いきなりなんの話かと思われたであろうか。
もちろん、「仕事をする上で」の話である。
ひとりで仕事……つまりは「個人事業主」となるワケで。
当然、ボスは自分ってコトだから。
仕事の優先順位もスピードも自分次第。
先ほど決めた事項を速攻覆したところで、誰にも文句を言われない。
そこには、自己責任という厳しいルールが存在する反面。
絶対に手放せない愛すべき自由がある。
そこで、ふと。
組織で働いていた十数年前を思い出した。
上司の指示に散々振り回されたあの頃。
二転三転する業務内容に無力感を抱いた若き自分。
組織の中で、あるいは誰かの下で働く場合。
こうした自分ひとりの力ではどうすることもできない現実と、一度は向き合うコトになる。
それは、どの時代であっても変わらない。
今も昔も。もちろん戦国時代でも。
ということで。
今回の戦国エピの主人公は……。
どうしようもない状況に追い込まれた方……ではなく、追い込んだ方。
つまりは、「散々家臣を振り回し、困惑させた側」の主君たちである。
その名も「戦国武将悲哀エピソード集(朝令暮改編)」だ。
まあね。ホントにどうしようもない輩、いえ、戦国武将ばかりでね。
そんな困らせ上手な方の中から今回チョイスしたのは、激レア人物と常連組のご両名。
彼らの選考理由はというと。ズバリ、180度反転しすぎの命令を出したからである。
さても、一体、どなたがご登場するのやら。
なんだかんだでムチャぶりな命令を期待しつつ。
それでは、早速、ご紹介しよう。
※本記事は「福島正則」「豊臣秀吉」「武田信玄」の表記で統一しています
うっかり闇落ちする福島正則
最初にご紹介するのは、コチラの激レア人物。
豊臣秀吉の子飼いの武将のひとりである「福島正則(まさのり)」だ。
おっと。自分で選んでおきながら、まさかの初登場なのか。
それにしても、これまでどうして戦国エピで取り上げなかったのかと考えて。人生の終盤で急に暗雲立ち込め、そのまま零落……という特殊な状況のせいなのだろうと納得した。
幼い頃より秀吉に仕えた福島正則。
織田信長の死後、秀吉がその次期ポストをかけて柴田勝家と戦った「賤ヶ岳の戦い」では大活躍。正則の名は「賤ヶ岳の七本槍」の筆頭として知られることに。
その後、秀吉が出世コースを驀進するのは周知の事実だが。正則も同様、その数歩あとを順調に付き従うことに。九州征伐、小田原征伐、朝鮮出兵といずれも従軍。確実に豊臣家家臣の中で地位を上げていくのである。

特に、豊臣秀吉との関係で注目すべきは。
文禄4(1595)年、尾張国(愛知県)の「清須城」の城主となり、24万石を領したコトであろう。
地理的にみて、秀吉や福島正則の故郷の地であるワケだが。そもそも、この城は秀吉の亡き主君、織田信長のホームである。
そんな織田家からバトンタッチして。
まず城主を任されたのが、秀吉に最も近い存在であった甥。「豊臣秀次」だ。
ただ、その後、両者の関係が悪化し、秀次は切腹。
こうして次に清洲城の城主に抜擢されたのが、福島正則である。
つまりは、秀吉からすると。福島正則もまた、信頼の置ける近しい存在であったといえるだろう。
秀吉の死後、次期天下人の座を争った「関ヶ原の戦い」。
秀吉と深い絆のある福島正則だったが、同じく秀吉の家臣であった石田三成のいる「西軍」を選ばず。徳川家康の「東軍」に与して参戦。なんだかんだで先鋒をつとめ、天下は徳川家康の手に渡ることに。
結果的に、福島正則は、安芸・備後の両国49万石余りを領して、広島城城主となるのである。
福島正則からすれば。
そのまま一生を終えられる……と思ったであろうか。
だが、人生、そう甘くはなかったようだ。
元和5(1619)年。家康の死から3年ほど過ぎた頃のこと。
福島正則は居城の広島城の改修を行うのだが。江戸幕府との間で手続き不備を責められ、まさかの改易(かいえき)処分に。つまり、役職などが解かれ、49万石余りの所領は没収。最期は信濃(長野県)に移り、その地で没した。

