ところが、今、海外で前掛けが人気を呼んでいるのだとか。それも世界の最先端を行くおしゃれな街・パリやロンドンで!なぜ、シンプルな日本の前掛けに注目が集まっているのか。その秘密を探るべく、エニシングの西村和弘社長を訪ねました。
100年前の織り機で製造している前掛けの風合いが魅力
年2回、パリで開催される世界有数のインテリア・デザイン関連の国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」。家具、インテリア雑貨、テキスタイル、照明、ライフスタイル製品など、多様なブランドが出展し、世界中のバイヤーやデザイナーが集まる巨大見本市に、2020年から出展しているのが前掛け専門店のエニシングです。太い糸でしっかりと織られた紺地の生地に白でプリントされた屋号やロゴが存在感を放っています。

「うちの会社の作る前掛けが、この大きな見本市で注目されたのは、小さなモーターを使った省電力の工場で、100年前の機械を使って生地を織っているという点でした。それと厚地の生地ですが、使い込むほど柔らかい風合いを持つ帆布の特性が評価されたのでしょう」と語ってくれるのは、ブームの火付役である西村社長。

各地で衰退の一途をたどる織物工場
西村社長は大手菓子メーカーを退職し、2000年に外国人向けの漢字Tシャツを販売する会社を立ち上げます。ちょうど外国人の観光客が増えつつあり、日本食や日本のファストファッションが欧米で人気を集めていた時代です。このTシャツの販売が好調に推移する中、新たな商品として偶然出会ったのが、見た目にもインパクトのある日本の昔ながらの前掛けでした。

「日本橋の繊維問屋街に、前掛けの生地を扱う問屋があったので、その生地を購入し、Tシャツにプリントする要領で、オリジナルの前掛けを作ったんです。そうすると海外だけでなく、東急ハンズやミュージアムショップなどから面白いと引き合いが来るようになりました。
ところが注文が入り始め、順調にスタートしたと思いきや、問屋から生地が手に入らないと言われてしまいます。そこで生地の産地を探し始めたところ、愛知県豊橋市が昔ながらの「帆前掛(ほまえか)け」の産地ということを知り、織物職人さんを訪ねたのだとか。しかし豊橋でも前掛けの製造は縮小しており、当時、帆前掛けの生地を織っている工場もほとんどなく、多くは廃業されていたそうです。
「良いものを作っているのに、売り先が少ない。それを聞いて、逆に大きな可能性がある、自分たちで開拓すれば、面白いことができると感じました。うちの会社で製造販売するから生地を織ってくれと職人さんに頼み込みました」と西村さんは当時の様子を語ってくれます。

きっかけはニューヨークでのギャラリー展示
しかし、無謀とも思える挑戦。当時、30代前半だった若者の突然の申し出に、職人たちは乗り気ではなかったといいます。
「当時は商社から安価な生地を織るように言われ、二束三文で買いたたかれていたのだとか。そのため、昔ながらの厚手の生地で作る前掛けが売れるということに半信半疑だったようです。それで、需要の少ない国内ではなく、ニューヨークで営業をスタートさせました。そのうちに紀伊国屋書店の1階のギャラリースペースで『前掛けの展示販売をしないか』と言ってもらえるようになって。それなら、豊橋の前掛けの歴史を紹介するしかないと、古い前掛けや型紙、帳簿などを見せて欲しいと職人さんにお願いに伺ったんです。そうしたら面白いと話に乗ってくれて、自分たちもニューヨークに行きたいと言ってくれたんです」と西村さん。

思いがけない彼らの反応を受け、話は大きく広がりました。展示会場では同時通訳を付け、職人3人によるトークイベントも開催。100年前のシャトル織機(しょっき)で織る織物の魅力を伝えてくれたのだとか。そこで西村さんは驚くべき光景を目にしたといいます。
「職人さんたちの話が終わると、会場にいた40〜50人の人たちが列を作っているんです。何をしてるんだろうと思ったら、職人さんに握手を求めていた(笑)。さらに100年前の機械で織られた生地に感激した人々が購入してくれて、用意した40枚が全て完売したんです。大げさではなく、前掛けの新しい未来が開いた瞬間でした」と西村社長は嬉しそうに語ってくれました。
そして、その夜、小さな居酒屋を貸し切って、協力してくれた日本人の方達と打ち上げをしていると、職人さんが「自分は学校を出て何十年と前掛けを作ってきたけれど、お金を出して買ってくれるシーンを人生で初めて見た」と話してくれたのだとか。その言葉に西村さんは感動を覚えたそう。当時、商社からはペラペラの薄い生地しか発注されず、どんどん工賃も下げられ、「前掛けなんて安いものしか売れない」と言われてきた職人さんたち。彼らの目の前で1枚50ドルの前掛けが飛ぶように売れていく様子は、まさに希望の象徴となりました。

