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2025.08.05

柳川藩主の末裔が守り継ぐ、泊まれる国指定名勝「御花」で贅沢なひとときを

「柳川藩主の末裔が営むお屋敷で宿泊」そんな夢のような体験ができるとあって、ワクワクと共に少し緊張もしていた私。けれどもそんな心持ちは、フレンドリーで温かいスタッフのおもてなしで、自然と緩んでいきました。歴史ある建物からは威圧感などは微塵もなく、不思議なことに、まるで親戚の家に招かれたかのような居心地の良さを感じたのです。料亭旅館「柳川藩主立花邸 御花」での至福のひとときを、ご紹介します。

柳川に根ざした立花家400年の歴史

立花家が福岡県・柳川の地に根ざしたのは、今からおよそ400年も前のことです。立花宗茂(むねしげ)※が柳川藩主となって以来、変わらずにこの地で歴史を重ねてきました。

江戸時代、5代藩主・立花貞俶(さだよし)が側室や子息たちのために、柳川城近くのこの場所を立花家の邸宅としたことが、現在の「御花(おはな)」の始まりです。屋敷内は季節の花々が美しく咲き誇っていたことから、「御花畠(ばたけ)」の愛称で親しまれるようになり、屋号「御花」の由来となっています。

明治時代に伯爵家となり、14代当主寛治(ともはる)により現存する建物と庭園がつくられました。その後戦中戦後の混乱期を乗り越え、16代当主和雄・文子(あやこ)は文化財を守るために料亭旅館へと思い切った改革をします。そして今も柳川藩主の末裔・立花家が運営を続けているのです。伯爵家時代の邸宅と庭園を含む約7000坪の敷地全体が、国指定名勝に指定されています。

(※)安土桃山時代~江戸初期の大名。関ヶ原の戦いでは西軍に属したために領地を追われる。その後浪牢生活を経験するが、豊臣時代の武功や人柄を徳川幕府に認められ、柳川藩主として復活を果たす。関ヶ原の戦い以降、領地を追われた後に旧領を回復できた唯一の大名。

スタッフによる文化財ツアーが人気

シックでおしゃれな暖簾をくぐり、趣のある建物の中へ。御花は開業して75周年の節目となる2025年1月に、全客室とロビー、ラウンジなど宿泊棟をリニューアルしました。ロビーの壁紙や床も落ち着いた色調のものに変わり、代々伝わる文化財のエリアとの一体感を演出しています。日本で唯一泊まれる国指定名勝の料亭旅館の魅力が、より伝わる施設へと生まれ変わったようです。

御花では館内をスタッフが案内する文化財ツアーを行っていて、とても人気があると聞き、早速体験することに。通常の館内案内に加えて、スタッフそれぞれのエピソードを交えた話が楽しくて、リピートする宿泊客もいるほどだそうです。ロビーに飾られている札が目に留まり、マーケティングマネージャーの金原梨奈(かねはら りな)さんにお尋ねをすると、料亭旅館としてスタートした時の営業許可の札だと教えていただきました。


お屋敷の廊下を渡っていくと、⾧押(なげし)の上にずらりと兜が飾られています。「安土桃山時代からの、400年以上前のものもあるそうです。宗茂が一隊の部下に着用させたと伝わっています」と金原さん。斬新で金色に輝く兜を、部下のために用意するとは⋯。良き藩主だったといわれる宗茂の人柄も感じずにはいられません。ひとつひとつ大きさが違い、よく見ると自分の物だと見分けられる印がついているものもあります。ガラスケース越しではなく、歴史を感じる兜を、こんなに間近に見られるとは、思いもよりませんでした。

他にも西洋館では、屋敷や庭園を作った14代当主寛治の肖像画が飾られていて、日本初の民営農事試験場を設立し、高菜など様々な農作物を生み出したこと、柳川の発展に務めたエピソードを聞きました。また宿泊棟に展示されている深川製磁のティ―セットは、立花家で実際に使用されていたもので、家紋(祇園守紋)が入っているなど興味深い話が盛りだくさん。リピートしたくなる気持ちが、わかりました。

美しい景色を独り占めできる客室

宿泊する部屋へ入ると、ベッドがどーんと中央に配置。こちらは1室のみの特別室「黒松」で、朝起きてすぐに目の前の美しい景色を堪能してもらいたいという思いを込めて、リニューアル時からこのしつらえになっています。