天下人の座が豊臣秀吉から徳川家康へと移り、福島正則もギリギリセーフで滑り込んだところまでは良かったが。まさかの数年でジ・エンド。人生の大半を、時代の流れにうまく乗ってやり過ごしてきただけに。その落差を知ってるからこそ、爆笑エピで扱いづらいというか、傍若無人にツッコめないというか。つい遠慮して、ご登場の機会を遠ざけていたのだろう。
だが、戦国エピに名を連ねた以上。
中途半端な物言いはナシ。無礼講でとことん攻めまくるという覚悟で、ようやくの逸話のご紹介である。
出典は、日本の戦国武将らを中心にその言行を著した『名将言行録』より。
時期は、広島城城主の頃の話である。
ある日のこと。福島正則の領地の百姓6名が江戸屋敷まで来たという。
ふむ。
何やらいい話ではなさそうだ。大抵、そんな予感はあたるもの。
なんと、彼らの目的は「訴え」。
正則の家臣らに、多めに金銭を取り立てられたと訴えようとしたのである。
ちなみに、何のカネかというと。
『名将言行録』には「夫銀(ふぎん、ぶぎん)」と書かれている。つまり、百姓らが払ったのは、労働役務である「夫役」の代わりに支払う金銭。それを多めに取り立てられたというのだ。
ただ、いきなりダイレクトに江戸まで?
そこに、少々違和感がある。フツーなら百姓から村役人へと訴え、そこから順々に上の地位へと伝えられるのが正規の手続きだろう。それを越えての「越訴(おっそ)」であるから、百姓らの覚悟も生半可なモノではないはずだ。
命に代えてまで。
そんな執念を燃やす百姓らに対して、福島正則は一体どのような対応をしたのか。
それがコチラ。
正則はこれを聞いて、台所役人に「遠方からやってきたのだ。十分に馳走してやれ」と申し付けた。
(岡谷繁実著『名将言行録』より一部抜粋)

なんだよ。めっちゃいいヤツじゃないか、正則って。
心配して損したじゃん。結構、短気とかさ、諸々悪評がついてまわる人物なだけに。いきなり拷問とかしそうって勝手に想像していたが。これは大変申し訳ない。無能なわたくしめの不徳のいた……。
ちょ、待てよ。(どこぞのアイドルかよ?)
いやね、こういう戦国エピを書き続けると。次第に逸話のオチとかも分かってきたりして。闇落ちしてる武将とかさ。もう、ホントに多いのよ。でも、正則はさ、そんな素振りも見せず、いきなりの馳走。これぞ、武将の鑑。藩主として領地を治める者は、これくらいの度量でなきゃダメ……。
ちょ、待て……。ええい、忠告を聞かぬなら。正体を現すまで。
──久しぶりの天使ダイソン降臨──
(えっ?天使ダイソン?今までのって、じつは天使ダイソンだったの?それこそ「ちょ、待てよ」だぜ)。
ぶるぶるぶるぶる。
何やらおかしいのです……。
そもそも、今回の戦国エピのタイトルは「朝令暮改編」のはずでは……。朝に出した命令をその日の暮れには改める、つまり、命令が頻繁に変更されて一定しないというコトですから。このまま終われば、タイトルと逸話が合わないと思うのです。
ふむ。
確かに一理ある。
百姓からすればあまりにもうまく行き過ぎというか。そう簡単な話ではないはずだ。
それに、もし件の事実が江戸幕府に届くとなると、藩自体が処分を受ける可能性もある。一歩間違えればかなり危険な状況といったところか。
一方、多く金銭を取り立てた福島正則の家臣らは。
どのような処分が待っているかと、生きた心地がしなかったとか。
やはり、ここは厳しいお咎めを下して一件落着……。それとも、農民らを歓待し彼らの溜飲を下げる。そうして、訴え自体をなかったものにする。案外、正則はそんな幕の引き方を狙っていたのかもしれない。

──再び天使ダイソン降臨──
ぶるぶるぶるぶる。
どうしてかしら。なんだか寒気がするのだけれど。
どうか、イヤなコトが起きませんように……。
だいたい、天使ダイソンがぶるぶる震えたら、いつもいいコトないんだよな。
そんな予想をされた方、まさに大当たりである。
ここで、事態が急変。福島正則がまさかの行動に出るのである。
それがコチラ。
四、五日すぎると、その百姓六人を白洲に呼びだし、みな首を刎ねてしまった。
(同上より一部抜粋)
え?
