じた後に、『時うどん』を一席演じました。兄貴分の男と一緒にうどんを食べた、少し間抜けな男。兄貴分は悪知恵を働かせて、うどん屋から勘定を安くさせることに成功します。これはいいことを知ったと、男は1人で別のうどん屋で試みますが、大失敗するという内容です。うどんを食べる仕草や、2人の男の演じ分けも面白く、子どもたちは大笑いして観ていました。最後のサゲ(落語の最後を締める結末)では、思わず「アホやなあ」という子も。すっかり落語の世界に入って、自分の頭の中に映像が広がっていたのでしょう。大神楽曲芸でドキドキ感を味わった後に、落語で笑ってリラックスする。子どもたちは、寄席の楽しみ方がしっかりわかっているようです。
ニンジャからライターに戻ってインタビュー!
大盛り上がりで終えた『子どもだけ寄席』の余韻が残るなか、劇場の外には保護者が迎えに集まっていました。子どもたちは、開場の時よりも明らかに生き生きとした表情です。大活躍だったラクゴニンジャは、一足先に何処かへ去った模様。新人ニンジャの役割を終えた私も、ここで元のライターに変身! 『子どもだけ寄席』を主宰している桂福丸さんにインタビューをさせていただきました。
ーーなぜ子どもだけの寄席を始めようと思われたのですか?
福丸:これはコロナ禍が関係しています。2020年に全国一斉休校が発表されて、1か月子どもたちが自宅待機になったんですね。この時に何かできないかと思って、子ども向けの落語を6本ほどユーチューブにあげてみたら、『じゅげむ』などが多く視聴してもらえました。その後、学校は再開したのですが、ほとんどの行事が中止になって、給食の時間は無言で食べないといけないなど、制約ばかりで。うちにも子どもがいるので、コロナで一番ワリをくっているのは子どもたちだという気がしました。何か楽しいイベントをと考えた時に、自分ができるのは落語だから、子どもに向けた落語会をやろうと始めました。
ーー親子で体験する落語会もあると思いますが、子どもだけにしているのは?
福丸:実は親子だと演じる側にとっては難しい点がありまして。大人を楽しませるのと、子どもとではアプローチが違うのですが、観客が両方混じっていると、ちょっとどっちつかずの表現になってしまうのです。これは以前から思っていたので、子どもだけでやってみようと思いつきました。コロナのまっただ中の時期でしたが、感染予防対策をして、第一回の公演をやってみたところ、子どもたちの反応がとても良かったのです。入って来た時と、帰る時で全然表情が違うのですよ。これはコロナが落ち着いても続けた方がいいと思って、今にいたっています。
ーー入場料が500円と格安ですね。
福丸:おこづかいで劇場に入る体験をしてもらいたくて、この値段にしています。子どもの時に自分で落語会に行ったというのは、何十年先に振り返った時に大きな意味が出てくる気がして。それから、今は遊園地でも子ども料金が高額になっていますよね。子どもが気軽に楽しめる娯楽が少なくなってしまっている。2年前からは応援会員の方たちから寄付を集めて、安い値段の入場料を維持しています。私の中では、この活動はライフワークとして考えているので、30年は続けようと思っています。
— —子どもたちが集中して寄席を楽しんでいて驚きました。
福丸:大人の理屈は通用しないので、試されるところはありますね。「自分の理想の落語のリズムはこうで、こういう間合いでやるんだ」というのでは、子どもは笑ってくれません。寄席ではその日によって、観客の反応のペースやスピード感が違います。それは、落語の言葉を理解して、染みこむまでの時間なんですね。それが間合いに繋がるのですが、普段から目の前のお客さんから敏感に感じ取っていないと、子どもの前では演じられないですね。また子どもたちは本音で反応してくれるので、舞台に立つ人間としては刺激になります。
— —落語への取り組み方に何か変化はありましたか?
福丸:お客様が喜ぶのなら、同じ演目をやるのもいいのかもしれないと思うようになりました。毎回子どもたちは、マクラに話すピカチュウの落語をやってくれと言うのですよ(笑)。
— —今日も『時うどん』の前にリクエストがあって、応えておられましたね。会場が「これこれ、これを聞かないとね」という空気になって面白かったです。前に来たことがある子が「いつもこれをやるんだよ」と、隣の子に先輩風を吹かしているのも愉快でした。
福丸:子どもって、そういうところありますよね、まるで、何年も通っている様な態度を取る(笑)。最近では、この寄席に参加して面白いと思ってくれた子が、次回は友だちを誘ってグループで来てくれるのが増えています。
ーー子ども同士の、本当の口コミですよね。福丸さんの今後の展望はありますか?
福丸:コロナの感染拡大のなか活動した経験から、留まらずに変化していくことが必要だと思うようになりました。『厩火事(うまやかじ)』※のサゲは、以前は働かない亭主の本音にしていましたが、今では照れ隠しで言う演出にしています。もっとよくなるのではと、工夫しながら落語に取り組むのは楽しいです。老舗の料亭が続いているのは、常に変わっているからですし。自分の持ちネタの落語も、いつでも演じられるように深めていきたいですね。
桂福丸プロフィール
1978年神戸市東灘区生まれ。灘中学灘高校卒業後、京都大学法学部に進学。卒業後は英語落語を学びアメリカでも公演を行う。2007年4代目桂福団治に入門。天満天神繁昌亭ほか、各地の落語会に出演中。文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞、大阪文化祭奨励賞、2023年度繁昌亭大賞・奨励賞など多数受賞。著書『怒られ力~新社会人は打たれてナンボ!~』(明治書院)。小学生から中学生を対象とした無料の「宿題カフェ」を地元で不定期に開催。
公演情報
第541回 花形演芸会
日時:2024年5月12日(日)14時開演
会場:渋谷区文化総合センター大和田6階伝承ホール(JR「渋谷」駅南改札西口から徒歩約5分)
入場料:一般2100円、学生1500円
チケット申し込み:国立劇場チケットセンター https://ticket.ntj.jac.go.jp
桂福丸第18回繁昌亭大賞・奨励賞受賞ウィーク
日時:2024年5月27日(月)~6月2日(日)13時30分開演
会場:天満天神繁昌亭(JR東西線「大阪天満宮」駅7番出口より徒歩約3分)
入場料:一般2800円、学生1500円(前売りは一般2500円、学生1000円)
チケット申し込み:天満天神繁昌亭 https://www.hanjotei.jp/price/
桂福丸公式ウェブサイト https://katsurafukumaru.com/