機械を買い集め、本格的に工場を稼働
ニューヨークで手ごたえを感じた西村社長が次に決意したのは、工場の新設でした。豊橋市内で廃業する工場から機械を購入し、昔ながらの前掛けを復活させることに挑戦します。市場が海外にあると知った職人さんたちも協力し、試し織りもしてくれるようになりました。
明治の頃から豊橋を含む三河地方はガラ紡と呼ばれる機械で太い糸を紡ぐ一大産地となっていました。このガラ糸の生産で大正時代以降、三河織物が盛んになります。現在工場で使用されている織機は、トヨタとスズキが開発したシャトル織機です。エニシングの豊橋工場では現在、他業種で機械整備の仕事をしてきた46歳の工場長に、豊田自動織機でシャトル織機の開発に携わった76歳の技術顧問から指導を受けています。こうして一度は途絶えた伝統産業が小さく息を吹き返していきました。

さらに本来は作業中の腰を守るための重要な腰ひもですが、当時は安価なものが多かったため、新たにしっかりと丈夫な腰ひもを生産してくれる織物工場を探したそうです。こうして、2010年の展示会には、新しい生地と腰ひもで伝統的仕事着の前掛けを復活させ、発表できたのです。
その後、スタジオジブリからも注文が入るなど、少しずつ取引先が広がっていきました。
「ものづくりにこだわりを持っているスタジオジブリに、自分たちが目指した100年前の機械で織った生地で作る前掛けを気に入ってもらえたのはすごく嬉しかったです。丈夫な糸で織ることで長持ちする前掛けは評判となり、百貨店などでも扱ってもらえるようになりました」と西村社長。

ロンドンでの新たな展開
日本とニューヨークで展開してきた前掛けでしたが、当初の予定ほどニューヨークでの売り上げが伸びずいたところ、ロンドンの有名ラーメンレストランから50枚の注文が毎年、入るようになります。
「その時のお店のデザイナーが、『前掛けはロンドンでは大人気だよ』と教えてくれたんです。ロンドンの展示会に出せば、ヨーロッパへの展開が見込めると教えてもらい、即座に出展を決めました。そうしたら、いきなり20軒以上のセレクトショップから注文が来て、その中のひとつが、大英博物館だったんです。浮世絵を所蔵していることから、北斎の浮世絵で作った前掛けをミュージアムショップで扱ってくれるようになりました」。

さらにロンドンで有名な日用雑貨店『レイバー・アンド・ウェイト』のオーナーたちが、前掛けをかっこいいと気に入り、毎年購入してくれるようになります。そこからロンドンで撮影している映画会社の方を紹介され、2021年に公開された『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の映画の中でエニシングの前掛けが使われることに。
「そこから、『メゾン・エ・オブジェ』に出展するよう薦められたのが2020年のことでした。出展した最初の年に、ニューヨークのMOMAミュージアムから300枚の注文を受けたんです。信じられないほど、初回からしっかり注文も取れ、欧米で扱ってくれるお店が一気に広がりました」と西村さん。
日本では廃れていく一方の前掛けが、海外で次々と販路が広がり、「MAEKAKE」という言葉がそのまま使われるほどの逆転現象が起きたのです。
全てを機械任せにしないことが織りの面白さ
改めて、100年前のシャトル織機を使ってものづくりをすることの意義を西村社長に伺いました。
「織機って、人の知恵が詰まった機械なんですよ。シャトル織機で織ると機械の働きは5割以下で、残りの5割以上は人の手なんです。だから、何年か修業しないと使えるようにならない。それが現代では、どんどん機械の割合が高くなり、今だと機械7割、人間の手3割ぐらいのイメージで、さらに人の仕事はボタンを押すだけになっているものもあります。でもボタンを押すだけで生まれるものと、人間の手が関わって生み出されるものでは、受け取るエネルギーが違うと思うんです」
試行錯誤を重ねたうえで、手を動かしながら機械を操り、人と機械が一体となって、初めて美しい織物が出来上がっていく。さらに、西村社長は、仕上がりは人間の想像を越えているといいます。
「シャトル織機で生地を織ると、密度がちょっと変わるだけで色見や風合いが変わってくるんです。それが面白い。海外ではインパーフェクトビューティといって、価値あるものと評価されています。人間がやるからこそ出る味わいというか」。

西村社長が新たに取り組んでいる事業に生地の開発があります。通常は生地の見本サンプルを作って、クライアントに持っていき、修正を重ねていくやり方が一般的ですが、エニシングでは、クライアントに豊橋の工場に来てもらい、一緒に開発していくそうです。試作を見て、その場で解決していく。それが納得のいく生地を早く生み出す最善の方法だと語ります。
「僕たちもどうやったら生地の美しさ、面白さが出せるかっていうことをずっと研究してきました。クライアントの方たちにも現場でそれを見てもらい、話し合い、試作しながら生み出すことで、オリジナルなインパーフェクトビューティが誕生すると思っています。コンピューターでプログラミングしただけでは出せない美しさを実際に体感してほしいんです」と西村社長。
今や前掛けだけでなく、バッグやワークジャケットも人気に。さらにはインテリアとして、ファブリックをディスプレイしたいという注文も入っています。小さなきっかけでスタートした前掛けが世界に羽ばたき、そしてまた新たな未来を生み出していく。「温故知新」という言葉を改めて実感し、日本の伝統産業が再び成長していくことを期待せずにはいられない取材となりました。


