今でいえば大ヒット商品? 国芳の団扇絵がすごい!
実は、江戸時代もこの団扇が親しまれていました。中でも、大胆な構図や荒々しい武者絵で一世を風靡した人気絵師、歌川国芳(うたがわ くによし)の描く団扇絵は、とても人気があったのです。
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現在、太田記念美術館で開催中の『国芳の団扇絵 -猫と歌舞伎とチャキチャキ娘』展には、なんと220点もの団扇絵が展示されています。その美しく、繊細な絵柄からは、多様なジャンルを描き分ける国芳ならではの凄みも伝わってきます。なぜ、国芳の団扇絵がこんなにもたくさん描かれていたのか。今まであまり知られていなかった団扇絵の面白さを学芸員の赤木美智さんに伺ってきました。
- 百花繚乱といいますか、点数もさることながら、題材も美人画、役者絵、戯画と多彩で、あの小さな面に制作されたとは思えないほどの見ごたえのある浮世絵ですね。
赤木:様々なジャンルで活躍してきた国芳ですが、実は団扇絵もたくさん描いています。今回、確認できるだけでも612点もありました。実用品なので、失われたものもたくさんあったはずですから、実際にはこの数倍、数十倍の団扇絵を作成していたと思われます。
推し活に必須のアイテムが江戸時代にも団扇として使われていた
― それだけの需要があったというのは、単に家庭での実用品というわけではないですよね。どんなことに使われていたんでしょうか。
赤木:そうなんです。当時人気のあった歌舞伎役者やその演目も描かれていますから、好きな役者の団扇絵を買って、歌舞伎を観に行くこともあったと思います。今でいう、推しの絵ですよね。
- なんと! 自分の推し写真を団扇に貼っているのをアイドルのコンサートでよく見かけますが、あれと同じようなことが江戸時代でもあったんですね。いや、アイドルの推しグッズの原型が、江戸時代の団扇絵だったかもしれないとは驚きです!
赤木:色鮮やかな錦絵が登場した頃から団扇絵も制作されていきました。1700年代後半には、行商で、竹の棹に団扇を挿して、売り歩く団扇売りも登場しています。当時の最先端アミューズメントであった歌舞伎ですから、影響力も大きく、役者の似顔だったり、歌舞伎役者の紋を描いたものが中心となっていました。歌舞伎の演目を描いていたものもありますから、団扇絵にとって、役者絵は売れ筋商品だったようです。
―まさに一大産業。現代のアミューズメントパークでのお土産のように、次から次へと新しいものを制作していったんですね。
赤木:描かれている舞台が、正月から5月ぐらいのものが中心となっているので、上半期の人気舞台を絵にして、夏前に売るといった戦略もあったようです。
― それはすごい。売り出すタイミングまで考えられていたとは。それにしても、今回展示されている団扇絵の状態が、すごくきれいなのですが、どうしてなんでしょうか。
赤木:使われた跡のある団扇絵もありますが、多くは見本であったからだと思われます。
美人画という一大ジャンルでさらに高値の団扇が登場
- 当時、江戸では町人が豊かになって、娯楽を楽しめていたというのもあるんでしょうが、団扇絵はどのぐらいの値段だったんでしょうか。
赤木:1700年代は、蕎麦1杯の値段と同じような16文※1で売られていたという記録があります。庶民でも買いやすい値段だったと思います。ただ、1800年代に入ると、華やかな美人画の団扇絵が制作されるようになり、値段も釣り上がっていきました。高いものだと、36文など2倍以上にもなっています。
― 時代が経つにつれ、団扇絵が一般大衆化していくと、安価なものから高価なものまで需要が広がっていったんですね。美人画は華やかに描かれていたわけですから、値もどんどん釣り上がっていったのも頷けます。
赤木:美人画の中にも役者の顔が入っている団扇を持っている絵があって、この人は団十郎びいきなんだなとわかるんです。実用品なのだけれど、ファッションアイテムでもあり、人気役者もどんどん変わるので、常に新しいデザインを追求しているような感じだったのではないでしょうか。今でいうスマホケースとかファッションアイテムの一つで、定期的に流行りもの、オシャレなものに買い替えていく感覚に近いのかなと思います。
天保の改革以後、団扇絵は美人画が増加
― 国芳は役者絵、美人画の他に戯画も団扇絵にしていますが、どういう経緯があったのでしょうか。
