2019年10月22日に執り行われた「即位礼正殿の儀(そくいれいせいでんのぎ)」。「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」をお召になられた天皇陛下と「十二単(じゅうにひとえ)」をお召しになられた皇后陛下の平安絵巻さながらの美しい姿に、目を奪われた方も多いのではないでしょうか。今回は十二単にスポットをあてて、その歴史や構成について解説します。
12枚重なっているから「十二単」ではない
「皇后殿下がお召しになられた十二単、その重量は15kgを超える」そんなニュースが流れてきて驚きましたが、調べてみると、平安時代の十二単は数十kgを超えるケースもあり、平安時代後期の歴史物語『栄花(えいが)物語』には衣を20枚も重ねたという極端な例も見られました。ここで素朴な疑問が生まれます。「あれ? 12枚重ねて着ていなくても十二単なの?」
平安時代中期に完成した晴れ着、十二単。その正しい名称は「唐衣裳(からぎぬも)」や「裳唐衣(もからぎぬ)」で、十二単が俗称であることは意外に知られていません。もともと十二単は、袿(うちぎ)と呼ばれる衣を重ねて着た姿を指していましたが、それに裳(も)や唐衣(からぎぬ)を加えた服装を誤って十二単と呼んだことから、近世になって広まったものと考えられています。つまり重ねる衣は12枚に限られているわけではなく、それ以上それ以下でも袿を重ねて、裳と唐衣を身につけると、現代においては「十二単」と呼ばれる姿になるのです。
五衣、小袿、唐衣…それって一体どんなもの?
現代では「即位礼正殿の儀」のほか、皇族妃の御成婚の儀に用いられており、お目にかかる機会の少ない装束となった十二単。今回の「即位礼正殿の儀」で皇后陛下のお召しになられていた装束は、宮内庁の資料によると以下のとおりでした。
御五衣・御小袿・御長袴・御五衣・御唐衣・御裳・白色帛御五衣・同御唐衣・同御裳
(すべて新調)
耳慣れない単語が並びますが、主な衣を見てみましょう。
五衣(いつつぎぬ)
袿(うちぎ)を5枚重ねて着るもの。
古くは10枚以上重ねていたこともありましたが、12世紀末ごろから5枚が正規となりました。
小袿(こうちぎ)
重袿(かさねうちぎ)の上に着る広袖の上着のようなもの。広袖で、表は綾織物、裏は平絹。
唐衣(からぎぬ)
十二単の一番上に羽織る短い丈の装束。
桁も下に着用した五衣の重なりを見せるために短くなっています。装束の中で一番美しく構成されており、唐服を模したところから唐衣と言われています。
長袴(ながばかま)
筒形の袴、裾は後ろに長く引きます。
裳(も)
腰に当てて結び、後ろに垂らして引く布です。
三重襷(みえだすき)の地文の上に松、鶴、桐竹、鳳凰などの模様が、箔押、描絵などで施されています。
…以上が各衣服の解説となります。
ちなみに十二単をお召しになる際の髪型は、大垂髪(おすべらかし)が一般的。髪を両脇に広げながら後方へ垂らし、後ろ肩で束ねてハート形にして、髢(かもじ※)を加えて長く垂らしたものです。このヘアスタイルを実現するにも複数人の手で1時間以上かかるとされており、十二単がいかに特別な装束であるかがわかります。
十二単にときめくのは、日本人ならではの美意識からかも?
私たちが普段お目にかかる機会の数の少ない十二単にも関わらず、今回一瞬で目を奪われたことに、日本人のDNAを感じずにはいられません。
ニュアンスの異なる色に染め上げた布を衣服に仕立て、少しずつずらして着ることで生まれるグラデーション。日本の伝統的な装束は、複数の衣を重ねることが基本で、その色の組み合わせを「かさね(襲・重)」と呼ばれてきました。豊かな「かさね色」で日本の四季や自然を表現し調和をはかるのは、和歌などにも通ずるたしなみであり、日本人ならではの美意識の結晶でもあります。「即位礼正殿の儀」で皇后殿下がお召しになられていた袿(うちぎ)のかさねは、梅の花を思わせる美しい紅色のグラデーション。令和のはじまりにふさわしいかさね色とそれをまとった麗しいお姿にときめく心が、次の世代にも受け継がれていくことを祈ります。
参考:
民族衣裳文化普及協会 公式サイト:http://www.wagokoro.com/12hitoe/
大嘗祭及び即位の礼における装束の再利用等について:https://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/shiryo/tairei/gijishidai-301219.html
書籍 吉岡幸雄『王朝のかさね色辞典』(紫紅社)