この曲名だけでメロディを思い浮かべられる人は、そう多くはないだろう。
だが、TVの某有名CMで流れた曲だといえば、どうであろうか。
会社内で伝書鳩を飛ばす社員、馬に乗って出社する社長……。
「上司に恵まれなかったら……」
「会社に恵まれなかったら……」
──オー人事、オー人事
ああ、あれねと。
少し古いCMだが、メロディを思い出すには十分だ。
さて、今回の記事は。
是非とも、この「弦楽セレナード」をバックミュージックに添えていただきたい。
なぜなら、これは。
生き延びるだけでも大変な戦国時代での「哀しき家臣たちの涙の物語」だからだ。
それにしても。
家臣たちの涙……とは、少し大袈裟になってしまったが。
今回の記事は「こんな主君は、絶対イヤだ!」と銘打って、家臣からの苦情を妄想しつつも、かの偉大な主君らのぶっ飛びエピソードをご紹介する企画である。
さても一体、どなたがご登場されるのやら。
それでは各自「弦楽セレナード」のご準備ができたところで。早速、ご紹介していこう。
※本記事は「武田信玄」「織田信長」の表記で統一しています
妖(あやかし)が入り込む武田信玄の職場
さて、1人目は。
戦国武将爆笑エピソードには事欠かないコチラの方。
「甲斐の虎」との異名を持つ「武田信玄」である。

これまでずっと戦国記事を書いてきたが。
正直、また、あんたかよ、と思わないでもない。それくらいの頻度でご登場いただいている常連組の1人である。
軽く「信玄」呼ばわりしているが、これは出家後の号だ。
名は晴信(はるのぶ)。父を追放して家督を継いだのちに、甲斐(山梨県)や信濃(長野県)を中心に勢力を拡大。永遠のライバルと称される「上杉謙信」との戦いが有名だが、「三方ヶ原の戦い」ではのちの天下人となる徳川家康とも激突し大勝。名だたる戦国武将の筆頭に君臨するのも頷ける。
軍略に優れていたのはもちろん、治水事業など民政でもその手腕を発揮したとされている。だが、やはりそんな信玄も病気には勝てず、陣中で病死。なんと「三方ヶ原の戦い」から4ヶ月後のこと。享年53。
こうして経歴をまとめていると。
信玄はどうにもご立派な主君だったようで。
はて。ホントに「弦楽セレナード」がいるのかと、疑わしい気持ちがむくむくと湧いてくる。
だが、そんな疑問もあっさりと吹き飛ばすのが、ダイソンの記事。
今回、ご紹介するのは愚軒(ぐけん)の『義残後覚(ぎざんこうかく)』からのエピソードだ。近世民間怪談などを集めたコチラの書物に、なんでも信玄にまつわる不思議な話があるという。
具体的にいつ頃かは不明だ。
ある日、信玄の元に15、16歳の少年が連れてこられたという。
それも、ただの少年ではない。ここで是非とも注目すべき点がコチラ。
世にたぐひなきうつくしきかたちなればめしおき給ひてやがてかしらをそりほうしになして茶堂重阿彌にあづけ給ふ
(近藤瓶城 編『続史籍集覧 第7冊』より一部抜粋)
世に類なき美しきかたち……。
なんと、信玄の前に現れたるは「見目麗しい美少年」だったのである。
しかも、そんな美少年が信玄に仕えたいというではないか。
ふむ。
信玄も、さすがに申し出をスルーはできず。結果的に美少年は頭を剃って小坊主となり、茶堂を取り仕切る「重阿彌(じゅうあみ)」なる人物に預けられたとか。こうして、信玄にとって垂涎ものの美味し過ぎるシチュエーションが、突如、完成したというワケである。

驚くのは、それだけではない。
いやはやこの小坊主、見目麗しいだけでなく、どうもなかなかのやり手であったようだ。
信玄公の御こゝろをかさねてさとり物ごとにさきへとゝのへて置やうに志けるほどに御意にいる事たぐひなし
(同上より一部抜粋)
何かと信玄の先回りをし、望むモノをさり気なく置くなど、非常によく気が付いたという。
いいねえ。まるで主君の心を読めるが如くの有能さ。
そんなん、惚れてまうやろーと、虚しい信玄の心の叫びが聞こえるような聞こえないような……ダイソンの妄想が俄然止まらない事態に。ええ、新年早々、元気なんですよ、ワタクシ。
さて、話を戻そう。
月日は流れ、有能で心遣いに溢れた美少年もすっかり信玄の傍が定位置に。そんな穏やかな日常が続くかと思われた矢先、事件は起きたのである。
とある夜のこと。
信玄がかの美しき小坊主に茶を煎れさせていると。何やら外が騒がしい。何人かが口論し、揚げ句の果てには斬り合うような音が聞こえてきたという。
一体誰が……?