赤木:江戸時代に団扇絵が人気だった影には、版元の力もあったんです。日本橋にある伊場仙は、役者絵も美人画も戯画も出していました、実験的な絵柄や前衛的な構図のユニークなものも見られます。国芳が戯画などで新しいアイディアで描けたのは、この伊場仙と組めたことが大きかったのではないでしょうか。舞台の一場面を切り取ってきて、役者絵がベースにあった猫の戯画などは、当時の人は、スターが猫になっちゃった! みたいな面白さで人気を呼んだんだと思います。ちなみに、国芳は水滸伝シリーズでは、伊賀屋という版元と組んで、一世を風靡しています。当時は、版元がプロデューサー的な立場にあり、新しいものを生み出していったんですよね。
― 時代を先読みしていたんでしょうか。やはりいつの時代も、先見の明を持つプロデューサーっているんですね。
赤木:歌舞伎役者を猫の姿で描くという遊び心の溢れた団扇絵を描いていた国芳ですが、天保の改革で、歌舞伎や遊女を描くことが禁止され、質素倹約が推奨されると、それらも控え、役者似顔を用いずに動物や器物を擬人化した劇画を手がけ、また美人画を多く描くようになります。
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― 絵の上手さなのか、背景の細やかさなのか、全く地味な感じには見えませんね。より洗練された美しさが際立っているようです。
赤木:質素に、色数も少なく、安くという制約があって、色数を押さえているとは思えない出来栄えです。制約があるからこそ、どうやったら素敵に見えるか研究していたんでしょう。色数が少なくても浮世絵としてのビビットな色合いは楽しめる工夫がされています。国芳の絵はポップですし、現代の若い方にも人気なのは、こういったテクニックを駆使して、かわいさ、親しみやすさを持たせているからなんですよね。
チャキチャキ町娘の団扇絵からは江戸の風情が漂う
― 今回、美人画の数がたくさんありますが、その中でも市井の女性を描いた団扇絵が数多く展示されていますね。表情もすごくイキイキしていて、背景も江戸の町の暮らしが伝わってきて、見ていて楽しくなります。
赤木:親しみやすい雰囲気で、表情も豊かに描いていますよね。化粧や爪を切るなど、日常生活を切り取った細かな生活スタイルも描いています。「ていねいな暮らしの提案」といった感じで、小物を部屋に飾ったり、植物を置いたり、ある意味、市民にとって憧れの生活を描いているようです。
― 確かに色数が多いわけじゃないのに、着物の柄や背景が細かくて、情緒がありますね。江戸時代、園芸文化が盛んだったというのも絵の中に表していますね。本当「江戸の素敵な暮らし方」みたいな雑誌ができそう!
赤木:団扇絵の中に、風を感じさせたり、お寺の夜店の縁日で植木の屋台なんかを見にきていたり、季節感や日常の暮らしの中の彩りを上手に入れている。構図も上手くて、小さな団扇の形の中で、工夫を凝らし、奥行も感じさせるのは本当にすごいなと思います。
― こうやって団扇絵を見ていると、題材の幅も広く、歌人を描いたり、源氏物語などの古典も描いたり、それを楽しめた江戸の人たちの文化教養の高さにも驚かされます。
赤木:江戸時代は諸外国に比べて、識字率も高く、古典の虎の巻が出ていたり、源氏物語のダイジェスト版があったり、娯楽の一部として親しんでいたんですよね。
- 一度では見切れないほどの点数なので、いろいろな視点から何度も見て、江戸の文化に浸りたいと思いました。今日はありがとうございました。
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取材を終えて
団扇絵と軽く考えていましたが、その多彩な画題と色彩の美しさに改めて国芳の画力に驚かされました。順を追って見ていると、江戸の町が再現されたような、イキイキとした人々の熱気が伝わってきます。来年の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺(べらぼう つたじゅうえいがのゆめばなし)~」にも通じるような、版元と絵師の関係も面白く、タッグを組んで、世の中のムーブメントを創り出していったと実感しました。浮世絵師と版元は、まさにクリエーター集団です。ぜひ、この展示を見ながら、江戸の人々の熱気と、新しい文化を生み出そうとする当時の人々の意欲に触れてもらいたいなと思いました。
『国芳の団扇絵 ―猫と歌舞伎とチャキチャキ娘』展
2024年6月1日(土)~7月28日(日)前期 6月1日(土)~6月25日(火)
後期 6月29日(土)~7月28日(日)※前後期で全点展示替え(6月3、 10、 17、 24、 26-28, 7月1、8、16、22日は休館)開館時間:10時30分~17時30分(入館は17時まで)
場所:太田記念美術館
入場料:一般 1000円 / 大高生 700円 / 中学生(15歳)以下 無料
公式ホームページ