窓から文化財の景色が飛び込んでくるので、国指定名勝のなかに泊まっていることを体感できるお部屋と言えます。日本庭園の松檮園(しょうとうえん)と西洋館、大広間といった歴史を今に伝える貴重な景色が広がる最上階の角部屋。松檮園に佇むたくさんの黒松からネーミングされているのですが、松は永遠を表し、御花を象徴する樹木でもあります。

窓からは柳川のお堀を巡る川下りの様子も見られ、運が良ければ、新郎新婦を乗せた「花嫁舟」が通ることもあるそう。お風呂からも外の景色が堪能できるので、ゆったりとバスタイムを楽しめそうです。

有明海の幸など、地元食材を活かした料理

お楽しみの夕食は、見た目にも美しい前菜から始まります。5月から7月の時期に捕れるエツの唐揚げは、食感と上品な味わいが特徴。柳川名物の川下りの様子を笹舟で表していて、器の代わりになっているのも楽しいです。柳川で生まれ育った料理長の筬島稔尋(おさじま としひろ)さんは、「有明海で捕れる旬の食材や、地元の野菜などを、その日に自分で選んで調理しています。100年後も受け継いでいけるような料理を、というのが御花で心がけていることですね」と語ります。

メインのお皿の柳川美豚は、ほろほろと口のなかでとけていく柔らかさ。筬島さんにお聞きすると、「伯爵エール」で4時間も煮て仕上げているそうです。この伯爵エールは、寛治公の農事試験場を受け継ぐ立花伯爵家農場「橘香園(きっこうえん)」で育った柑橘類などを原料に加えて開発したクラフトビール。爽やかな甘みと酸味で、お料理のお供にもぴったりです。

柳川と言えば外せない「鰻のミニセイロ蒸し」もいただきました。地元九州のあまい醤油と、鰻のうまみが染みこんだご飯に、ふっくら蒸し上がった鰻のハーモニーは絶妙。ゆったりとした雰囲気のなかで、それぞれの食材の美味しさを味わいました。

御花の魅力について模索し、見つけた答え

立花家18代にあたる、御花代表取締役社⾧の立花千月香(ちづか)さんに、お話を伺いました。「文化財の施設と聞いて最初は緊張していましたが、想像と違って、とても居心地が良いです」と、率直にお伝えすると⋯。

「ホテルがまだない頃は、元々自宅として住んでいましたし、平屋が続く一番奥が我が家のリビングだったんですよ。ですから、今もお客様をお家にお迎えするような気持ちでいるので、くつろいでいただけると嬉しいです」とおっしゃってくださいました。続けて「伯爵家が建った100年ぐらい前は、1年に1度家を開放する日があったんです」。柳川に住む人たちは、皆一番上等な服を身につけて、こぞって見学に来たそうです。料亭旅館を始める前から地元の人たちと交流があり、オープンであったことがうかがえます。

ただ、今の御花のスタイルになるまでは、紆余曲折があったと話します。「昭和の観光バブルの時期は、観光バスが列をなしましたが、時間を割いて御花に立ち寄ることはなく、柳川名物の鰻料理を食べて次の観光地へ移動するという状態でした」。なんとかしなければと思いつつ、葛藤を抱える日々を過ごしていたところ、「御花の価値を知っているお客様から、『もったいないね』という言葉をかけられてしまったんです。悔しくて、悔しくて。じゃあどうしたらいいんだろうと思い悩んでいる時に、新型コロナの影響で、一旦ゼロの状態になりました」

もう諦めるかと考えた時に、自分が本当にやりたいことをやらずに、今諦めて手放したら一生後悔すると思い、営業を続ける決断をしたそうです。「私が生まれた時からこの建物はあって、ご先祖様たちが頑張って守ってきてくれたものです。特に戦後は本当に大変だったと思います。一度失ってしまうと、二度と戻ってこないですし、再現もできません。へこたれてる場合じゃないと、気力を振り絞りました」

