夫のいる身でありながら、ほかの男性とよろしくしている、とか。とてつもない美貌で男をたぶらかす、とか。犯罪に手をそめるもなぜか逃げとおせる、とか。人はどうしてそんな面倒くさい女のことをわざわざ読んだり観たりするのだろう。
お百は、まさに江戸時代を代表する悪女だった。そして人間ではなかった、かもしれない。
命短し恋せよお百

出典:東京都立中央図書館(https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00020278 )
お百は京都九条通りの貧しい家に生まれた。当時、そういう家の女の子たちに珍しくなかったように、お百も色茶屋へ売られた。行き先は祇園の山村屋。
運命の分かれ道は、おそらく人生の節々にあったように思う。でも大坂の大富豪、鴻池善右衛門なる男の来店こそ、お百の人生をおおきく動かすきっかけだった。
ある晩のこと。
酔ってひと眠りした善右衛門が目を覚まし「そろそろ夜明けも近かろう」と帰り支度をはじめた。善右衛門を引きとめてお百は言った。「まだ夜中ですよ、時刻を見てまいります」
この時代、時刻は寺の鐘や太鼓を聞いて知るものだったから「見てくる」と言うのはひっかかる。
夜空を見上げ、星を読み、正しい時刻を告げてみせたお百の横顔に善右衛門は惚れたのかもしれない。
お百は、不思議な女性だった。文芸に秀でて知識も豊富。そのうえ誰もがうらやむ美貌の持ち主。しかし、だからというべきか、一筋縄ではいかなかった。
密通、密通、また密通
お百を身請けした善右衛門だったが、お百のほうは隠れて江戸役者の津打門三郎と親しくしていた。それを知った善右衛門はもちろん激怒。しかし人に知られでもしたら己の恥と考え、ふたりを夫婦にした。
めでたしめでたし、となるわけもなく、江戸へと戻った矢先に門三郎が病死。お百はひとりきりになる。
お百は美しく、たくましい女性だった。
江戸に居ついたお百は門三郎の実兄、松本幸四郎を口説いた。だが危ない女と警戒されたのか拒絶される。
なんやかんやあって吉原にある揚屋の妻になったお百だったが、離縁すると、べつの揚屋の妻になった。同じ商売をしている男に乗り換えるとは見上げた根性である。ちなみに揚屋とは、遊女を呼んで遊ぶお店のこと。
ようやく落ち着いたかと思われたが、秋田藩の家老でのちに「秋田騒動」の首謀者となる那珂忠左衛門(なかちゅうざえもん)と出会ったことをきっかけに、揚屋の主人とも離縁する。
お百の恋愛遍歴

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/883154/1/11)
講談、歌舞伎、落語などで語られてきたお百の物語。江戸時代の講釈師・馬場文耕の『秋田杉直物語』によれば、お百は「美貌の上に書や能も上手、風流の嗜みがあってとりわけ香道の達人」だったという。
大富豪、歌舞伎役者、商家、武士の家……男たちとつぎつぎに関係を結んでは別れを繰り返すお百には、気が多い、だけでは済まされない男運の強さがある。
たとえば那珂の妾となったお百は、周囲からの冷たい扱いにひるむことなく武士の妻としての役割を見事に果たし、気に入られさえする。
やがて「秋田騒動(宝暦事件)」が起こったときにも、お百は那珂の計画を裏からでなく、隣から手助けした。そして那珂の陰謀が失敗すると自分は奉公人に過ぎないと言い逃れ、見事に罪を免れているあたり、さすが悪女である。お百は男運だけでなく、悪運も強い。そこに彼女の魅力がある。
すべては海坊主のせいかもしれない

