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Fashion&きもの

2026.06.17

グレンチェックのダブルスーツは、新境地の現れ?【竹本織太夫 着こなしの美学】16

文楽の太夫・竹本織太夫さんのファッションをご紹介する連載の16回目は、赤坂にある日枝神社へ。こちらの神社へは、東京公演の折によくお詣りに来られているそうです。初夏の晴天に映えるスーツ姿は、東京の中心部に鎮座する日枝神社にぴったりでした!

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社殿前の「まさる」にお詣り

日枝神社の境内には「狛犬(こまいぬ)」ではなく、「狛猿(こまさる)」が置かれています。猿は御祭神「大山昨神(おおやまくいのかみ)」の使いである事から、「神猿(まさる)」と呼ばれています。「まさる」の語呂が「魔が去る」「勝る」に通じ、「猿」が「えん」と読めることから「良い縁」にあやかりたい人々が、お詣りをされています。

織太夫さんは、『近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)』の「堀川猿廻しの段」※1を勤められた時、演目にあやかってお詣りをされたそうです。本殿向かって左に子どもを抱いた母親の神猿、右には父親の神猿が置かれています。日枝神社の公式キャラクター「まさるくん」は、関連のお守りや絵馬に登場していて、愛らしい姿が人気のようです。

(※1)江戸時代中期に起きた心中事件を基にした文楽の名作。悲恋の物語だが、猿廻しの与次郎の軽妙さが印象的な場面。

織太夫さんの魅力はグローバル!?

日枝神社境内から西へ続く稲荷参道は、朱色の「千本鳥居」が立ち並び、鳥居に寄り添うように奉納幟(ほうのうのぼり)がはためいています。この場所は観光客に人気のスポットとなっていて、取材日は海外からの観光客の姿が目立っていました。

和樂webスタッフのひとりが、そんな海外からの観光客に声をかけられました。「撮影している人は、何者なのか? 政府の高官なのか?」との質問を受けて、苦労しながら文楽の太夫だということを伝えていました。やはり漂うオーラと永田町という場所柄もあって、政府の高官と思われたのでしょう。織太夫さんは、街中で様々な国の方から声をかけられるそうです。エレベーターに乗っている時に、「ムービースター!」と言われたこともあるそうですよ。

馴染みのレストランでしばしの休息

晴天のなかの撮影でしたので、日枝神社から移動して、レストランで休憩をしました。こちらは、織太夫さんがよく利用されている場所なのだそうです。ほっと一息ついたところで、今回もやってきました! ファッション解説の時間です。

ファッション解説・鈴木 深
はい、今回も「勝手にファッション解説」をやらせていただきます。

我らが太夫の本日の装いは、スーツです。しかしお気づきでしょうか。なんだか、今までの織太夫さんのスーツ姿とは全く違う風情の佇まいです。
ちなみに今回のキーワードは「脱皮」です。

これまで織太夫さんが着こなしてきたスーツは、一貫して一切の無駄を削ぎ落としたシングルスーツでした。見事に体に沿った「シンプルを極めたシルエット」を信条とし、その着こなしからは磨き上げた刃のようなストイックな匂いがぷんぷんと立ち上っているのが特徴でした。
ところが今回はこれまでと打って変わり、ゆったりとした空気感の漂うダブルのスーツでご登場です。
こちらのスーツからにじみ出るたっぷりとしたメジャー感からは、これまで織太夫さんのまとっていた「叛逆(はんぎゃく)の匂い」は感じられません。いや、むしろそれとは真逆の「王の風情」とでも言うべき“やんごとなきオーラ”を発散されています。
それにしても新鮮!なにせ織太夫さんにはめずらしいダブルのスーツです。

グレーベースのオーセンティックなグレンチェック柄に、淡いブルーのウインドゥペンが配されて、しっかり織り上げられた英国製のクラシカルな生地は『BULMER&LUMB』のもの。かっちりと張りのある手触りがオーセンティックな重厚感を感じさせる逸品です。
この生地で仕立てられた6つボタン4つ掛けのダブルジャケットの美しさは絶品!幅広のラペル(襟)がつくるやや高めのVゾーンから香り立つ英国的な風合いと、肩にボリュームを感じさせる構築的なシルエットが、こちらのクラシカルな生地と相まって、そこはかとなく王族的な雰囲気を漂わせます。
これまでの織太夫さんのシングルスーツ姿を“ひたすら己の道を進む武士”とするならば、今回のダブルスーツ姿は“悠然と国を治める王族”のようでもあります。
とはいえスーツを着ているのは我らが太夫ですので、どのように装っても内側から激しく発散されるエネルギーの凄まじさはこれまでと変わることはありません。

こちらのスーツはもちろん、「ぺコラ銀座」の名サルト佐藤英明氏の極上の手仕事によって仕立てられたもの。これまでとは違う今回のダブルのスーツについて佐藤氏に話を聞いてきました。

「今回のスーツを仕立てるにあたり、頭をよぎったのは英国王室のケント公ジョージのスーツ姿です。伊達男のジョージがグレンチェックのダブルのスーツを軽やかに着こなし、競馬場のボックス席に佇んでいる姿が、今の織太夫さんのイメージと重なったのです。英国製の生地はあえて硬めのドライタッチのものを選び、それを柔らかな雰囲気に仕立てるよう心がけました。着心地が何よりも大切なので、肩のラインや首周りのラインなどに細心の注意を払って仕立てています。おそらくふわりと快適に着こなしていただけると思います」(佐藤英明氏談)
なるほど!英国王室のケント公ジョージのイメージだったんですね!
色々と腑に落ちました!!
毎度のことですが、ここからまたいつも以上に長くなりますので、時間のない方は読み飛ばして下さい。

張りのある素材でありながら、緩やかに体に沿ったジャケットの仕立ての美しさは、背中のシルエットを見れば一目瞭然!