大広間は近代和風建築の開放的な空間。天井が高くて圧迫感がない。

にこやかに取材に答えてくださる千月香さんですが、意外なことに以前はインタビューを受けることもなく、スポットライトが当たることが苦手だったそうです。「コロナ禍で立ち止まった時に、スタッフから『今も末裔がいることが、面白いんじゃないですか』と言われまして。海外の方たちも18代であることを伝えると、興味を持ってくれることに気づいたんです。それからは末裔であることを全力でアピールしています(笑)」

壁紙は、印を1個ずつ押したデザイン。あえて空白やかすれを作り、日本ならではの美意識を表現している。

100畳の見事な大広間は、畳を上げると、その下には板間の能舞台の作りになっているそうです。「昔の大名屋敷には、このような能舞台がありました。その貴重な価値を再認識し、しばらく途絶えていた能を復活させました。元々立花家は喜多流をお抱えをしていた歴史があるんです。お隣の久留米の有馬家も同じだったので、3年前に有馬家の能公演と当主同士の対談も実現させました。大広間を開け放して上演するのですが、一度ここぞと言うタイミングに合わせるように、庭にいた白鷺が飛び立った時もありましたね。能にあまり興味がない人にも観ていただきたいので、事前に解説もして、ダイジェスト版でやっています。今年も11月24日と25日に開催予定です」

千月香さんは、「今は御花の本質的な価値に気づくことができたので、軸がぶれることはないですね」。宗茂が大切にしていた『領民の幸せこそ第一の義とせよ』という言葉があるそうです。「父はそれを噛み砕いて、『自分が幸せになりたかったら、まず周りの人を幸せにしなさい』と私に伝えました。その言葉を肝に銘じながら、私はいつもスタッフのみんなに、大丈夫? 今日は元気? と声をかけるようにしています。みんなが元気に働いていれば、お客様も満足してくださると思っています」

表情が変わる夜の雰囲気を満喫

夜になると変化する風情が楽しめるのも、御花の魅力の1つです。ロビーにかけられた八女提灯(やめちょうちん)に灯りがともる様子は、幻想的。これは、神社仏閣、祭りの装飾品など用に200年以上にわたり作り続けている伊藤健次郎商店の8代目、伊藤博紀さんが手がけたものです。毎年夏には「奇怪夜行」の催しでコラボレーションも行っていて、伊藤さんが生み出す妖怪提灯は見ものです。

大広間もしつらえが変わり、16時から23時までは自由に利用することができます。まるで自宅のように、ゆったりと過ごせる幸せ。1階ラウンジのカウンターにあるドリンクを籠に入れて、持ち込むこともできるので、庭園のライトアップを眺めながら、くつろぐのはいかがでしょう。

柳川下りでいただく朝食

御花では「お舟で朝食プラン」体験があります。敷地に隣接している専用の舟着場から舟に乗り込み、柳川の朝の日常風景を楽しむひとときは、まさにお殿様になった気分です。

柳川の町にとってお堀は重要で、これがないと地盤沈下してしまうそう。元々海に近く、湿地帯や干拓地が多くて掘っても海水が出てきてしまうので、河川から水を引いたり雨水を貯めたりするのを目的に、掘られたのが成り立ちです。起源は弥生時代にまで遡り、江戸時代にはほぼ現在の形になり、受け継がれています。地盤が緩いのも、お堀があることで、カバーされているようです。

舟からは堀のすぐそばに建つ民家を見ることができて、共存していることが実感できます。竿(さお)1本で舟を操る船頭さんの技を見ながら、ゆっくりとのんびりと進む時間。季節によっても風景が変わるので、また体験してみたいと思いました。

基本情報

福岡県柳川市新外町1番地
公式ウェブサイト
https://ohana.co.jp/

●夏期イベント『奇怪夜行』
5 回目となる人気の催し。伊藤健次郎商店8代目が作り出す妖怪提灯の展示など。フードイベントも出店予定。立花家に伝わる妖怪絵巻物『芸州武太夫物語絵巻』を立花家史料館で展示。

日時:2025年8月15日~17日、22日~24日 18時~21時
会場:柳川藩主立花邸 御花
入場料:一般:1700円 高校生:1000円 小中学生:500円 未就学児無料
※関連イベント
8 月13日(水)19時30分~21時「大広間怪談会2025」も開催。大広間にて怪
談師、城谷 歩氏の実演。要予約。6600円
https://ohana.co.jp/lp/kikaiyako2025/

撮影/根本佳代子

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瓦谷登貴子

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。
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