出典;国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/883154/1/3)
講釈師・桃川如燕(ももかわじょえん)によって脚色された『妲己(だっき)のお百』では、毒婦ぶりはさらに強烈になる。江戸に出てきたお百はその後も旦那や主人を度々のりかえて、一説では五人も殺したとか。極悪人である。
これほど悪い女となれば、もしかすると人間ではないのかも、とあらぬ疑いをかけたくなる。
すべては紹介できないが『妲己のお百』を読めば、お百のべつの顔が見えてくるかもしれない。それはこんな話。
読本『妲己のお百』
大坂の魚売り新助の妹、お百は器量よしで大人しい性格の娘。
あるとき海坊主に出くわして体を乗っとられてしまう。するとお百の肩から胸へ赤い痣が浮かびあがり、性格もまるで別人になってしまった。
奉公へだされたお百は奉公先の主人・徳兵衛と密通し、妻のお高を追い出す。死んだお高の怨念によって大坂にいられなくなった徳兵衛とお百は江戸へ向かった。
川へ身投げしよう、そう言う徳兵衛を嘲笑い、お百はべつの男と駆け落ち。面倒くさい男になり下がった徳兵衛を殺した。
その後も人を使って殺させたり、知人の娘を売ったりと罪を重ねつづけ、すべてが公になるとお百は佐渡へ流された。が、お百は男と島を抜け出る。ところが相手はオオカミに食い殺され、お百だけ命拾い。
助けてくれた人を殺し、海賊船に乗りこみ、僧を殺害して金を奪い、その生首でゆすりまでやってのける。
さらには名前を変えて養女に入り、色仕掛けで男たちをたらしこみ、実の兄まで手にかけ……最後は槍で突かれて絶命する。死骸は磔にされ、海坊主の怨念はとうとう退散したという。
お百の人間離れした毒婦ぶりは怪異の仕業だったのだろうか。
海坊主の怨念はそれほどまでに強烈なのだろうか。でも、すべてを海坊主のせいにするには罪が多すぎやしないか。いかんせん死人が多すぎる。読んでいて、どっと疲れる物語である。
お梶とお百
あちこちで悪事を働き、佐渡へ流され、島を抜け出て、名前を変えて妾になり、遂には処刑される。お百が毒婦とか悪女と称される理由がすべてここに詰まっている。
脚色された『妲己のお百』はさておき、お百の存在は作り話なのでは、と思いもするのだけど、どうやらそうでもないらしい。
江戸時代に書かれた書物に、お梶なる女性が江戸へ向かった話が残されている。おもしろいことに、それがお百の一生と重なるのだ。
遊女の経験があること、大阪の鴻池に身請けされるが不縁になっていること、武士の妾になったこと、江戸に移り住んだところもまったく同じ。もしや彼女こそがお百なのでは?
お梶がお百の正体でなかったとしても、江戸時代に波乱万丈な人生を生き抜いた女性がいたということはたしか。
時代も文化もちがう江戸時代が、悪女の存在でぐっと身近に感じられる。男たちの表情や色っぽい場面が、鮮やかに見えてくる。分からないのは海坊主の顔だけだ。
私の心は初心なのさ
歴史のなかには悪女、毒婦と呼ばれる女性たちが何人もいる。唐の時代の美女、楊貴妃を思い浮べる人もいるだろう。性根が悪いとか、欲しいもののためには人殺しもいとわないとか、お百ほど毒婦と呼ばれるにふさわしい女はそういない。
その才覚と美貌で男たちを渡り歩かなければ、お百も毒婦だなんて悪名を後世に残さずに済んだのに。悪運、男運の強かったお百には、人を惑わす力もあったのだろう。お百は、生まれながらに男心をかき乱す女だった。
それでも、時刻を知ろうと星空を見上げるお百の横顔を想像すると、可憐さの中に生まれの境遇が垣間見えて、私は憎めない。
彼女のことを嫌いになれない理由がもうひとつ。
毒婦中の毒婦とまでいわれたお百だが、ときどき思い出したように善行をつむのだ。もしかすると自分のしてきたことが悪事だと思い出すような瞬間があったのかも。
と、考えるのは都合がよすぎるだろうか?
【参考文献】
高橋圭一 『実録研究 筋を通す文学』清文堂出版、2002年