だが、不思議なことに、信玄には声の主が分からない。複数人いるようだが、どれも聞き覚えのない声だったとか。
おいおい。あっという間に展開が物騒な方向へと転がり始めたのだが。
血なまぐさい襲撃か。それとも摩訶不思議な世界への誘いか。
美少年の小坊主が縁の前の障子をサラリと開けて庭を見ると。
10人ばかりが討ち乱れて、斬り合っているというではないか。
えっ?
やっぱり、襲撃?
そんな切迫した状況の中、小坊主が薙刀(なぎなた)を持って来ると、信玄は慌てることなく「弓」を所望。冷静に声のする方へと矢を放ったという。すると、途端に騒がしかった庭は静まり、一切声が聞こえなくなったとか。どうやら騒がしい集団は、信玄の矢により一目散に退散した様子。
この顛末に、信玄は一言。
あなふしぎやこれハひとへに天狗の所為なるべし
…(中略)…かゝる業をなしておどろかすかと見えたりまつたくひとにはあるまじ
(同上より一部抜粋)
この信玄の言葉を超訳すると。
これは天狗の仕業であろう。(私が軍事や戦術のことばかりに明け暮れているので)天狗どもが私を試そうとしたのだ。あやつらは全く人ではあるまい
(朝里樹著『歴史人物怪異談事典』より一部抜粋)
えっ?
て、天狗?

いやはや、天狗とは予想外。
フツーに考えて。庭で天狗たちが斬り合うなんてシュール過ぎるだろう。ただ、当の本人は慌てる素振りもなく、矢で退治。冷静に見極めるところはさすがというか、なんというか。魔物の出現には大いに慣れているご様子のようだ。
それにしても、である。
ここで終われば、恐らく今回の記事には取り上げなかったであろう。というのも、振り返ってみると。単に信玄の元へと天狗が勝手に押しかけて騒いだだけのこと。珍しいともいえるが、そう取り立てて家臣が苦労することもない。
だが、このあとに驚くべき展開が待っていたのである。
それがコチラ。
御意もつともに候とてそのよかきくれて見えずなりにけり
(近藤瓶城 編『続史籍集覧 第7冊』より一部抜粋)
信玄の言葉を聞いた美少年の小坊主は畏まって「仰せの通り」と言ってドロン。
その晩より姿が一切見えなくなったというのである。
えっ?
待って待って。
かの美少年の正体は、まさかの「天狗」だったってコト?