ケント公ジョージは、兄のウインザー公(エドワード8世)以上に、当時の社交界で「最もシックな男」と称えられた、稀代の伊達男です。
サヴィル・ロウ※2で仕立てた美しいシルエットのスーツを一分の隙もなく着こなすその姿は、英国中のダンディたちの憧れの的でした。
しかしなんと言っても注目すべきは、ケント公ジョージの驚くべき二面性なんです!
彼は非の打ちどころの無い装いで華麗に公務をこなす一方で、薬物や過激な恋愛など、英国王室にあるまじきスキャンダラスな噂が絶えない人物でした。
つまり彼は「英国王室のプリンス」という表の顔と、「地下世界の住人」とも言うべき裏の顔を持ち、その境界線を軽々と超えていく“闇を抱えた男”だったわけです。
ケント公ジョージが今なおダンディたちの心を掴んで離さないその理由は、このような奥深い(闇深い)二面性があるからです。
そもそも群を抜いたカリスマ性は、品行方正で潔癖で単純なキャラクターには宿りません。なぜかわかりませんが、予測不能で少々危険で意外性をあわせ持つ人物に人々は強烈に惹きつけられます。

(※2)ロンドンの中心、メイフェア地区にあるオーダーメイド(ビスポーク)の紳士服店が連なるストリートの名前。

いつもよりやや太めのストレートに近いパンツはイン(内側を向いた)のツータック。外側のタックに比べて内側のタックが深いのが特徴。

もちろん我らが太夫は、地下世界や闇の世界とは全く無縁です。そんなもんには目もくれません。己の芸をひたすら磨きながら、完璧な装いに身を包み、しかし一方で制御不能な獣のような凄まじいエネルギーを常に発散していらっしゃいます(ご本人がいくら完璧に封印しているおつもりでも、出ちゃってます!思いっ切り出ちゃってますよ!)。伝統芸能のど真ん中を、多くのルールやしきたりを厳格に守って進みながら、その体の中には獰猛な虎が潜んでいる気がしてなりません。加えて普段の装いについての執拗なまでにド変態的なこだわりも、もはや常人のものとは思えません。
だからこそ僕らは、そんな太夫に圧倒的なカリスマ性を感じてしまうのです。
この二面性というか奥深さ(=闇深さ?)を感じ取ったからこそ、「ぺコラ銀座」の佐藤氏が、現在の太夫の姿と往年のケント公ジョージの姿を重ねたに違いありません。

ストンとストレート気味でちょい太めのパンツの裾は、4.5cm幅のダブル。張りのある素材なので長すぎは厳禁です。

そしてさらに僕の勝手な感想ですが、今回の太夫のダブルのスーツの着こなしは、なぜか“脱皮した太夫”を見たような気がしました。
「削ぎ落としたようなシングルスーツ」から、「ゆったりとした風情のダブルスーツ」へ。
“わき目もふらずに邁進する孤高の武士”から“王国の命運をあずかる王族”へ。
おそらく着ている太夫ご自身も、スーツを仕立てた「ぺコラ銀座」の佐藤氏も、確たる自覚はないに違いありません。
しかし、スーツを纏う空気感は明らかに変わりました。念のため佐藤氏に確認しましたが、我らが太夫の体型は「これまでと全く変わっていない」とのことなので、決して体のボリュームが大きくなったわけではありません(笑)。スーツを着る我らが太夫の空気感と存在感が変わったのです。
この連載はご存知の通り「勝手にファッション解説」ですので、勝手に断定させていただきますが、今回の織太夫さんはこれまでの織太夫さんからまたひとつ“脱皮”したに違いありません!
「テキトーなこと言うな!」と言う声が聞こえてきそうですが、今回の取材で3年前の織太夫さんのシングルスーツの写真をお借りしたので(下写真参照)、最新のダブルスーツの写真と見比べてみて下さい。同じような素材のスーツでありながら、同じ体型でありながら、スーツに身を包んだ空気感が3年前と全く違っていることがわかります。
ちなみにこちらの写真の3年前のスーツを、織太夫さんは新幹線に置き忘れて紛失してしまったそうです。織太夫さんによると「あり得ないことですが、お気に入りのスーツを新幹線内に置き忘れてしまったんですよ。当然出てこないわけですが、これはもう自分にとって必要な“脱皮”だったんだな、と無理やり納得しています」とのことでした。

3年前に新幹線に置き忘れたスーツ。同じような硬め素材のスーツでも、今回のダブルスーツとはまったく違った印象です。写真は竹本織太夫さん提供。

なるほど、やはり織太夫さんは“脱皮”を繰り返す御仁だったのですね。これまでも、そして今後またさらにパワフルに“脱皮”→“変身”を続けていく我らが太夫は、その存在も着こなしも、これから一体どこへ向かい、どれだけ大きくなるのでしょうか?
それを考えると夜もおちおち眠れません。
なにせ我らが太夫は予測不能ですから。しかも大きな虎が棲んでますから。

文・構成/瓦谷登貴子 撮影/篠原宏明
取材協力/日枝神社

竹本織太夫さん情報

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竹本織太夫

竹本織太夫(たけもと おりたゆう)人形浄瑠璃文楽 太夫。1975年生まれ。大阪市出身。大伯父は四代目鶴澤清六。祖父は二代目鶴澤道八。伯父は鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗。1983年、8歳で豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、10歳で国立文楽劇場小ホールにて初舞台。2018年六代目竹本織太夫を襲名。実業之日本社から『文楽のすゝめ』シリーズを3冊既刊。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』に2005年からレギュラー出演するなど多方面で活躍。国立劇場文楽賞文楽優秀賞等受賞歴多数。
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