なんで?
ってか、福島正則、完全に闇落ちじゃん。一体全体、どうなってんだか。
つまりは、訴えを起こした百姓自体を消すってコト?
すべてを「無」にして。訴えなんて、そもそもないぜという算段なのだろうか。
ちなみに、正則の言い分がコチラ。
「銀の五百目や六百目を取りたてすぎたぐらいのことで、正則の前途安泰を見届けようとして、かわいい妻子を国に置いてくれている家士たちを、窮地に追い込むなどとは、思いもよらぬことだ。なんと憎い百姓どもか」
(同上より一部抜粋)
ううう。
不正を訴えた百姓を憎き者呼ばわりで消すだなんて。あまりにも恐ろし過ぎるじゃないか。
結論からいうと、正則は「忠誠を誓った家臣」の方を選択したようだ。窮地の家臣らを救うため、領地を支える百姓たちを切り捨てる。それも一切の迷いがない。
ただ、視点を変えれば。
単に激情にかられたようにも見える。両者の命を天秤に乗せて……と冷静に考えるよりも、まさに「憎い」という言葉通り、短絡的に処刑してしまったとも解釈できるのだ。
それにしても、驚いたのは当の本人、百姓たちだろう。
ワケの分からぬまま、歓待を受けてすぐに処刑。
地獄から天国へ、そしてやはり地獄へとまっさかさま。相当に惨い結末だ。
そして、同じく。
いや、それ以上に困惑したのは、百姓の対応をした家臣たちだ。
馳走の準備から一転、百姓たちを白洲へ連れて来て……。急転直下。処刑の後始末だなんて。これぞ朝令暮改の典型例。それも命令の内容が180度反転するのだから、その振り幅は尋常じゃない。
主君、福島正則の狂気が、チラ見えした瞬間かも。
そんな職場で働くなんて、つくづく大変だっただろうに。
人知れず、ダイソン、涙をぬぐったのであった。
予想できない指示を出す武田信玄
さて、お次の方は。
最初の方がハードだったので、サクッと軽めで。
といっても、どうせ同じ系統のダークな話でしょと予想されている方。やはり大当たりである。
ダークといえば、このお方。
いまや常連組のひとりと言ってもいいほどの登場回数を誇る「甲斐の虎」こと、武田信玄だ。
甲斐(山梨県)や信濃(長野県)を中心に勢力を拡大するも、残念ながら上洛の志半ばで病に倒れることに。50年ちょっとの人生は意外と短いもので。長生きすれば戦国の世がどうなったか、気になるところではある。
それにつけても、最近、この方のエピソードがない「戦国エピ~編」は、寂しい気さえしてくるのだから不思議である。イイ話と同じくらい悪い話もたっぷりお持ちで。基本的に取り上げる逸話はどれもこれも酷い内容なのだが。それでも魅力は半減するどころか、1.5倍増しになるなんて。恐るべき御仁である。

そんな信玄の逸話だが。
出典は同じく『名将言行録』より。いつの頃の話かは不明である。
ある日のこと。甲州(山梨県)へ軽業(かるわざ)の名人がやってきたという。
軽業といっても、正直、想像しにくいのだが。
なんでも、門を閉じていても、その上を飛び越えられるというスキルだとか。なるほど。その者を使えば、城内への侵入が容易いというコトか。なかなか便利な特技である。
それにしても、先ほどの福島正則のダーク話が尾を引いているのか。この時点で、もう既にイヤな予感MAX。天使ダイソンが降臨せずとも悪寒が走るのだが。そこは気にせず先に進めよう。
名人の話を聞いた武田信玄。
早速、この軽業を目の前で披露せよと命じたという。
ただ、フツーに軽業の披露なんて面白くもなんともない。そんな考えが頭をよぎったのか。ここにきて信玄は、一計を案じたのである。
それがコチラ。
晴信は彼に失策させてみようとして、門内に荊棘(けいぎょく、いばら)を敷いておいて外から飛ばせたところ……
(同上より一部抜粋)
ふむ。
わざわざ失策させるための対策って、一体、なんなんだ。