さあさあ。ここで「弦楽セレナード」の出番である。
無事に天狗を追い払った主君……。
さすがと思いきや。
じつは、何を隠そう、気に入った美少年が天狗だったというオチ。
全然、危機管理できてないやーん。
というか、妖(あやかし)に潜り込まれてるやーん。
ほんでもって、妖(あやかし)に魅入られてるやーん。
つまり、信玄の職場で働くならば。
妖(あやかし)と同僚になる可能性があるということ。
うう。
これは、さすがにイヤだ。
即、フリーダイヤルに電話する事案であろう。
危険手当がつかない織田信長の職場
次に2人目はというと。
戦国時代を代表する、ほんの少し、いや、かなりクセのあるお方。
天下人になる直前で夢が潰えた「織田信長」である。

今回の人選に納得された方も多いだろう。
だって、苛烈なイメージの織田信長が上司となれば、家臣らもさぞや苦労したに違いないと容易に想像できるからだ。
だが、じつは、苦労の仕方が現代と少し違う。
口ばっかりで一切動かないという現代の典型的なダメ上司とは真逆。バリバリの率先垂範のタイプだから、何しろ家臣もついていくのに必死。今回はそんな家臣泣かせの苦労話をチョイスした。
出典は、信長の旧臣である太田牛一が著した『信長公記』より。実際に見聞きした記録をもとに書かれた織田信長の一代記である。この中の首巻(入京以前)にあるエピソードだ。
とある年の1月中旬、尾張国(愛知県)で起こった出来事である。
雨の降る夕方に「あまが池」付近を通りかかった村人、又左衛門(またざえもん)が、なにやら大きな黒い物体を見たという。
「あまが池」とは、現在の名古屋市西区付近にあった「比良城」近くの池のこと。城の東側には南北に続く長い堤があり、その西側にあって、恐ろしい大蛇の言い伝えが残されている池である。
それにしても、黒い大きな物体なんて。
なんとも想像力をかき立てる。
一体、どんなモノなのか。その実際の様子がコチラ。
胴体は堤の上にあって、首は堤から伸びて来て、もう少しであまが池に達するところであった。…(中略)…顔は鹿のようであった。眼は星のように光り輝く。舌を出したのを見ると真っ赤で、人間の手のひらを開いたようだった。眼と舌が光っている。
(太田牛一著『信長公記』より一部抜粋)
うん。魔物だね。
完全に魔物。
だって、蛇なのに、顔が鹿なんだもん。眼もキラキラ。それは完全に魔物の類だろう。
まあ、魔物はさておき。
大蛇には違いない。胴体は堤の上で、頭部の位置は「あまが池」付近のちょい手前。かなり長い蛇だろう。加えて、舌が人間の手のひらサイズなのだから、パニック映画に出てくるアナコンダばりだ。

眼と舌が怪しく光る大蛇。
これを見た又左衛門、恐怖のあまり元来た方へと即ダッシュ。もちろん、大蛇の目撃談を語らずにはいられない。ヤバイの目にしたぜ的な感じだろうか。次第に噂は広まり、とうとう信長の耳にまで届いてしまったという。
これに素早く反応したのが我らが信長。
1月下旬に、目撃した又左衛門より直接事情を聞き出し、すぐに周辺の村に「蛇替え(じゃがえ)」の触れを出したという。ちなみに「蛇替え」とは、蛇を捕獲するために水を掻きだす作業のこと。
こうして「蛇替え」が行われる当日。
「あまが池」には、桶や鍬(くわ)、鋤(すき)など持った数多くの農民たちの姿が……。
いやあ、もう、正直。この時点で、私ならフリーダイヤル確定である。だいたい水を掻きだす作業となれば、池の際まで行かねばなるまい。アナコンダ、いや、「あまが池」の大蛇に引きずり込まれる可能性を考えると、そんな危険業務はノーサンキューである。
怖いモノは怖い。
恐怖はどの時代でも共通なのだ。招集された農民はもちろんのこと、戦いに慣れた信長の家臣でさえも。顔には出さずとも、さぞや恐怖に慄いていたに違いない。
そんな事情も露知らず。
信長が指揮を執っての「蛇替え」がスタート。
農民らはせっせと「あまが池」の四方から水を汲み出していく。どれくらい経っただろうか。4時間ほどして、池の水が7割くらいまで減ったところで。困ったことに、そこから先は労働作業に比例せず池の水があまり減らない。
そこで……。
さあ、ここからが信長の本領発揮。
もちろん、「弦楽セレナード」の出番である。
あろうことか、強心臓の信長の取った行動とは?
それがコチラ。
そこで信長は、「水中に入って大蛇を探そう」と言い出した。
(同上より一部抜粋)
えっ。
待って待って。
まさかの、アナコンダのいる池にドボン?