やる意味あるのか、全くもって意味不明。とはいえ、命を受けた家臣らは従うしかないワケで。彼らも大変であるコトに違いはない。門内のどこに着地するかも分からず。広範囲にえっちらおっちら荊棘を設置。やるせないのひと言に尽きる。
ちなみに、信玄のイメージはこうだ。
軽業の名人がヒラリと門を飛び越え着地するところで、荊棘に気付かず。あいたたた……的な。
なんだよ。それってただの……確実にハラスメントで訴えられる昭和のコントじゃないか。どや顔の信玄が憎らしいほどに想像できて。それはそれで微妙なのだが。このちょっとした意地悪さが、やはり信玄らしいのだろう。

では、実際はどうだったのか。
軽業の名人が門を軽々と飛び越えたあと……。
まさにいばらのところに飛び降りようとして気づき、そのまま外へ飛び戻った。
(同上より一部抜粋)
わお。意外と名人がスゴイことに驚いた。
もっとショボい感じで終わるかと思いきや、荊棘一面へダイブとはならず。着地寸前で門外に出るだなんて。現実にそんな動きができるのかはさておき。この妙技には、さすがの武田信玄もビビったとみえる。
──再びの再び天使ダイソン降臨──
ぶるぶるぶるぶる。
どうしてかしら。なんだか寒気がするのだけれど。
どうか、イヤなコトが起きませんように……。
いや、もう、さすがに。
「天使ダイソン降臨」ってただのフリじゃね?って。気付くよね?
ええ、執筆している側でさえ、そう思うのだ。そこのあなたが疑うのも当然というか、狙い通りというか。
このあと、信玄の無情な命令が絶対に来るよね?ね?
くるー、きっとくるー。
晴信は、人に命じてこの者を殺させた。
(同上より一部抜粋)
はい、きた。
それにしても、なんで?
散々、門を飛び越えさせた揚げ句に、殺害命令って。神がかり的にきまぐれ過ぎやしないか。
ちなみに、信玄の言い分はこうだ。
この「異常の業」は、やがて武田家を滅ぼす武器になるやもしれぬと。
うむ。
武田一族を率いるトップの立場からすると、理解できなくもないが。
可哀そうなのは軽業の名人である。妙技を披露し、成功したために殺されるだなんて。そこはあえて荊棘に突っ込むのが正解だったのか。度を超えて突出したスキルは隠してなんぼ。それが処世術の極意なのかも。
そして、今回も。
忘れてならないのは、対応に四苦八苦した家臣たちであろう。主君の命令通りに荊棘を設置し、名人を飛ばせ、成功したら即殺害。そんな180度反転の命令にあたふたしつつ。味方であるコトがせめてもの救いと、自分を慰めたに違いない。
まさに、明日は我が身という妙な緊張感だけが残る結果に。
そんな職場で働くなんて、つくづく大変だっただろうに。
人知れず、ダイソン、唇を震わせたのであった。
最後に
今回は珍しく。
大真面目に記事を締めようではないか。
福島正則と武田信玄。
彼らに共通項はないが。
最後は、共に百姓やら軽業の名人を殺害するに至った。
不思議なことに、彼らには彼らの論理があって。迷いやブレが一切ない。
家臣たちを優先した福島正則。
武田家を一番に思う武田信玄。
それがいいかどうかは別にして。
善悪の判断なども置いておいて。
ただ、思うのは。
人の命よりも何よりも。
彼らがそこまでして残したかったモノが、果たしてどうなったのかというコトだ。
福島正則は、存命の間に改易処分となって領地を失った。
武田信玄は、死後にあとを継いだ武田勝頼が自刃して、武田家は滅びた。
無理を通せばなんとやら。
結果的に己の行いは自分へと返って来るのかもしれない。
主君の命令に振り回された家臣たち。
殺された百姓や軽業の名人たち。
そして、その後の主家の一族の命運。
すべてを含め……「悲哀」という言葉が似合う結末となったのである。
参考文献
『名将言行録』 岡谷繁実著 講談社 2019年8月
『豊臣家臣団の系図』 菊池浩之著 株式会社KADOKAWA 2019年11月
大人気シリーズ「戦国武将爆笑エピソード集」はこちら。