いやあ、もう。こりゃないぜ。
せめて陸上なら、大蛇相手にまだ勝ち目がありそうな気がしないでもない。周囲に人は大勢いるし、目視もできる。息だって吸える。刀だって使える。それこそ、主君の信長がやっつけてくれる可能性だってある。

でも、でもね。
水の中だよ。
アウェーだし。完全に1人ぼっちの時間もあるはずだ。知らぬ間に大蛇の腹の中……という最悪のシナリオだってあるかもしれない。
それなのに、信長はというと。
猪突猛進のご様子。
脇差を口にくわえ、しばらく池に入っていたが……
(同上より一部抜粋)
「と、とのお~!!!」と止める間もなく。
大事な主君は、池の中。
これは、辛い。ホントに辛い。
だって、主君を危険な目に遭わせるなんてもってのほか。そう、頭では分かっていても、足がねえ。まったく頑固なんですよ。
理想は、主君に続いてドボン。言われずとも水中探索できればいいのだが。いや、卑怯でも、せめて「頑張るフリ」くらいはしたい。だが、そうなると、アナコンダのいる池を避けては通れず。なんとも「頑張るフリ」すらできない、家臣泣かせの状況なのである。
そうこうするうちに、当の本人、信長がケロッとご帰還。
襲われた様子もなく、聞けば、池に大蛇はいなかったという。
嗚呼、良かったと。
周囲の者たちも、ようやく詰めていた息を吐き出すことが……できた……えっ?
ここで再び「弦楽セレナード」だって?
まさかの信長から戦慄の一言が。
それがコチラ。
鵜左衛門(うざえもん)という水によく慣れた者に「もう一度入ってみよ」と命じ、自分のあとへ入れて探させた……
(同上より一部抜粋)
ええええええ。
ここに来て指名制?
それも1人だけ?
なんと、犠牲となったのは、泳ぎが得意な鵜左衛門。
哀れにも、信長の命により「あまが池」にダイブ。
1人で大蛇を探す羽目になったのである。
固唾を飲んで皆が見守る中、暫くして鵜座衛門も無事ご帰還。
結果は、やはりシロ。大蛇はおらず、怪我人も出ず。幸いにも、蛇替えでの被害はなかったというワケである。
ただ、だからといって手放しでは喜べない。
鵜左衛門をはじめ、駆り出された農民や家臣たち。
いつ何時、信長に「池に入れ」と指名されるかもしれないという恐怖。彼らには心理的トラウマが残った可能性がある。
ああああ、お願いだから、名前を呼ばないでって。
それって、授業に当てられる生徒の気持ちやーん。
というか、命懸かってるから、ロシアンルーレットやーん。
つまり、信長の職場で働くならば。
「大蛇の退治」のような危険業務は当然のこと。
なおかつ、ロシアンルーレットに勝つ「運の良さ」が必要なのである。
うう。
これも、やっぱりイヤだ。
信長の家臣らも。
短縮1番に登録済みのフリーダイヤルに即かけする事案だろう。
最後に
やはり、戦国時代×怪異のエピソードは。
キーを打つ手がなかなか止まらない。
短めにと思っても、ついつい長くなってしまう。
なので、締めはサラリと触れる程度にしておこう。
最初にご紹介した武田信玄のエピソードの続きである。
天狗というキーワードを出した途端。
お気に召した美少年の小坊主の姿が消えたというところから。
コトの顛末を知った家臣たちは皆、呆然。
だって、知らないとはいえ、それまで「天狗」と共に信玄に仕えていたのだから。
そんな状況での信玄のキメ台詞がコチラ。
扨(さて)ハ魔の所行うたかひなし油斷有へき事ならすとそおほしける
(近藤瓶城 編『続史籍集覧 第7冊』より一部抜粋)
うむ。やはり魔物の所業だと疑いはないな。油断しちゃいかん。みたいな感じだろうか。
いやいや、魅入られた当の本人がそれを言う?
そんな家臣らの心のツッコミが四方八方から聞こえてきそうである。
でもさ。
主君に害がなかったんだから。
これでよしとすればいいじゃないか。
それにさ。
これを機に主君が改心したんなら、災い転じて……ってやつだろ。
こうして、家臣たちの電話をかける手が止まった……。
(⇒ここで「弦楽セレナード」を流してください)
そう、信じたい。
▼戦国武将・怪異編1、2はこちら。
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その「無視」が命取り。今川義元・大内義隆、悲劇の結末とは? 戦国武将失敗エピソード集(怪異編2)
参考文献
『続史籍集覧 第7冊』近藤瓶城 編 近藤出版部 1930年
『信長公記』 太田牛一著 講談社 2019年8月
『歴史人物怪異談事典』 朝里樹著 幻冬舎 2019年10月
『完本 妖異博物館』 柴田宵曲著 KADOKAWA 2022年7月

